第二幕ノ二十三ガ中 花魁道中当日――現れる花魁


 吉原の中央道にある、さる高名な茶屋。

 そこの道側に張り出した客席に、三人の上等な身なりをした男が座っていた。

 そしてその三人を遠目に囲む群衆たち。群衆たちは、茶屋の席で待っている三人が、本日の花魁道中の客だと、気づいているのだ。めったなことでは松竹屋が花魁道中などおこなわぬ。そんな松竹屋に花魁道中の重い腰をあげさせたのは、いったいどんな人物なのかと興味津々なのだ。


 ――なんだい、あのばかでかいナリをしたお侍さんは?

 ――あの小姓はなんでああも不機嫌そうなツラしてんのかね?

 ――しっかし、あんな役者のような見事な美男子が、なんでまた吉原になんざ用があるのかね?


 ぼそぼそと聞こえてくる群衆の噂話に、一番最初にいたたまれなくなって声をあげたのは煉弥だった。


「……晒し者になるのは慣れてるつもりでしたが、こいつぁちょいときついっすねぇ」


 いつもの癖で頭をかこうとする煉弥に、蒼龍が軽く釘をさした。


「気持ちはわかるけど、これは失敗できない作戦なんだ。少しは上流階級に見えるように努力するんだよ」

「……へい」


 いつものボサボサ頭ではなく、キッチリと仕立てられた髷頭に手をやろうとしたところで、煉弥は渋々といった様相で手を下ろした。

 今度はそれを横目で見ていた小姓姿のオオガミが、諦観したような声で蒼龍に訴えかける。


「なあ、いつまでここで待ってりゃいいんだヨ……」

「もう少しだよ。さっき、タマから連絡があってもう少しだと言っていたからね」

「タマと楓の“もう少し”ほど信用できねえものはねえんだけどなァ……」


 ふぅ……とため息をつくオオガミ。それに合わせて煉弥もため息を一つ。すると、聞こえてくる群衆の声のトーンが変わっていくのに気がついた。ざわめき始めたのだ。


「おや? ご登場かな?」


 蒼龍が群衆の方に目をやると、今度は蒼龍のほうがため息をついた。


「来たのは来たけど、別なほうが来たようだ」


 蒼龍の言葉に、煉弥とオオガミがう~ん? と群衆の方へと目をやると、そこにはいつもの藤堂家の家紋のついた袴姿の凛が、大袖と小袖を従えて三人の方を厳しい目つきで見つめていた。


「……信用されてねえなぁ、おまえモ」


 ニヤニヤと煉弥を見つめるオオガミに、


「……まあ、これに関しちゃ、自業自得だと思ってるよ」


 煉弥が珍しく素直な言葉をかけた。おやっ? とした顔をオオガミが浮かべると、うるさかった群衆の声が急にピタリと止んだ。


「ふむ、どうやら今度こそ本命のようだね」


 さてさて、やじ馬共を黙らせるくらいだ、また大層見事な花魁道中に仕立て上げてるんだろうね。

 と、蒼龍が群衆の方へと目をやると、群衆が全員空を見上げていることに気づいた。


「おや? これはいったい――――」


 蒼龍も群衆にならって空を見上げてみると――――、


 ひゅるるるるる――――どどぉ~~んっ!!!!


 と、真夏の青空に花火があがりはじめたのだ。


 ――おぉっ?! さすがは松竹屋だ!!

 ――粋じゃねえか!!


 群衆がやいのやいのと声をあげはじめる中、茶屋の三人は顔を見合わせ、そして見事に声をハモらせた。


「あのクソネコが……」

「あのバカネコガ……」

「あのアホネコめ……」


 確かに、囮としては目立てば目立つほどいいのだが、いくらなんでもやりすぎというものがある。

 ここまでお祭り騒ぎにされてしまうと、オオガミはまあいいとして、目立つ姿の蒼龍と煉弥が群衆に覚えられてしまって、今後の仕事がやりづらくなってしまう危険性がある。


「大丈夫っすかね、これから……」

「まあ、吉原の中で起こることは、外界に持ち出さないっていう客同士の暗黙の了解もあるし、なんとかなるとは思うけどねぇ……」


 とりあえず、この仕置きが終わったら、あの麻呂眉毛も仕置きしなければならんな。蒼龍がそんな不穏な事を考えていると、


「……その時は……手を貸す……」


 と、いつのまにか蒼龍のそばにきていた小袖がボソリと自己主張した。

 おおわっ?! と身じろぎして驚く煉弥とオオガミを脇目に、蒼龍は涼しい顔に、冷徹な瞳を浮かべて、


「その時は、頼むよ」


 力強く小袖に依頼した。


「……うん……化け猫はまだ……拷問したことない……楽しみ……」


 小袖はくくっ……と無表情のまま、なんだか危険な笑い声をあげ、すさまじいスピードで凛のもとへと戻っていった。

 急に姿を消していたことに、凛からがみがみとお叱りを受けている小袖を遠目に見ながら、煉弥とオオガミがタマの今後の安否について気をもみはじめたときだった。

 うるさかった花火の音が止み、代わりに群衆たちの、おぉぉ~~~~~!! という歓声が聞こえはじめた。


「今度こそ、本命のようだね」

「っていいながら、またなんか肩透かしをくらっちまうのはごめんですぜ」

「いくらバカネコでも、もう種切れだロ」


 三人が群衆を見つめていると、集まっていた群衆が左右に別れ、中央に道を作るのが見えた。

 どうやら、ついにご登場のようだ。

 そう思い、三人が群衆のいなくなった道へと目をやった。

 まず最初に三人の目に映ったのは、数人の少女たちであった。

 年齢は十一~十四くらいで、派手過ぎず地味すぎずといった身なりから察するに、花魁道中の先導の任をたまわった松竹屋の新造の少女たちのようらしい。


「へぇ~、吉原の遊女っていうにゃあ若すぎるけど、なんつうか、妙に品がある女の子に見えやすねぇ」

「きっと、双葉に鍛われてるんだろうね」

「……ふ~ン」


 すると間もなくして、今度は新造の少女たちよりも、もう少し年齢のいった――十五~二十くらいと思われる、少々絢爛な衣装を身にまとった少女たちが、見事なまでに洗練された足運びで歩んでいるのが見えた。少女たちの手には、松竹屋の提灯が握られている。きっと、松竹屋で御座敷を踏んでいる遊女たちなのだろう。


「ふむ。見てごらんよ、煉弥。実に優雅な身のこなしじゃないか。あんな若さであそこまでの所作事を身につけるには、それこそ血のにじむような努力をしたに違いない。さすがは双葉だねぇ」


 感心している蒼龍を横に、煉弥は複雑な表情で言った。


「まあ、でも俺はああいうかたっくるしいのは苦手ですねぇ」


 するとオオガミが顔をほころばせて、煉弥の脇腹を肘で突っついた。


「あん? なんだよ?」

「へっへ~♪ そうだよナッ♪ オマエにゃ、あんな上品な女ぁ似合わねえよナッ♪」


 なぜかはしゃいでいるオオガミを見て、煉弥がなんだこいつと顔をしかめていると、


「おや、双葉じゃないか。ありがたいね、八重の警護に出張ってきてくれてるようだ」


 蒼龍の言葉に、煉弥がすかさず反応した。


「双葉太夫?!」


 ついに、吉原一の花魁・双葉太夫の御目見えか!!

 だらしのないニヤケ顔を浮かべる煉弥の膝を、チッ!! とオオガミが舌打ちを一つして蹴り上げた。


「がっ?! なにしやがるてめえ!!」

「御役目を忘れんじゃねえゾ」

「けっ! わかってらぁ!!」


 横槍が入ったが、今度こそ双葉太夫の御尊顔を御拝見――――、と煉弥が嬉しそうに見つめた先には、世にも醜い枯れすすきといった老婆がいただけであった。


「……タツ兄、どこに双葉太夫がいるんですかい?」

「うん? ああ、あれさ」


 蒼龍はそう言って老婆を指さした。


「はっ? ははっ、タツ兄も冗談が御上手で……あんなババアが絶世の美女と名高い双葉太夫だなんて、ありえるわけがないじゃないっすか」

「そういうありえないことが起こるのが妖怪の世界だからねぇ。今のあの双葉の姿は、梅ばあさんっていって、松竹屋の楼主としての姿に化けてるわけさ」

「そ、そうだったんですかい……」


 残念そうな顔をする煉弥。その横で、オオガミが蒼龍に問うた。


「ってか、いつになったら八重たちは出てくんダ?」

「楼主である梅ばあさんがやってきたのなら、もうすぐ姿を見せるはずさ」


 蒼龍がそう言うと、それを証明するかのように、群衆が今日一番の賑々にぎにぎしさでもって騒ぎ始めた。


「ほら、どうやら八重たちの御登場のようらしいよ」


 目を凝らす三人。確かに蒼龍の言う通り、梅ばあさんの後ろから八重と柚葉が歩いてきているようだが、二人のそばで日傘をさして随伴している新造の娘や警護のための若衆が何人もいるため、その陰に隠れて二人の姿がよく見えない。


「見えるか、オオガミ?」

「いや、見えねえけド――多分、すげえ恰好してるんじゃねえノ? ほら、凛を見てみろヨ」

「凛を?」


 オオガミから促され、凛のほうを見やる煉弥。

 すると、凛が口元に手をやって、大きく身体を震わせているのが見えた。その表情まではよくわからないが、おそらく顔も赤くなっているのだろう。どうやら可愛いモノ好きの女剣士は、全身全霊で萌えているようらしい。


「あ~……確かに、すごいことになってそうだな、八重さん」


 と、八重たちがこちらへやってくる間、蒼龍がちょっとした疑問を煉弥にぶつけた。


「前から思ってたんだけどね、どうして煉弥は八重のことをさんづけで呼ぶんだい?」


 この質問に、オオガミも同調した。


「そういや、オレもそれは気になってたんだヨ。なんか理由でもあんのカ?」

「いや、大した理由じゃないんですけどね。ほら、妖怪って見た目と年齢が釣り合わねえ奴ってのが多いじゃないっすか? 楓さんしかり、オオガミしかり」

「お~、そりゃあそうだナ。オレだってウン百歳だし、楓だってそれを優に超えてらア」

「ウン百歳って、オオガミ、自分の年齢すら把握してないのかい?」

「もう、百から先はめんどくせえから数えてねえヨ」


 ぶぜんとした表情をするオオガミ。すると煉弥がため息をついて言った。


「ほら、こんなふうに、見た目は十四~十五の娘でも、実際は百の齢をとっくの昔に越えたババアって場合もありやすから、どれだけ見た目が幼くてもとりあえず、さんづけの敬語で接するようにと楓さんから仕込まれましてね。そのせいで、未だに八重さんは八重さんとしか呼べませんね」

「なるほどねぇ」


 納得した顔でうなずく蒼龍の横で、犬歯をむき出して怒りを露わにするオオガミ。


「おイ……てめえ、今、ババアつったカ?」

「事実そうだろうが」


 むっきぃ~! と荒ぶりかけるオオガミを、蒼龍が手で制した。そうして、一つ咳ばらいをして、煉弥に一言。


「つまり、煉弥はオオガミだけでなく、楓殿もババアだと言いたいわけだね?」


 この蒼龍の一言に、煉弥は顔面蒼白となって戦慄した。


「い、いやっ?! そういうわけではないっすよ!! い、いやぁ!! 妖怪の女性の方々って、見た目相応にいつまでも若々しくて結構だと思いやすよ!!」


 あははははは!! と大声で笑う煉弥。蒼龍は、そんな煉弥を親指で指し示しながら、


「だ、そうだよ?」


 と、オオガミに言った。


「……ま、別にいいけどヨ」


 オオガミが不承不承といった感じで言ったところで、


「さて、冗談話はもうおしまいだ」


 蒼龍が引き締まった声で、煉弥とオオガミに言った。

 そうっすね。おウ。と煉弥とオオガミは互いに気を引き締め合い、八重たちが近づいてくるのをじっと待つ構えをとった。

 やがて、先導の少女たちが三人の元へと辿り着いた。少女たちは、にこっと可愛らしい会釈をして、左右に散った。後続を待っているのだろう。

 次いで、遊女たちの到着――そして先ほどの少女たちと同じように三人に会釈をし、左右へと散る。

 遊女たちが左右へと散り終えると、梅ばあさんが三人の前へとやってきた。梅ばあさんが、くしゃくしゃの顔をさらにくしゃくしゃにして、うやうやしく蒼龍に頭を下げる。


「これはこれは北条様――本日は、当松竹屋にて遊女の道中をさせていただき、まことに――――」


 梅ばあさんのしゃがれ声を、蒼龍が手で制す。


「御楼主殿。そのような前置きはよろしい。僕は、言葉よりも、行動のみをたっとぶ」

「おお、そうでございましたな。されば、どのような美辞麗句を並べ立てるよりも、実際に御覧なさるといい――これぞ、松竹屋が誇る、世に二つとない、浄土のほとりに咲く、二本の可憐な蓮の花――――」


 梅ばあさんは低頭したままそう言い、そのまま蒼龍の横へと歩み寄った。

 程なくして、若衆と少女に囲まれた、二人の花魁がやってきた。その姿は、若衆たちと少女のさした日傘によって見えそうで見えない。


「さあ、御照覧あれ――――」


 梅ばあさんの言葉をうけ、まずは若衆たちが左右によけた。二人の花魁の全貌はまだ日傘によって隠されているが、その足元が露わになった。片方はひざ下まで着物の裾が見えるが、もう片方は膝までしか着物の裾がなく見るからに愛らしい艶肌がのぞいていた。


「……ゴクリ」


 生足に目がない煉弥が、思わず生唾飲み込んだ。その音を合図にするかのように、日傘をさしていた少女たちが互いに小さくうなずきあい、日傘を二人の花魁から外してみせた。


「ほう……これは……」

「おぉ……」

「む、ムゥ……」


 三者三様の驚きの声をあげ、その後は息を呑んで二人の花魁を見つめる三人。


「そら――北条様に御挨拶なさい」


 梅ばあさんが促すと、まずは、絢爛豪華ながらも品のある大人びた薄青い色の着物をまとった少女が、その装いにふさわしいはんなりとした足取りで一歩前に進み出た。


「北条様、本日は松竹屋までの道程を共に寄り添わせていただくことにあいなりました、柚葉と申します――どうぞ、お見知りおきを……」


 柚葉は軽く腰をさげ、蒼龍に向かってはにかむように会釈をした。

 星空の中でもひときわその存在感を誇示する満月のような、柔らかで輝くような柚葉の微笑みに、思わず煉弥とオオガミが反射的にぎこちない会釈を返す。


「ほら――アンタもだよ」


 梅ばあさんが、少々声に棘を含ませて促すと、


「は、はいぃ~……」


 という、恥ずかしさが入り混じった気の抜けた返事が聞こえてきた。

 その声を聞き、三人は微笑した。

 久方ぶりに聞く、八重の声。無事だったのだという安堵感が、三人を微笑させたのだ。

 先ほどの柚葉の流麗な足運びとは真逆な、実に危なっかしい足取りで、八重と思われる少女が一歩前に進み出た。

 ひょこっとのぞく膝下の生足。白桃のように外側は鮮やかな桃色で内側にいけばいくほど薄桃色をした、派手過ぎない色合いで着ている本人の愛らしさを演出してくれる着物。その着物の胸元は、ハート型にばっくりと開かれ、そこから見る者全てを圧倒する峡谷のような谷間が覗く。さらに、その谷間には麻呂眉毛をした真っ白なネコが顔を出していた。


「あっ、あのっ……わ、わたしは、八重と――――」


 梅ばあさんがジロリと八重を睨んだ。


「あっ?! ち、ちち違いますぅ!! わ、わたしは猫葉と申しますぅ!!」


 ぺこりっと頭を下げる八重――猫葉。

 猫葉が頭を上げると、揺れる前髪の中に、今にも泣き出しそうな大きなつぶらな瞳がチラリと見え隠れした。その頬は、淡く朱色に染まっている。きっと、恥ずかしくて死にそうなのだろう。


「……いい」


 煉弥が呆けた顔でつぶやくと、オオガミがずいっと猫葉に近づいた。そして、胸元から顔を出しているネコを見つめてつぶやいた。


「お前もなんか大変だナ……」

(うむぅ……苦しいにゃ……乳に挟まれて窒息するにゃ……は、はやく道中を終わらせるにゃ……)


 タマの訴えを聞いてくれたのか、梅ばあさんが蒼龍に向かって言った。


「それでは北条様、参りましょうか――」

「ああ、そうするとしよう」


 蒼龍はゆっくりと立ち上がり、柚葉と猫葉に目をやった。


「では、御二方――僕の横へおつきなさい」

「かしこまりました――」

「は、はいぃ~……」


 蒼龍の左に柚葉、右に猫葉がつく。


「手を取り合うのは無粋だよ。君たちは横にいてくれるだけでいいからね」


 小さく頷く柚葉と猫葉。


「君たちは彼女たちの後ろについてくれ」


 煉弥とオオガミに目をやる蒼龍。それを受け、煉弥は猫葉の後ろに、オオガミは柚葉の後ろについた。

 オオガミが柚葉の後ろにつくと、柚葉は半身で振り返り、オオガミに会釈をした。それに、オオガミもぎこちない会釈を返す。

 すると柚葉が、おやっ? という表情を刹那浮かべた。どうやら、オオガミが女であることに気づいたらしい。しかし、柚葉はそれに触れることなく、オオガミから視線を外し、身体を戻した。御客様の詮索は御法度なのだ。

 煉弥が猫葉の後ろにつくと、猫葉はくるりときびすを返し、ぺこりっとお辞儀をしてすぐに身をひるがえした。よっぽど恥ずかしいらしい。

 そんな猫葉の様子に煉弥がだらしない笑みを浮かべ始めると、


 ――痴れ者がッ!!!!


 という怒声が辺り一帯に響き渡った。

 煉弥が恐る恐る、怒声の張りあがった震源地へと目をやると、そこには肩で大きく息をしている、切れ味抜群そうなつり目をした凛の姿があった。


「ね、ねえ、は、はやく行きやせんか?」


 煉弥の必死の懇願に、蒼龍は軽く噴き出しながら言った。


「そうだな、あまりここでじっとして人の奇異の目にさらされるのも居心地がよくない。そろそろ、出立といこうか?」

「かしこまりました、北条様……」


 梅ばあさんがうやうやしく御辞儀をする。そして、手を叩き、しゃがれ声で号令をかけた。


「出立――!!」


 蒼龍、煉弥、オオガミの三人に向かって、道中に参加している人々が小さく一礼をした。そして、まずは新造の少女たちが先陣を切って歩き始めた。次いで、松竹屋の遊女たち。


「では、参りましょう――」


 梅ばあさんが歩き始め、その後ろに若衆が続く。

 日傘を持った少女たちが、トコトコっと蒼龍の前へと歩んでくると、日傘をさして蒼龍と柚葉と猫葉を日傘の下にいれようとするのだが、いかんせん蒼龍の背が高いため、うまくいかない。

 うぅ~~んっ! と一生懸命に背伸びをする少女二人に、蒼龍は笑みを浮かべて優しい声で言った。


「無理はしなくていい。僕はいいから、僕の横にいる蓮の花を隠すつぼみになっておくれ」


 この言葉に、日傘の少女二人は耳まで顔を真っ赤にして、柚葉と猫葉の横に慌ててつき、そして日傘をさして二人を隠した。


(おみゃ~も罪作りだにゃ~)


 タマが半ば呆れたような口調で言うと、蒼龍がすかさず反撃した。


(言っておくけどね、今回の事件が終わったら、小袖がタマに用事があるそうだよ)

(こ……小袖がにゃ……?)


 自らに降りかかってくるであろう、おそろしい未来を野生の勘で敏感に察知したタマがぶるぶるっ! と身震いすると、


「ひゃぁんっ?!」


 胸元を毛玉でこちょこちょされた猫葉が、思わず艶っぽい声をあげてしまった。


「さ、さあ、ほら、いきやしょうよ!」


 ちょこっとだけ前傾姿勢になりつつある童貞浪人が、声を上ずらせながら皆を急かしはじめたところで、北条蒼龍による松竹屋への花魁道中がついに始まったのであった。

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