第8話 Iunctio(3)

「そうだ……それでいい……」

 額の傷は体内のナノマシンにより治癒したが、血が足りない。貧血で意識が揺らぐ。

 ジンは木の幹に身体を預け、戦いを見守っていた。


 玄武は覚悟を決めて武装し、白虎と激突する。

「ハァッ!」

 白虎の蹴りは空気を切り裂き、鎌鼬の刃が玄武を襲う。

「ぬんっ!」

 玄武は大地を叩き砂塵を生み出す。

「そこかッ!」

 不可視の刃に砂が反応。

 硬く握り締めた拳。純粋の物理の力で鎌鼬を粉砕した。


「……流石、姉妹。手の内もわかるか……」

 これで何度目か。玄武と視線が合う。

(俺にも力があれば……すまない玄武)

 ジンは守られる自分に歯がゆさを感じ、唇を噛み締めた。


「ずいぶんと余裕ね、姉さん。そんなにあの男が大事なの」

 三本の刀が生える両拳部を上下に広げて構える。

「今のお前にはわからんよ」

 左肩を前に突き出して真横に体勢を変え、膝を落とすと重心を下げた。

 対照的な二人の構えであった。

 天地に腕を大きく広げ、今にも獲物を喰らおうとする白虎。

 その顎を内側から貫いてやると、鉤爪を前方に小さく突き出す玄武。

「蛇ッ!」

 先行したのは玄武。無駄のない動きと、速度で真っ直ぐに妹の心臓を狙う。

 ぐりっ。

 肋骨の隙間に拳を打ち込み内側へ捻る。

 大地から両足、腰、左拳へ気が流れ、装甲を貫いた鉤爪から波動となりて、心臓を殴った。

 だが白虎は倒れない。効いてないのか。いや玄武渾身の一撃は確実にダメージを与えていた。

 それは意地なのかも知れない。格闘術で負けたくないという妹なりのやせ我慢。

「牙ッ!」

 懐にいる玄武の頸動脈を、虎の上下の顎が噛みちぎる。

 装甲を破損し刀が肉を抉り、鮮血。

 白い装甲は真っ赤に染まっていく。

「……白虎……」

「……姉さん……」

 ガクン。心臓を殴られた衝撃で両膝を崩し、妹は姉の胸に倒れ込む。

「玄武ッッッ!」

 引き分けか。ジンはフラつく身体で立ち上がる。

「来るな。かすり傷だ」

 痛ましい表情で妹を抱きしめていた。

(やはり、これが今の俺達の限界か)

 息遣いは荒く身体が鉛の様に重い。玄武が元の力を取り戻せば取り戻す程にジンは死へと近づく。

 現状これがデッドライン。これ以上ナノマシンを回収出来ない。


 ゆらり。

 亀裂の入った胸の装甲を触りながら、白虎は蘇生する。

「にいっ」

 その唇は笑みを浮かべていた。

 彼女も気づいているのだ。今の攻撃こそが姉の全力だと。

「痛いよ姉さん……でも大したことない。それが全力なら、もうアナタに勝ち目はない」

 白虎は玄武に抱かれたまま、腹部へ刀を差し込んだ。


「うぁあああああああああッッッ!」

 声なき声で叫ぶ。

 ふらついた足元がおぼつかない。ぐらぐらと揺れる景色。

 正常に歩ける状態ではない。それでもジンは玄武の元へ急ぐ。


『二人を殺せ』

 傍観していたジャンク獣が、つまらなさそうに指令を出した。


「ジンちゃん?」

 アニメ調の可愛らしい声が聞こえた。

 栗色のゆるふわロング。右耳にはジンとお揃いのシルバーピアス。濃いめのメイクだが、可愛い素顔を隠せない。

 ジンの幼なじみ、八坂ほむらが公園に入ってきた。

「……バリア忘れてた……」

 白虎の足元に倒れている、虫の息の玄武は小さく呟く。

「きゃっ! ば、化け物。アタシコワイ。助けてジンちゃ……んっ!?」

 両手を口にあて身体をくねくね。儚げさをアピールするのを忘れないが、視界に飛び込むは公園の真ん中に異形なる化物達、そしてそこに近づこうとするボロボロになった、ジンであった。

 ぷっつんんん。

 それを見た瞬間、視界が怒りで真っ赤に染まった。

「ああぁぁ! アタイの男にナニしたッ!」

 躊躇なく戦場に飛び込むと、飲みかけの缶コーヒーの底でジャンク獣を殴り、逆の手に持ったボールペンの先端を白虎のスリットに突き刺した。

「影狼なめんなッ!」

「ほむら危ねぇ」

 当て身。白虎の手刀が首の付け根を叩いた。

「はぅ……」

 きゅうぅぅと意識を失い、白虎の腕に抱かれる。

「野蛮人め」

 スリットからボールペンを引き抜く。

「どうしますか?」

『場所を変えるぞ、追ってこい』

「ソイツ関係ねぇだろ返せ!」

 獣と白虎は、ほむらを連れて公園をあとにした。




「糞ッ」

 ジンは呪う。自分の弱さを。脳裏に浮かぶは幼き記憶。


『御門ジンちゃん』

『もう違う。俺は黒鋼ジンだ』


『離婚?』

『父親が愛人つくって家出たって』

『あっ、だから名字変わったのね』


 自分が強ければ、家を出て行こうとする父親を殴ってでも止められたのに。長男の自分が弱かったから、家族がバラバラになってしまった。

 母親が泣いた。姉が泣いた。自分も泣いた。

 その時に知った。弱さは罪だと。

 誰に誓った自分に誓った。

 強くなければ誰も守れない。

 それがジンの信念。アイデンティティであった。



「玄武、俺の全てをやる! 頼むほむらを救ってくれ」

 玄武に口づけし唾液を与えたあと、ジンは土下座する。

「駄目だ。それが奴の思惑だ。そして我が断るのを白虎は知っている」

 傷の塞がった腹部をさすり、頭を上げさせる。

「聞け、奴は我らが緩やかに、死へ近づくのを楽しんでいる」

 少女姿に戻った玄武は、大人びた表情でジンを見る。

「お主の言葉を借りると、舐められてんだよ」

「ならどうする? 気合いと根性だけじゃ二人を救えないぜ」

「……ジン……お主という奴は……」

 ほむらはともかく、敵になった白虎も救おうというのか。

 ドクン。心臓が高鳴り、トキメキと鼓動は速くなる。

「我がナノマシン全てを、お主に渡す」

「……ギガンテック……」

 頷く玄武。

「理屈は同じだ」

 それがベストの選択であり、唯一の道であった。

 全てのナノマシン(生体パーツ)を回収し、完全体になればジンは死ぬ。ならば逆に与えればいい。

 玄武はそう考えたのだ。

「腹の中にコクピットねぇぞ」

 冗談とも本気とも取れる物言いに、自然と笑みを浮かべる。

「今回のパターンは想定していた。最初にお主を蘇生させた時に、壊れた携帯も治してた。細工を施してな」

「だから姉貴と連絡とれたのか」

「うむ」と頷く。

 見つめ合う瞳と瞳。

「では伽を始めよう」

 玄武は服を脱ぎ全裸になると、ジンの腕の中に飛び込んだ。

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