第75話ジジイを見返すためなら
「グワァァァッッ!」
絶叫しながらソルは地に落ち、その場をのたうち回る。
遅れてカシアが着地すると、後ろから大きな手が頭をなでてきた。
カシアが首をかたむけて後ろを見ると……そこには髪を乱し、肩で息をするランクスの姿があった。
すぐにランクスは落ちてきた腕から杖を奪うと、その腕をソルのほうへ蹴り飛ばす。
「地上に出たらこっちのもんだ……ギード師匠たちが味わった四十年間の苦悩……オレがテメーに返してやる」
斬られた腕から滴る血をそのままに、ソルは起き上がり、歪んだ笑みを浮かべた。
「ギードだと? フンッ、知っているぞ。オレのジジィが殺された時に、運よく魔界へ戻ってきた部下から話は聞いている。ジジィが誕生前の赤子にかけた呪いを解くために、杖を奪いに来たか」
凍てついた視線を送りながら、ランクスが「知っていたのか」と短く答える。
ソルの口から嘲笑がこぼれた。
「……クククク、使えるものなら使ってみろ。呪いを解くために命をかけるっていうならな」
「命をかける? ……どういう意味だ」
息も絶え絶えにランクスが問うと、ソルはどこか愉快げに声を弾ませた。
「エナージュの杖を使えば呪いは解けるだろう。だが、我が祖父が施したのは遅延の呪い……杖を使った者が今まで生きてきた時間を、呪いを解く力へと変えるのだ。要は呪いを解こうとした人間は時間を奪われ、存在そのものが消滅するってことだ」
すぐにソルの言葉が頭に入って来ず、カシアは目をまたたかせる。
(杖を使えば、使った者が消滅? まさか、死ぬってことか)
村へ持っていけば、すぐにでも呪いを解くことができると思っていたのに……。
死という言葉が胸に迫り、カシアの鼓動を大きく脈打たせる。
悔しげに歯ぎしりするランクスを鼻で笑うと、ソルは洞窟へ足を向けた。
「今日はオレの負けだ、引き上げよう。だが、杖はいずれ奪い返させてもらうぞ。覚悟しておけ」
そう言い残し、ソルは元来た道を戻っていく。
二人はソルの気配が完全になくなるまで、洞窟を睨み続ける。しばらくして気配が感じられなくなり、ランクスが息をつき、苦々しい表情で手中の杖を見つめた。
「これをルカ師やオスワルド師の所に持って行けば、なにか分かるかもしれない。カシア、取りあえず村へ戻るぞ」
「あ、ああ」
足をふらつかせながらも歩き出したランクスの背中を見て、カシアは思う。
(ギードのジジィなら、迷わずガキを救うために自分の命を犠牲にする)
カシアは短剣を鞘に収めると、拳を強く握った。
(ジジィが死んだら見返せない。それだけは絶対に嫌だ。アタシは命をかけてジジィを見返したいのに……)
ついてこないカシアに気づき、ランクスが歩みをとめて振り向く。
その手にあるエナージュの杖だけが、鮮明にカシアの視界へ入ってきた。
(そうか。ジジィを見返すためには――)
カシアは足に力を込めてランクスの元へ駆け寄ると――素早く杖を奪い取り、そのまま繭がある小屋へ疾走した。
「おい、カシア! いきなりなにを……」
戸惑うランクスを無視し、カシアはそのまま突き進む。
「まさか……待て、早まるな!」
いつになく思い詰めた顔を見てか、ランクスが事態を察知し、カシアを追いかけようとする。
普段なら追いつかれてしまうが、酷い傷を負っているらしく、ランクスはその場に膝をつく。
一瞬カシアの走りが遅くなる。
(ランクス……)
初めて見たランクスの痛々しい姿に、胸が重くなる。
しかし「ごめん」とつぶやき、カシアは足を早めてランクスから遠ざかって行った。
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