第2話 Anfang(2)

 深夜、駅前の繁華街も営業を終えていた。

 スナックや垢すりサロンが並ぶ一角に、ショットバーエデンがある。

 照明は消え、クローズと書かれた看板が扉に立てかけられていた。


「二階の部屋、使いな」

 店内から女性の声が聞こえた。

「助かるわ」

 声の主である二十代後半の綺麗な女性に、ジンは頭を下げた。気絶してる少女をおぶっている。

 二人共、全裸ではない。お揃いの真新しいジャージを身につけていた。

「感謝するよ姉貴」

 クレータの中で目覚めたジンは、焼け焦げボロ切れとなったスカジャンを見つけた。ポケットの中の携帯は奇跡的に壊れていない。

 この異常な状態だ。頼れるのは一人しかいなかった。大急ぎで姉の可憐に連絡したのだ。


 少女をベッドに寝かせると、ふんわりといい匂いが鼻孔をくすぐる。

 この子は一体誰なのだろうか。小さな胸が寝息で規則正しく上下に動く。

 何故全裸で抱きついていたのか。もしかしてヤッてしまったのか。

 初体験を無意識に済ませた、この少女と。

「んなわけあるか」

 ジンは悪態をつきつつ、顔を近づける。

 可愛い顔立ちをした少女だった。輪郭は丸みを帯びており中学生ぐらいに見える。

 長い睫毛に、綺麗な鼻筋。

 艶やかな唇だけは大人びて色気を感じさせた。

 ごくり。何故かは知らぬが身体が彼女を欲している。

 唇と唇の距離が縮む。

「ロリコン」

 背後から聞こえた姉の冷ややかな声が、ブレーキをかけた。


 可憐と共に下の店内に降りると、ジンは叱られた子供の如く、罰悪そうにカウンターへ腰掛けた。

「ジン、煩いことは言わないが、中学生はアウトだろ色々な意味で」

「ち、違うわ。誰かわからないから顔見てただけだ」

「はぁっ?」

 口をあんぐり開ける可憐。

「あんた、初対面の子と全裸で何を……することと言えばやはりアレしかないか」

「あちゃー」と、頭を抱えこんだ。

「してねぇよ……多分……旦那は?」

 強引に話題を変える。

「長期出張中」

「なら姉貴一人か」

「まあな。……って事で部屋は余ってるんだ遠慮しないでいいぞ。お嬢ちゃん」

 姉の目線を追うと階段から少女が降りてきた。


「食べな」

 カウンターに並んで座ると可憐から軽食を受け取る。

「あぁ」

「……いただきます……」

 むしゃむしゃ。

 無言で口に運ぶ。腹にいれ落ち着いたのか、少女は静かに話しだした。

「世話になりました。我が名は玄武」

「げんぶ……なぁ何故あそこで俺と……ッ!」

 キィィィンと、ジンの頭の中で高音が鳴る。

「何だこれ警報?」

「アクゥ……」

 玄武は唸りジンの腕を掴んだ。

「説明はあとでする。力を貸してくれないか、このままだと……」

 外から悲鳴が聞こえた。

「いかん! 行くぞ」

 ジンは強引に連れ出され、可憐も二人に続いた。


 店の前にいるのは悲鳴の主と思われる新聞配達の老人と、その首をワイヤーで出来た尾で絡み持ち上げている奇妙な異形なる物体であった。

 それの頭部は獣毛に覆われた犬であり、四足歩行の胴体は機械。

 寄せ集めのジャンク品で身体を構成していたのだ。

「ば、化け物!」

「人ん家の前で何やってんだ!」

 カッと頭に血が登り飛びかかる。

「ジン! 馬鹿!」

「無茶だ! 生身ではアクゥは倒せん」


 ぶん。風を切り裂いて鞭の様にしなる尾と拘束から解き放たれた老人が飛んでくる。

 攻撃をかわせば老人が大地に激突。受け止めれば鞭が当たる。

 ジンは躊躇なく決断する。

「ギャアァァァッッッッッッッ!」

 尾が背中の肉を抉った。その痛みは想像を超える。皮膚が抉れ筋肉が覗く。だが決して掴んだ手を離さなかった。

「姉上殿、ご老人を頼むぞ」


『……ゲンブ……』

 ノイズまじりの声でアクゥは呟き、ひたひたひたひたと、こちら側に近づいてくる。


「ジン」

 背中の傷がアスファルトに触れない様に、体を傾け膝に頭をのせられた。 

「よくやった。あとは、我に任せとけ」

 ずきゅゃゅゅゅん。

 玄武が唇を重ねた。

 くちゅくちゅくちゅ。れろれろれろ。

 舌を激しく絡めてくる。

「んっんんんん」

 息苦しく吐息を漏らし抵抗出来ないジンは、まるでまな板の鯉だ。

 ほむらと、まだしたことの無い初めて味わう快楽が、傷の痛みを和らげる。

 ちゅっぽっ。

 官能的な音をたて、唇が離れた。

 ツッ~と唾液と唾液が交わり、糸で繋がっている。

「げんぷちゃん! 場所をわきまえなさい!」

 ギャアアアスと可憐は雷を落とした。


「お、お前何を……」

 意識が朦朧としているジンの瞳を見つめ、ニッコリと微笑む彼女は神話から現れた女神の様だ。

「少し返してもらった。我が生体パーツをな」

 そう言って立ち上がった玄武の姿は、少女から成人した女性へと変わっていた。

 身長も伸びて、顔つきも大人のそれだ。

 着ていたジャージの裾からスラリとした四肢が覗き、張りのある肌は水滴もはじく。

 小振りだった胸は今や巨乳へと進化し、ぼいーんぼいーんぼんよよよ~んとシャツを押し上げて我が儘ダイナマイトゥに主張している。

「これで結界が張れる、コネクト・バリヤッ!」

 パリパリパリパリ。半透明な球体が周囲を覆った。

「げ、げんぷちゃん……君は……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます