4章 犬神

第16話 Renatus(1)

 泣いている。幼子二人が、涙を流して泣いている。

 何故か。それは家の都合で、引っ越すからだ。

「ジンちゃんジンちゃん」

 幼いほむらは、去ろうとするジンの名を呼び、手を離さない。

「ほむら、これあげる」

 ジンは泣きながら、黄色のリボンをほむらに渡した。

「ごめんね、ほむら。もう行かないと」

 可憐は二人の頭を優しく撫でた。

「……巧、ジンをいつも守ってくれてありがとう」

 少し離れたところで二人を見ている巧に気づくと、頭を下げた。

「神嶋に引っ越すだけだから、またすぐ会えるからね」

 そう言って可憐はジンと共に、母親が運転する車に乗り込んだ。

「いっちゃやだぁジンちゃんんん」

 ほむらは小さい足で車をがむしゃらに追いかける。

「……」

 巧はそれをぼんやりと眺め、友人がいなくなるという事実を素直に受け入れていた。


 時は流れ巧は十三歳になっていた。あれからジンとは一度も会っていない。ほむらと共に地元の中学校へ入学して半年程たった頃、予想もつかない所で再会する。


「犬飼助けてくれ」

 授業をサボり図書室で本を読んでいた巧の元へ、三年の素行不良で有名な郷田が、血相変えてやってきた。

「はぁ?」

 意味がわからないと首をひねる。

 

 授業中、他校生が乱入してきて郷田に襲いかかってきたというのだ。

 なる程、確かに額に真新しい傷がある。だから何だと巧は思う。

「はぁ、災難でしたね。それで助けろとは?」

「……悔しいがお前が一番強いだろ」

「逃がさねえぞ! この野郎。よくもダチからカツアゲしたな!」

 扉が乱暴に開かれ、金髪坊主の少年が傘を握りしめ、飛び込んで来る。

「やめんか! どこの学校だ!」

 追いかけてきたジャージ姿の教師が、羽交い絞めにして押さえつけた。

 子供の力では大人にはかなわない。それでも諦めないのか、血走った瞳で郷田を睨みつけ、気が触れたかの様にわめき散らす。

「狂犬か」

「あっ! んだこらっ、てめぇもこいつの……巧?」

「……ジン、その髪似合わねぇ」

 フッ。自然と笑みが浮かんだ。

「友達か犬飼」

「いいえ先生。ハゲた友達なんていません」

「ハゲじゃねぇ!」

「いいから来い! 犬飼、お前も教室にもどれ」


「申しわけございません」

 ふてくされるジンの横で、可憐は深々と頭を下げた。

 郷田の恐喝が事実だと確認した学校側は、不法侵入した件だけを口頭注意し解放した。

「……姉貴……悪い仕事中に」

「謝るな。友人の為に体を張った。そんな自分を誉めてやれ。筋さえ通せば、いくらでも私が頭を下げてやる」

 お前は自慢の弟だと、誇らしげに頭を撫でた。


 外に出ると、学校を終えた呆れ顔の巧と、ニコニコしてるほむらが待っていた。

「ジンちゃん、可憐さん」

「ほむら、綺麗になったね」

 可憐は懐かしそうに、ほむらを抱きしめる。

「ジン、ずいぶんと変わったなお前」

「あっ?」

「いつもペソかいて、僕の後ろで震えてたのに」

「喧嘩売ってんのか」

 瞬間湯沸かし器。一瞬で頭が茹で上がると、旧友との久々の再会を分かち合う事もなく、乱暴に胸ぐらをつかんだ。

「先輩方がうるさくてね」

(学校に乗り込むのは、目立ち過ぎた。やるならもう少し頭使えバカ)

 巧は囁くと、こめかみに頭をぶつけてきた。

 目の奥で火花が散る。

「てぇなッ! 忠告どうもッ!」

 鳩尾に拳を叩き込む。

「ジンちゃん! 巧ちゃん!」

「もぅ馬鹿ッ!」

 突然校庭で始まったリアルファイトに、生徒達はざわつき人集りが出来ていく。

 二人が止めても、互いに引くことはない。

「つぶすッ!」

「やってみろハゲ!」

「ケンカはだめぇぇ」

 その渦中の中に、ほむらは飛び込む。

「あまぞん」

「ふぁいず」

 必殺のドリルほむらパンチが二人を銀河の果てまで吹き飛ばし、不毛なる争いに終止符を打った。


 生徒達見てる前での喧嘩は巧の計算だったのか、ジンの他校にまで乗り込んでのキレっぷりに、アイツは頭おかしい。神嶋中に手をだすな。危険だと、印象づけた。

 そしてそのジンを殴った巧は学校での地位を不動にし、さらに二人を一撃で倒したほむらは、悪魔リリスとして恐れられるようになったのだ。




 夕刻、学校終えたジンはその足でスーパーに向かった。可憐から買い出しを頼まれたからだ。

 買い物袋を両脇に抱えて、外に出ると「ジン殿」と、白虎が迎えに来た。

「青龍はどうだ?」

「……まだ意識を取り戻さない……」

 片方の袋を白虎が引き受け、空いた腕に手を回してくる。

 雑談しながら歩いていると、前方が騒がしくなってきた。

 青年が「きーん」と、両手広げて走ってきたのだ。

 通行人達は奇異な行動に視線を送り、触れない様に距離をとる。

「元気だな」

 何事も無く二人とすれ違う。

「……ジン殿、あの人、私達と同じ匂いがする」

「機械生命体?」

「……同種族というよりも、君に近いかも……」

 キキキッ。

 会話は激しいブレーキ音と、ドンッとぶつかる衝撃音で中断する。

「うわっ轢かれたぞぉ」

 先ほどの青年が車道に飛び出して、跳ねられたのだ。

 一斉に群がる野次馬。その何人かは携帯を構え、撮影を始めていた。

「ちっ」

 ジンは舌打ちすると、現場に走った。


「あぁ買ったばっかの新車、傷ついたじゃねぇかよ、糞」

 運転手は仰向けに倒れている青年には一切気にも止めず、バンパーのへこみを触っていた。

『ギギギギッ』

 背後で甲高い音が聞こえた。

「うわっっ何だあれッ!」

 野次馬の叫びに振り向くと、頭部がありえない方向へ曲がった、金属に体を覆われていく青年が、両腕を広げて立っていた。

「ひぃぃぃぃ。ば、化物ぉぉぉ」

 股間から小便を漏らし、へたり込む。

「うへへへ俺は飛行機だ」

 頭部の位置が元に戻り、両腕がアンバランスな翼に変化する。

「ジャンク獣か!」

 白虎はジンの後を追う。

「おぃボサッとしてねぇで立て!」

 ジンは運転手に声かけて、携帯を構えた。

 虚ろな瞳でジンを見るジャンク獣。

「うへへ……へ……ん、ちゃゃゃあ」

 奇声を発して頭部が破裂する。

「ナノマシンが暴走した? ジン殿!」

 ナノマシン入りの返り血を浴び、呆然とするジン。

「おぇぇっ」

 脳裏に浮かぶは、自分に置き換えた爆発する頭部。

 激しく腹部をかきむしり嘔吐した。

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