第38話それでもジジイに勝ちたい!


 繰り広げられる戦闘は激しさを増し、援軍に駆けつけた魔物たちがさらに密集してくる。上空からも退路を防ぐように三老人の頭上へ、魔物が集まって天蓋を作っていた。


 オスワルドが上空にいる魔物たちへ、古びて今にも崩れそうな木の杖をかざす。

 次の瞬間、大量の魔物を白く輝く球状のものが包み込む。

 中で灼熱の炎が燃え上がり、空が血の色よりも暗い赤に染まる。まるで夕日が地上まで落ちてきたかのような光景だった。


 ほんの一瞬の出来事。

 空の色が戻った時には、さっきまで空に蠢いていた魔物は、ことごとく消え去っていた。


「いつも通りの威力ですね。前に言ったと思いますが、カシアがゴブリンを倒したやり方と基本は同じ。オスワルド師のほうが、数千数万の魔法を一気に結界へ打ち込んでいますが……結界を張っているのも、敵を逃がさないようするためではなく、結界がなければあまりの威力に軽く国ひとつは吹き飛ぶからなんですよ」


 驚く気配すら見せず、エミリオは髪をなびかせながら三老人の戦いぶりを見守る。

 ギードとオスワルドが前衛で戦っている最中、ルカは後方で微動だにせず空を仰いでいた。


 ルカの体から一筋の光が上空へと伸び、暗雲の向こうへと消えてゆく。

 と、空から色違いの鎧を身にまとった十二人の戦女神の姿をした幻獣たちが現れ、次々に地上を舐めるように飛び、魔物の群れへ突撃していく。


 そして金色の槍を繰り出して何百単位の魔物を攻撃しすると、そのまま空へ持ち上げながら魔物たちとともに消えていった。


「……あれでミミズもどきと同じ幻獣なのかよ」


 ぽつりとカシアがつぶやくと、眉をひそめてエミリオが「あんなカス幻獣と一緒にしないで下さい」と声を低くして言ってきた。


「基本は一人で一体の幻獣しか呼べませんが、修行すれば同時に二、三体は召喚することができます。でも……ルカ師は己の魔力の質を自在に変えられる方。呼び出したい幻獣好みの魔力を作り、神と謳われるような存在を無尽蔵に呼ぶことができるんです。あの方だけで攻撃から防御、回復とすべてを兼ね備えた一個師団のようなもの」


「しかも精霊の力も借りることができて、色んな地方の呪術も扱えるんだ。おっかない人だぜ。……いつもより幻獣の数が少ないから、今日はあんまり気分が乗ってなさそうだけどな」


 ランクスが話している最中にも数を誇っていた魔物たちは、三人の老人に為す術なく倒されていき、魔物の群れに隙間が出来てくる。


(マジかよ。ここまで強いなんて……)


 あまりの光景にカシアの顔から血の気が引いていく。それを見てランクスがフッと鼻で笑った。


「これぐらいで驚いてんじゃねーぞ。ギード師匠はまったく本気を出していないんだぜ」


 思わず冗談であってほしいと考えてしまうような話に、カシアは頬を引きつらせる。


「いくら自分の師匠だからって、いい加減なこと言うな!」


「嘘じゃないぜ。あの人が本気出したら、世界が滅びるぐらいの威力があるらしい。だから本気を出す時は、オスワルド師とルカ師が強力な結界で敵と師匠を閉じ込めて戦うんだ。衝撃が絶対に外へ漏れないよう、外からは何も見えなくなるまで幾重にも結界を重ねているから、実は弟子のオレも、ルカ師たちでさえ師匠の本気を見たことがないんだ。ようは師匠の本気を見たヤツは、即座にこの世からいなくなるから誰も知らないっていう話だ」


 目の前の光景でさえ現実離れしすぎてるのに、さらにその上をいくなんて。

 立ち尽くすカシアの肩を、ランクスが軽く叩いてきた。


「これを見ても、まだギード師匠に勝ちたいか?」


 問われて一瞬カシアは言葉に詰まる。が、


「あ、当たり前だろ! これを見てビビって引き下がるなんて、カッコ悪いマネできるか!」


 うんうん、と満足げにうなずくと、ランクスはカシアに顔を近づけた。


「いい返事だ。で、改めて聞くが、オレたちからのお遣いを引き受けるのは嫌か?」


 言いなりになるのは嫌だったが、確かにパシリでも戦闘を重ねなければ強くなれない。ギードに近づくことができないのはもっと嫌だった。

 カシアはギードたちの戦いから目を背けず、「強くなるためならやってやる」と強い調子で言い切った。

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