第28話召喚!カットロン十三世!

「魔力が少なくても、素質があれば強い召喚魔法を使えるわ」


「召喚魔法って、なに?」


 カシアが問うと、ルカは空を指さした。


「こことは違う、異世界の幻獣を呼び寄せる特殊な魔法よ。空にはここと異世界を繋ぐ穴みたいなものが無数にあってね、その穴に己の魔力を送り込んで、その魔力につられた幻獣が現れるのよ。ディーノ、ちょっとお願いできるかしら」


 ルカに呼ばれて、ディーノは「はい、ルカ先生」と素直に答える。生意気なところしか見たことがなかったので、その様がカシアの目には胡散臭く映った。


 大きく深呼吸をして、ディーノは右手を空にかざす。

 キィン、と耳鳴りを起こした時のような、甲高い音が聞こえる。


 次第にディーノへなにかの影が被さってきた。

 カシアが上空を見上げると――ヘビのように長い体に、トカゲみたいな顔と小さな手足、翼を何枚も背中につけた動物が空を泳いでいた。


 しっかり姿はあるが、うっすらと透けているように見える。そのせいか、これが現実だという感覚がカシアには湧かなかった。


「これが幻獣よ。彼らはね、あたしたちの魔力を食べる代わりに、こうやって姿を現して力を貸してくれるんだよ」


 こんな巨大な生き物を、自力で呼べるようになるなんて。

 ルカの説明を聞きながら、カシアは期待に胸を膨らませていった。


『ディーノ、今日はどの敵を蹴散らせばいいのだ?』


 真上から幻獣がディーノへ話しかけてくる。はっきり聞こえる声ではなく、山びこが返ってくる時のように耳へ響く声だった。


「ごめん、ちょっと新入りに見せるために呼んだだけ。来てくれてありがとう」


『そうか……』


 ディーノの指示に、幻獣は心なしか落胆の色を見せる。しかし不満を言わず、空へ溶け込むようにその姿を消した。


(強そうな上に従順だなんて。召喚魔法、美味しすぎるだろ)


 やる気に瞳を輝かせていると、カシアの腰をルカが軽く叩いてきた。


「さあカシア、ディーノと同じように右手を空へかざして、さっきの魔法を出した時のように、今度は真上に魔力そのものを飛ばしてごらん」


 躊躇なくカシアは右手をかざし、言われた通りに魔力を飛ばす。

 どんな幻獣がくるのだろうかと、胸を躍らせて待っていると――。


 ――ぽよん。空から巨大な水滴みたいなものが落ちてきた。

 その場にいた全員の顔が強張った。


『ご指名ありがとン。ワッターシはカットロン十三世! ユーの魔力、とっっってもデリシャスだったよン。さあ、ワッタシを使ってぇン』


 ぽよよん、ぽよよん、と水色のゼリーっぽい体が跳び上がる。半開きのにやけた目と、だらしなく開いた口が、見ているだけで腹が立つ。

 あちこちからため息が聞こえてきた。


「一発目から召喚事故を起こすなんて、ある意味すごいな」


 ディーノがつぶやくと、即座にランクスがうなずいた。


「最弱が最弱を呼びやがった。こんな最低な奇跡、初めて見たぜ」


「最弱言うな! ……って、コイツ最弱なのか?」


 顔をしかめながらカシアがルカに尋ねると、「ええ、そうよ」と苦笑された。


「幾千幾万といる幻獣の中で、最も弱くて使えない幻獣だねえ。屈強な幻獣を呼べる者でも、ごく稀にコイツを呼んじゃう時もあるんだけど……その時は本当に腹立たしいものよ。口を開けば訳の分からないことを言うだけだしねえ。いっそこの世からも、幻獣の世界からも、消しちゃいたいわ」


 温厚そうなルカがここまで言うなんて。カシアは肝を冷やしつつ、カットロン十三世を踏みつける。ぐにゅんっ、と柔らかいのに芯がある感触が気色悪い。


「このミミズもどき、お前なんかに用はないんだよ。さっさと消え失せろ!」


『ノンノン、ワッタシはカットロン十三世。ミミズもどきなんかじゃないわン。あ、ちなみに十三世ってとっても大事なポ・イ・ン・ト。ここ抜かしたらいやン――』


「うるさい、このカス。消えないんだったら、このまま踏みつぶしてやる」


『ハハ、照れ屋さんだねぇン。またデリシャスな魔力、食べさせてねン』


 笑いながらカットロン十三世の姿が薄くなり、踏みつけていた足から感触が消える。

 完全に姿を消してから、エミリオがこちらへ早歩きに近づき、カシアの肩をつかむ。その顔は仮面のように表情がなく、肩に食い込んでくる指から怒りがひしひしと伝わってきた。

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