第二幕ノ二十七ガ結 物置小屋の置手紙――決意の八重
「――お待ちください、八重さん」
もう少しで松田屋へ到着するといったところで、双葉が八重の手を引いて、その足を止めさせた。そして近くの妓楼の塀のそばへと八重の手を引いて連れて行った。
「ふぇ? な、なにかあったのですかぁ?」
「ええ、少々厄介なことになりそうです」
月夜の淡い明かりが、考え込んでいる表情を浮かべる双葉の姿を艶やかな浮かびあげる。思わず八重は双葉の表情に見とれてしまった。絶世の美女という言葉は、まさに双葉さんのためにある言葉なんだなぁ……。
ほへぇ~……としている八重の頭上から、小袖がすとんっと降りてきて双葉に問うた。
「……厄介なことって……なに?」
「それがですね――どうやら下手人たちは、凶行現場の方へと移動しているようなのです」
双葉がそう言うと、オオガミが砂塵を巻き起こして双葉のそばに急に現れて、やや重々しそうに言った。
「ってことはあれカ? ひょっとすると、堕ちるかもしれねえのカ?」
「可能性が高いですね」
双葉が忌々しそうに言うと、大袖が双葉の後ろに音もなく現れた。
「ちゅうことは、それ相応の心構えばしちょかないかんっちゅうことか?」
「ええ……」
勝手に話が進んでいくなか、置き去りにされていた八重が双葉に、
「え、ええっとぉ……つまり、わ、わたしは、どうすればいいのでしょうかぁ……?」
不安気に言う。双葉は少しの間の後、八重に見せたことのないような緊張感を漂わせて言った。
「八重さんは一旦ここで私以外の方々と待機していてください」
「は、はいぃ~……」
八重が答えるとすぐに、双葉はその艶やかな姿を闇の中へと消していった。
「勝手に動くなっち、釘刺されたごとあるな」
大袖が苦笑しながら言うと小袖も、
「……そうみたい」
と同意した。不安気に顔をうつむかせている八重のそばに、オオガミがひょこっと寄っていく。
「ま、落ち着けって言っても無理だろうから、オレたちを信用してナ。悪いようにはならないからヨ」
「……は、はいぃ~」
「ほっ? たまには、きさんもよかことば言うっちゃないか!!」
ずごんっ! とオオガミの頭を大袖が平手で一発。
「きゃいんッ?!」
頭がもげてしまいそうな勢いで地面に頭から倒れこむオオガミ。なんというか、散々だ。
あ……あわわわわわ……、とオオガミの惨状に八重が怯え始めたところで、
「タマさんのおっしゃる通り、物置小屋の中に、柚葉や長次郎たちの姿はありませんでした――そして、このような文が置かれてありました」
闇の中から双葉が湧き出るように現れ、手に持っている文を八重に差し出した。
「拝見してみてください、皆さま」
八重が文を恐る恐る手に取ると、双葉が指をぱちんっ! と鳴らした。すると、双葉の指先に火が宿り、文に書かれてある文字が見える程度に周囲を照らした。
「熱くなかとか?」
大袖が当然の疑問を口にする。
「ええ、熱くはありませんよ。これは炎であって炎ではありませんから」
「……よくわからないけど……便利……」
「ま、まあ、んなことより、早く文を読もうゼ」
涙目で頭をなでさすっているオオガミに促され、八重が文を開いていった。そこに書かれてあった文面は、至極単純なモノであった。
「……つまり……柚葉という娘と……腐れキュウリ野郎の命が惜しければ……墓所の小屋へこいと……」
「ちょっと
双葉が苦笑すると、大袖が、
「ふ~ん。あの気持ち悪い女々しかクソガッパとかどげんでもよかっちゃけんど、柚葉っち娘は助けてやらないかんばい」
と、さらに厳しい言葉を吐き出した。
「……あのエンコって奴、よっぽどのことをしたんだナ」
エンコへのあまりのひどい言葉にオオガミが同情したところで、双葉が八重に言った。
「八重さん、脅すようで申し訳ありませんが、今の状況だと、ひょっとするとあまり望ましくない結末が訪れるやもしれません。ですが、ここで八重さんがこの文に指定されている場所へ行かなければ、確実に最悪なことが起こってしまいます――申し訳ありませんが、八重さんの御力をお貸しくださいませ」
深々と頭を下げる双葉。双葉の言葉を受けた八重は、きゅっ! と目をつぶり、そして自分に必死に言い聞かせ始めた。
(わ、わたしが頑張らなきゃ……わたしが、頑張らなきゃ……!!)
八重は目を開き、そして決意のこもった瞳を双葉に向けた。
「い、いきましょう! 柚葉さんを助けに!」
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