第二幕ノ二十七ガ下 タマからの連絡――動く蒼龍


 双葉の部屋にて待機していた蒼龍に、タマからの思念波が届いた。蒼龍は顔をしかめた後、


(わかった。それは少し気になるね。僕たちもその小屋とやらへ向かうとするよ)


 と、タマへと思念波を返した。蒼龍の微妙な変化に気づいた煉弥が、蒼龍に問う。


「何かあったんで?」

「ああ、どうやら下手人が物置小屋から移動したらしい」

「ってことは、凶行現場へと向かったってことですかい?」

「おそらくそうだろうね」

「そいつはちと厄介事が起きそうな気がしやすねぇ」

「僕も煉弥の意見に賛成だね」


 二人して顔をしかめたところに、凛が、


「何が厄介なのですか?」


 と疑問をぶつけた。


「いや、ね――凶行現場というとこは、そこで凶行――つまるところ殺人が行われたということだね」

「それは、わかります」


 殺人という言葉に嫌悪感を示す凛に、煉弥が蒼龍の言葉をひきとってなげかけた。


「ということは、だ――そこには浮かばれない娘たちの怨念が渦巻いてるわけだな」

「だからそれがなんだと――――」

「それにそこはタマが言うには吉原で亡くなった者たちの墓場だというじゃないか。とすれば、そこには怨念だけでなく、生者への妬みや憎しみ、吉原ならではの美しさへの羨望と怨恨も渦巻いているということでもある」

「……堕ちやすかね?」

「かもしれないねぇ」


 うぅ~むと顔をしかめる二人に、凛がややイラ立ち気味に、


「ですから、一体どういうことなんでしょうか?」

「ん? ああ、そうだね、凛に説明しておこうか。先にも少し話したかもしれないけど、人間といえどもあまりに心が醜く歪んだり、人の憎しみや妬みを一身に受けたりすると、妖怪化してしまうことがあるんだよ」

「人間が妖怪になっちまうことを、俺たちは“堕ちる”って言ってる。あまり、言いたくはないが、わかりやすい例を出せば……その、あれだ……」


 口ごもる煉弥から、凛は察した。先日の、自分の人生観全てを変えてしまった一連の騒動のことだ。


「……つまり、あの時の御師様――いや、源流斎のようなことか?」

「ああ、そういうことだ。あれはまだ堕ちちゃいなかったがな。人間が堕ちちまうと、自らの欲望に応じた姿となって妖怪になるんだが、それはあくまでもその一瞬だけで、すぐに自らの欲望とは真逆の姿になっちまうんだ」

「だからこそ、いつまでも満たされない欲望は、他の者への嫉妬や憎しみとなって、見境なく襲うようになってしまう。それも、欲望が大きければ大きいほど、醜悪な姿となり――絶大な力をも手にしてしまう」

「そうなる前に、決着をつけるのが一番いいんだが、今回の場合はそういうわけにもいかねえ。一応、タマやあのエンコって奴がついてるとはいえ、人質を取られてるワケだからな」

「それならば、今すぐにでもタマ殿が仕置きしてしまえばいいのではないのか?」

「ネコがいきなり人間の姿になって、大の大人二人を殺す姿を見せるべきだと、凛はそう言うのかい?」


 蒼龍からそう言われ、はっ! と気づく凛。


「それに、俺たち仕置き人もそうだが、妖怪と人間には不文律みてえなのがあってだな。もし、あの柚葉って娘にタマが本当の姿を見せちまえば、場合によっちゃあ、柚葉って娘も消さなきゃならなくなるんだ。だから、できるだけそうならないように、皆気ぃつかってるんだよ」

「そういうことだね。凛は特例だってことを、忘れちゃいけないよ?」


 蒼龍から釘を刺され、深々と頭を下げる凛。


「は、はい……」

「さて、それじゃあちょっと僕たちも現場近くへと向かうことにしようか」

「ええ、俺はいいんですけど、その、コイツはどうするんですかい?」


 煉弥に指さされ、凛が、


「当然、私も行くに決まっているだろうッ!!」


 と、怒りの一喝。すると、蒼龍が凛の頭にズビシッ!! とチョップを一撃。


「あぐっ?!」

「大声を出すもんじゃないよ」

「も、もも申し訳ありません……」

「それで? 煉弥の言葉の真意を教えてくれないかな?」

「いや、その、別に連れて行くことに異議はないんですが、コイツの得物はどうするんですかい?」


 煉弥の指摘に、頭を押さえて痛がっていた凛が、はッ?! とした表情を浮かべた。


「……そういえば、私の刀は楓殿にへし折られてしまったままでした」

「楓殿が?」


 まったく、あの義母ははうえは余計なことをよくしてくれる。

 うふふぅ♪ とキツネ目細めて悪い笑みを浮かべている楓の顔が頭にチラつく蒼龍が、軽く舌打ちをした。


「となれば、凛を連れて行くのはちょっとはばかられるねぇ。いくらなんでも無手じゃちょっとねぇ」

「ですよねぇ」

「そ、そんな……ッ!!」


 がっくし……と、その場に手をついて膝をつく凛の背に、天井から何かが、ぽとっと落ちてきた。


 ――ふんッ!!


 落ちてきたのは、凛の式神である“ちび凛”だ。主人と同じような巫女衣装を着て、主人と同じように愛想のない生意気な態度で主人の背中に乗ってふんぞり返っていた。


「おや? なんだかんだで御主人が心配なんだねぇ。正直じゃないところも御主人そっくりだよ」


 ――ふ、ふんッ!!


 顔を赤くしてふんぞり返るちび凛。


「な、なんのことでございますか?」


 凛が身体を起こすと、背中のちび凛がぴょんっと飛び降りた。微かな物音に気付いた凛が視線を落とす。


「なッ?! き、キサマッ!! いつのまにここに?!」


 ――ふんッ!!


 なぜキサマに教えなきゃならんのだと、凛から顔をそむけるちび凛を見て、煉弥がボソリと、


「……ったく、こんなちびがなんの役に立つってんだよ」


 と呟いた。すると、それを耳にしたちび凛が、したたたたたっ! と煉弥の足元から一気に煉弥の肩まで駆け上がってきた。


「な、なんだよ?」


 うろたえる煉弥の頬に向かって、ちび凛が見事なドロップキックをお見舞いする。


「うごっ?!」


 そしてそのまま凛の肩へと飛び乗り、


 ――ふんッ!!


 痴れ者め、思い知ったかッ!! と言わんばかりにふんぞり返る。


「今のは煉弥が悪いねぇ」

「まったくです」


 二人して腕を組んでうなずいたところで、頬をさすりながら煉弥が問うた。


「てて……。しかしだな、このちっこいのが実際なんの役に立つんだ?」

「う? い、いや、そそ、それはだな……」

「ま、その時になればわかるよ。それじゃあ行くとしようか」


 すすっと部屋から出ようとする蒼龍の前に、凛が慌てて仁王立ちの体で立ちはだかった。


「ん? まだ何かあるのかい?」

「あ、あの――――」

「何もないのなら、そこをどいておくれ。そして、煉弥と一緒についてくるんだ」


 蒼龍のこの言葉に、凛は、ぱぁっとまばゆいばかりの笑顔を浮かべ、すぐさま蒼龍に道をゆずった。そして蒼龍の後ろにつき、


「さあ、何をグズグズしているッ!! 早く出立するぞッ!!」


 と、頬をなでさすっている煉弥に嬉々として叫び、全身から喜びのオーラを発散させながら蒼龍と共に部屋から出ていった。

 部屋に残された煉弥が、大きく肩を落としてため息をひとつ。


「……嫌な予感しかしねえなぁ」

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