第51話手間のかかるガキ
森へ逃げ込んで目的の川原まで進んでいくと、向かう先に青白い光が点滅しているのを目の当たりにする。
(あの光はなんだ? 雷か?)
だが空に雲はなく、雷が落ちるような状況ではない。妙なことになっているとカシアが首をかしげていると、山道の脇で光を凝視しながら立ち尽くすシャンドの姿に気づいた。
「シャンド、一体なにがあったんだ!」
「あ、姐さん、タンポポ組が大変なことに……」
うろたえながらシャンドが前を指さす。隣に立ってカシアがその先を見ると、タンポポ組が川原へ入ろうとして光に弾かれている最中だった。
すぐに結界だと分かり、カシアは駆け寄りながら声を張り上げる。
「なにやってんだ、本気を出せ! 根性でどうにかしろ!」
「む、無理っす姐さん……オレたちでは歯が立たないっす」
何度も結界を破ろうとして突撃したのか、ワーウルフがボロボロの体でその場にうなだれた。他の魔物たちもゼーゼー言いながら、動きをとめている。
前方は結界に囲まれ、後方にはギードが迫ってきている。
どう動こうかとカシアが目まぐるしく思考を働かせていると、川の上流から長髪の人影が浮かびながらこちらへ近づいてきた。
カシアが目を凝らして正体を突き止めようとした瞬間、人影は姿を消す。
そして唐突に、縁を黄色に光らせた真四角の悪趣味メガネをかけたオスワルドが、手にお玉を持ってカシアの真っ正面へ現れた。
「私の眠りを邪魔するとは、けしからん」
そう言って手首のスナップを利かせて、お玉でカシアの脳天を叩いた。
目の前が白くなり、足元から力が抜ける。
(お、お玉で倒される、なんて……)
激しい屈辱感と悔しさを抱きながら、カシアは意識を手放した。
「オスワルド、来てたのか」
ギードが川原の手前まで行くと、その一帯には魔物たちが大きなコブを作り、仰向けになって倒れていた。その中には間抜けに口を開けて気絶したカシアの姿もあった。
お玉で己の肩を叩きながら、オスワルドは眉間に皺を寄せる。
「まったく、うるさくて敵わん。ギードよ、さっさとカシアをしつけて、今よりもマシにしてくれ。それはお前の役目だぞ」
睡眠を妨害されて怒っているのだろう、メガネの奥で光る目がいつになく刺々しい。
こういう時のオスワルドは苦手だと、ギードは息をつきながら頭を掻いた。
「そうは言うが……こんな弱っちいガキをどう相手にすればいいか、俺にはさっぱり分からん」
こちらにかすり傷ひとつもつけられない非力さと、気合いを入れなくても跳ね返せる魔力で勝手に暴れられても別に構わない。うるさいことさえ我慢すれば、むしろ子猫にじゃれつかれているような感じで可愛いものだ。
ただ、勝手に挑みかかってくるのを放置することはできるが、まともになにかを教えようとするのは性に合わなかった。
ギードはカシアに近づき、その顔をジッと見下ろす。
「……しつけの役はランクスたちに任せてある。文句があるならあいつらに言ってくれ」
「苦手だからといって、弟子に押しつけるのはどうかと思うぞ。まあいい、お前がそうしたいならすればいい。せめて私の眠りを妨げない程度になれば、今のところ十分だからな」
小さくあくびをすると、オスワルドは踵を返し、虚空に浮かびながら川上のほうへと消えていった。
残されたギードは、「本当にガキは手間がかかる」とつぶやき、カシアを肩に担ぎ上げる。
その顔には普段の気むずかしさはなく、穏やかな笑みが浮かんでいた。
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