第二幕ノ二十七ガ中 来たる宵闇――外道共の動き


 元々薄暗かった室内が、まさに漆黒の闇に飲み込まれた物置小屋の中。

 昼間よりは幾分かは暑さが通り過ぎたが、こもった熱気がむわりと室内に漂っていた。


「うぅ……む……ん……」


 手足を縛られさるぐつわを噛まされた柚葉が、くったりとして倒れたまま小さなうめき声をあげる。その横では、和葉の姿をしたエンコが、うめき声一つ立てずに倒れていた。


「もう少しだ――もう少しだよ……」


 そんな二人を見下ろしながら、長次郎がまるで子守唄を歌うかのような口調でそう呟いていた。

 しかし、その表情は子守唄にとてもそぐわぬ、実に醜悪な笑みを浮かべていた。


「もう少しだ――――」


 突然、物置小屋の戸が、音をたてぬようにゆっくりと開かれた。長次郎はそのことに気づいていないらしく、呟き続けていた。


「もう少しだ――――」


 すると、長次郎の呟きに、


「そう――もう少しでありんす……」


 と、妖艶な声が続いた。長次郎は声の方へと振り向くことなく、柚葉たちを見下ろしたまま声の主に言った。


「準備はできているかい、上尾――――」

「ええ――いつもの如く――――」


 ちゃりちゃりん――と、金属同士の触れ合う音。音のした方へと長次郎が視線を落とす。そこには、先のとがった中が空洞になった鉄の筒がいくつも転がっていた。


「うん――うん――今日は三人だよ――楽しみだね、上尾……」


 恍惚とした表情で、愛おしそうな声をあげる長次郎の背に、真紅の襦袢姿の上尾がしだれかかる。


「ああ……早く、血を浴びとうございます――美しく、穢れない娘の温かな鮮血――ああ……私はもっと美しくなるでありんす……そして――――吉原の全てをこの手中に――――!!」

「そうだよ、上尾……お前こそ、吉原の頂点にふさわしいんだ……」

「長次郎様……」


 上尾は長次郎の背中から手を回し、長次郎と深い接吻を交わし始める。それを、物置小屋の隅で見つめる、光るネコ目が二つ。


(お~お~お盛んだにゃ~。歪んだ愛情も愛情には違いないにゃ。まあ、それより――――)


 タマのネコ目が、鉄の筒へと向けられる。


(あれで娘たちから血を抜いていたんだにゃ。問題は、どこで血を抜いているかだにゃ)


 すると、タマの疑問に、


(それだけど、ちょっと心当たりがあるのよねぇ)


 と、エンコが答えた。


(むぅ? おみゃ~何か知ってるにゃ?)

(知ってるというわけではないけど、怪しいところがあるって感じねぇ。吉原の最奥に、吉原で亡くなった者たちの墓があるのよ。そこに番小屋があるのだけど、その番小屋に今は使われてない地下室があるのよぉ。おそらくだけど、そこで血を抜いてるんじゃないかしらぁ?)

(おみゃ~、そんなところを知ってるなら、なんで早く言わないにゃ?)

(だって、聞かれなかったから)

(……まったく、これだから河童は気が利かないにゃ)

(アタシが気が利かないのは認めるけど、それを河童全体の欠陥としてとらえるのはやめてくれないかしらぁ?)

(はいはい、わかったにゃ――――)


 タマとエンコがそんなやり取りをしていると、長次郎が懐から何やら文のようなものを取り出した。それを柚葉が倒れているそばへと置いたところで、長次郎が柚葉を担ぎ上げた。


「それじゃあ――行こうか、上尾」

「はい……」


 柚葉を担ぎ上げたまま、物置小屋へと出ていく長次郎と上尾。どうやら、エンコの予想は当たっていたらしい。


(さて――となれば、蒼龍たちに連絡をいれておかにゃいとにゃ)


 むぅ~~んと思念波をタマが飛ばしていると、長次郎が物置小屋へと戻ってきて、倒れているエンコを担ぎ上げようとした――のだが、


「ん、んん?」


 な、なんだこの娘? 見た目はこんなに小さいのに、どうしてこんなに重いんだ?

 どっしりと腰を下ろし、ふんぬっ! とエンコを担ぎ上げる長次郎の姿に、タマが心の中で苦笑した。


(見た目と重さがつり合ってないらしいにゃ)

(う、うるさいわねっ! 仕方ないでしょう!! いくらなんでも体重までは変えられないわよっ!!)


 エンコは長次郎に見えないように、タマに向かって、きぃ~~っ!! とした目つきを向けながら、長次郎に物置小屋の外へと連れ出されていった。


(さぁ~て……にゃんも尾行するとするにゃ)


 くぁ~~~……と伸びをしながら大あくびを一つして、タマは物置小屋の屋根裏から外へと飛び出していくのであった。

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