第一幕 決着――悪神・かまいたち
「妖怪仕置き人……!! 妖怪仕置き人……!! ああ!! ああ!! 忌々しい!! 忌々しい!! あの人を斬った浪人も、そう名乗ってた!! ああ!! ああ!! 忌々しい!! 忌々しいぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!」
煉弥の名乗りをうけ、母親が耳をつんざく悲鳴をあげてわめき散らせば、
「かかさま!! かかさま!! 泣かないで!! あたしが、アイツらをやっつけちゃうから泣かないで!!」
「かかさま!! かかさま!! お悲しみにならないで!! ぼくが、あいつらをやってけてさしあげますから!!」
イチとタチが、母親にすがりついて必死に訴える。すると母親、真紅の瞳に大粒の涙を溢れさせながら、
「おお、おお……。ほんに、優しい子たちだこと……。かかさまは、もう大丈夫――さあ、かかさまと一緒に、あの忌々しい者達を――斬り刻んで、あげましょね!!!!」
愛しい子供たちにそう言って、煉弥達を、いっそう鮮やかになった真紅の瞳でギョロリと睨んだ。
「へっへ~んっ♪ やれるもんなら、やってみろにゃ~~♪」
べろべろべ~~~♪ と舌を出して挑発するタマに続いて、
「そうだそうダ!! やれるもんなら、やってみろってんダ!!」
外道共に向かって、おし~りぺんぺんっとオオガミが挑発する。
ガキ共が……まったく……緊張感ってもんがねえなぁ……、と煉弥が呆れていると、意外や意外、
「ばかにしてぇ!! あたしをっ!! あたしをっ!! ばかにしてぇ!!」
「ふざけるなよっ!! ぼくたちが本気になったら、オマエたちなんか、一瞬にしてみじん切りだ!!」
外道のガキ共が挑発に乗って、むっきゃ~~~!! と憤慨し、外道共の連携に微妙な綻びが起きつつあった。ガキ共の挑発は、ガキ共には効果抜群のようらしい。つまりは、オオガミもタマも、ガキ共と同じ知能レベルということだ。
「こ、これっ! 落ち着きなさい!!」
さっきまでは、三対一という圧倒的有利な立場であったからこその余裕があったが、今は三対三という対等な条件となってしまっており、さらに言えば、助太刀に現れたオオガミとタマがどれほどの手並みなのか未知数であるからこそ、先ほどのように、必ず三位一体で事に当たらねばならぬと母親は直感していた。
しかし、母親のそんな思いとは裏腹に、イチとタチは、
「あにさまっ!! あたしたちでやっつけちゃおうっ!! あの、生意気なチビと小汚い女をやっつけちゃおうっ!!」
「うん、そうだね!! ぼくたちでやっつけちゃおう!! あんなやつら、かかさまの手を煩わせるまでもないよ!!」
イチとタチの言葉に、
「だぁ~~れがチビにゃっ!! おみゃ~のほうが、にゃんよりチビだにゃっ!!」
「誰が小汚ねえだトッ?! オレぁ、毎日風呂に入ってんだってノッ!!」
オオガミとタマが、むっきぃぃ~~~!! と過剰に反応してみせる。挑発をしたガキ共が、その挑発に乗ったガキ共の挑発にさらに乗ったかっこうだ。にべもない言い方だが、やはりバカなのだろう。
「チビじゃないっ!! チビじゃないっ!! あたしはチビじゃないっ!! もう、我慢できないっ!! あにさまっ!! あのチビ、あたしがやっつけちゃうっ!!」
「じゃあぼくは、あの小汚い女だ!! 目にものを見せてやろう!! オマエたち!! ついてこい!!」
「こっ、これっ!! おやめっ!!」
母親の制止を振り切り、ヒュオオオオオォォォォォオオオッ!! という風をまといながら倒壊した長屋のほうへと向かうイチとタチ。
「おお~~~上等だにゃ!! にゃんとにゃんの子分をコケにした報いを、おみゃ~らの身体にたぁ~~~っぷりと叩きつけてやるにゃっ!!」
フーーーーーッ!! と純白のポニーテールを逆立たせ、自分の身体よりも巨大な銅製のひょうたんを軽々と持ち上げ、イチとタチを追いかけるタマ。
「お、おいっ! 気持ちはわかるが、あんまり熱くなるなよっ!!」
タマの後ろ姿に投げかける煉弥。タマが振り向くことはなかったが、小さな尻からちょこんと出ている尻尾を煉弥に向かってわかってるにゃと振ってみせて答えてくれた。
「まったく、大丈夫かよ……」
そう呟く煉弥の背中を、オオガミがバシンと平手で打つ。
「そりゃあ、こっちの言うことだってノ。お前こそ、熱くなりすぎんなヨ――」
気がかりそうに、じっと、煉弥の目を見つめるオオガミ。ああ――たしかに――オオガミの言う通りかもしんねえな。
「おう――心配してくれて、ありがとな」
くしゃくしゃっ、とオオガミの頭をなでる煉弥。
「ばっ、ばっかやろウ!! 大切な仲間ぁ心配すんのは当然だろうガ!!」
まんざらでもなさそうに顔を赤くするオオガミ。ほんっとに、こいつはバカはバカでも、バカ正直なんだよな。
「じゃあ、奴らの頭ぁ任せたゼ――」
「ああ。タマのこと、よろしく頼む」
言われるもでもねえヤ、と笑みを漏らしながら、オオガミもタマ達の後を追った。場に残されしは、煉弥と外道共の長たる母親のみ。
子供たちの去った方を心配そうにずっと見つめていた母親が、ぐるりと煉弥の方へと向き直る。
「ああ!! ああ!! あの子たちになにかあったら、あの人に顔向けができない!! オマエからあの人のカタキを聞き出そうと思ったけれど、もうそんなことは言ってられない!! 今すぐに――オマエを斬り刻んでくれるよッ!!!!」
両腕を大きく広げ、煉弥にそうのたまう母親。
「はんっ! 言ってくれるぜ! さっきは、三対一だから手こずったけどなぁ、
腰を落とし、臨戦態勢をとる煉弥。
妖怪仕置き人・北条煉弥――これより、修羅に入るッ!!!!
先ほどの倒壊した長屋の瓦礫の上にきたところでイチとタチは、オオガミとタマを待ち構えるかのように動きを止めた。
「あにさま!! アイツらを斬り刻んだら、かかさまは喜んでくれるかなぁ?!」
「ああ、きっと喜んでくださるよ、イチ!! アイツらを斬り刻んだら、きっと今度はととさまのカタキが出てくるに違いないからね!!」
「ほんとっ!? ほんとっ!? あたし、がんばるっ!! あにさまっ!! あたし、アイツらをめっちゃくちゃに斬り刻んでみせるよっ!!」
「うん、うん!! ぼくと一緒に、アイツらを斬り刻んであげようね!!」
あははははははははははっ!!!! と笑い合う二匹。そんな二匹の笑いは、
「いぃぃぃやっっかましいぃぃぃぃにゃああぁぁあああ!!」
と雄叫びをあげながら鎚をふりあげて飛び掛かってくるタマの声によって中断された。
空へと跳躍する二匹。二匹のいたところへ、ズドォォォォォォォォン!! と振り下ろされる、タマの鎚。轟音と地響きが巻き起こり、
「にゃにゃ?! 往生際の悪いやつらだにゃ!! さっさとにゃんのひょうたんの餌食になるにゃ!!」
跳躍した二匹を見上げるタマに、イチが、
「頭の悪いチビっ!! そ~んな遅い攻撃が、あたしやあにさまに当たるもんかっ!!」
と、ケラケラ笑えば、タチも、
「イチの言う通りだね!! ほんっと、チビは頭が悪いね!!」
にゃにお~~?! と地団駄を踏むタマ。すると、その刹那――――、
「頭の悪ぃのは――てめえらサ――!!」
突如として耳元で響く声に、驚愕の表情を浮かべるタチ。声のした方へと振り向くと、仕置き人の中でも最速の俊足と名高き『迅帝のオオガミ』の姿があった。
「なっ――?!」
空中にいるタチに、膝蹴りをくらわせてみせるオオガミ。
「ぐ――ぎぃっ?!」
蹴りをくらった衝撃そのままに、地上に激突するタチ。
「ああ?! あにさまぁ!! オマエ!! あにさまになんてことをっ!!!! 風刃!!!!」
両腕をオオガミに対して突き出すイチ。ヒュウッ、という無数の風切り音がオオガミに襲い掛かっていく。
「にゃ~~にしてるにゃ!! おみゃ~の相手はこのにゃんにゃっ!!」
風刃とオオガミの間にタマが割り込み、鎚を盾にして風刃をカキィン! とはじく。
「そ、そんなっ?!」
うろたえるイチ。
「おイ! そっちのガキは任せたからナ!!」
ポキポキと、指を鳴らしながら言うオオガミに、
「おみゃ~こそ! そっちのバカタレにおくれをとるんじゃないにゃ!!」
盾にしていた鎚を肩にかかげて、むふぅ! と鼻息荒く言うタマ。
たしかにコイツはムカつく奴だけど……背中を預ける相手としちゃあ、これ以上の相手はないゼ・にゃ!!
「よっシッ!! いくゼッ!!」
「やってやるにゃ~~~!!」
まだ倒れているタチへと突っ込むオオガミ。うろたえるイチへと飛び掛かるタマ。
「くぅっ?!」
痛みが残る身体に鞭打ち、慌てて起き上がって体制を整えるタチ。
「うわわわっ?! わわぁっ!!」
いともたやすく自分の会心の一撃を払った相手に初めての恐怖を覚えながらも、なんとかタマと距離を保とうとするイチ。
どうにかタマとの距離を離したところで、
「くっ、くらえっ!! 風刃!!」
イチが両腕をタマへと突き出せば、ヒュウッ、といくつもの風切り音がタマへと襲い掛かる。
「ふんっ!! 馬鹿の一つ覚えだにゃ~~~!!」
自らの体躯よりも巨大な得物を盾にして身体を隠しながら、猛然とイチへと突進していくタマ。
「そんな――そんなそんなそんなそんなそんなそんなぁぁぁぁぁぁ!! あたしの風刃が効かないなんて、そんなことあるわけないっ!!!! あっていいはずがないっ!!!! 風刃っ!!!! あのチビを斬り刻んでよぉぉぉぉぉぉ!!!!」
きぃやぁぁぁぁぁ!!! とヒステリックに叫びながら、両腕をタマへと突き出し、己に出来るありったけの数の風刃をタマへと発射するイチ。
しかし、現実は非常なもので、そのありったけの風刃は、タマが得物のひょうたんを盾にして全てはじきとばされていく。
「おみゃ~は弱いものいじめしかできない、クソチビにゃっ!! にゃんの子分を殺した報い――しっかりと受けさせてやるにゃ~~~~!!」
ズンズンとイチへと向かって突進していき、突き出していたイチの両腕に、得物のひょうたんを思いっきり振り上げれば、
ガッキィィィン!!
という激しい金属音が辺りに響き、イチの両腕の鎌がイチの鮮血と共に吹き飛んでいった。
「ぎぃぃぃぃやああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ?!」
あまりの激痛と精神的なショックに、大気が震えるほどの悲鳴をあげるイチ。
「イチぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!」
何よりも代え難い愛おしい妹の苦境の元へと駆け付けようとするタチの前に、
「おおっトォ! どこへいこうってんダ?!」
ばばっ! とオオガミが立ちはだかった。
「どけ!! どけよぉぉぉっ!! ぼくの可愛いイチが、ひどい目にあってるんだ!! どくんだよぉぉぉぉぉっ!! どかないのなら――めちゃくちゃに斬り刻んでやるぞ!!!!」
めちゃくちゃに両腕を振り回しながらオオガミへと襲い掛かっていくタチ。
「ったくよぉ――力だけでケンカに勝つつもりなのかヨ?!」
狂乱しているタチのがら空きになった足をめがけて、オオガミが流れるような動作の水面蹴りを放つ。
「あぐっ?!」
無様な声をあげながら地に突っ伏すタチ。だが、すぐさま起き上がって、
「くそっ!! さっきからこざかしいことばかりする!! でも、ぼくが本気になったらオマエなんか相手にもならないんだ!! ぼくは、かかさまよりも足が速いんだ!! だれも――ぼくの速さには追いつけやしないんだ!!」
ビュゥゥゥゥゥゥ!!!! と風を身にまとい、オオガミの目の前から消えて見せるタチ。
しかし、オオガミはあせることなく、ニヤニヤと勝ち誇った笑みを浮かべてそれらの様子を見つめていたのであった。
そんな余裕たっぷりのオオガミの背後に、風の音と共に現れるタチ。両腕を目一杯に広げて、
「バカなやつ!! 斬り刻んでやる!!」
と、オオガミを抱きしめるかのように広げた腕を閉じた。だが――――、
「あ、あれ……?!」
そこにいたはずのオオガミの姿が忽然と消え去っており、タチの両腕は何もない空を斬るだけだった。
「どっ、どこだぁ!!」
キョロキョロと辺りを見回すタチ。そのタチの首に、ドスンッ! と何かが覆いかぶさってきた。
「うぅっ!?」
いったいなんだと顔を上げるタチ。すると、そこには――――、
「おっせえナァ。遅すぎてあくびがでるゼ」
タチの首を健康的な小麦色をした太ももではさんでのしかかっている、つまらなそうな顔をしているオオガミの姿があったのであった。
「いっ、いつの間に……?!」
「なんダァ? 誰よりも速いなんて言っておきながら、オレが軽く走った姿すら目で捉えられねえのかヨ?」
自分とオオガミのあまりの力量差を見せつけられ、茫然とした表情を浮かべているタチにオオガミが、
「まあ、冥途の土産に一つ教えておいてやるヨ。てめえは風をまとっているけどよ、オレは風を従えてんダ――――どっちが格上か、バカでもわかんだロォ?」
はふぅ~、とめんどくさそうなため息を吐くオオガミ。
「うっ――うわあああああああっ!!!!」
今まで恐怖を与える側だった者が、今は恐怖を与えられる側となり、そして初めて感じる恐怖に狂騒の叫びをあげながらオオガミに両腕の鎌を突きあげようとするタチ。
「せめてもの情けダ――痛みを感じさせずニ――いっしゅんで終わらせてやるヨ――」
はさんでいる両足に力を入れ、思いっきりねじあげるオオガミ。
グキィッ!!!! という、骨がへし折れる音が辺りに響き渡る。
「あぁっ…………」
あらぬ方向へと首を曲げられてしまったタチが、力なくその場に崩れ落ちる。
ヒュンッ、とタチの首から飛び上がって地上へと着地するオオガミ。そして、鼻を指でピシュッとはじいて、呟いた。
「これにテ――仕置き完了ってやつダ――――」
「いやだ――!! いやだ――!! 痛い――!! 怖い――!! 助けて――!! 助けて――!!!!」
鎌が無くなった両腕から鮮血を滴らせ、大粒の涙を流しながら必死に逃げるイチ。そんなイチに追いすがるは――――、
「まぁてぇぇ~~~~!!」
ひょうたん型の銅製の鎚を振り回しながら、光るネコ目を釣りあげたタマであった。
「あぁっ?!」
けつまずいて、思いっきりこけてしまうイチ。
「くぅぅらうにゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
思いっきり飛び上がり、鎚を振り上げてこけて地に伏したイチに向かって振り下ろすタマ。
「ひっ?! ひぃぃ!!」
身をよじってかろうじて振り下ろされた鎚をかわすイチ。ズドォォォォォォォォン!! という轟音を響かせで地に振り下ろされる鎚。
「往生際が悪いにゃっ!!」
タマが鎚を持ち上げると、振り下ろされた場所の地面が見事にえぐれていた。まともにくらえば、間違いなく命はない。
「ひぃっ――!! たっ、助け――助けて――!!」
真紅の瞳から大粒の涙をこぼしながら、そして両腕からは鮮血をこぼしながらもタマから逃れようと、地に突っ伏したまま必死に逃げ惑おうとするイチ。
そんな哀れなイチの姿に同情の念を起こすことなく、タマはイチの背中にぴょんっと飛び乗った。
「ひぐぅ!?」
タマを背中に乗せながらも、それでも必死に、
「助けて――!! 助けて――!!」
地を這いながら逃れようとするイチ。そんなイチの後ろ髪をひっつかむタマ。そして、ぐいっ! と、イチの髪をひっぱって、イチの頭を持ち上げた。
「痛ぁぁい!! もう、痛いのはいやぁぁぁぁ!!」
髪を引っ張られた痛みに悲鳴をあげるイチ。だが、どれほど悲鳴をあげようと、どれだけ幼い姿をしていようと、イチは、決して許されぬことを犯してしまっているのだ。
「さっきから聞いてれば、おみゃ~は勝手な事ばっかり言ってるにゃ!! おみゃ~は、今、おみゃ~が受けてる痛み以上のことを、にゃんの子分や人間達にしてきたのにゃ!! にゃんの子分や人間達をおみゃ~が手にかけた時、きっと、にゃんの子分や人間達も今のおみゃ~のように泣き叫んで助けてくれて言ってたはずにゃ!! そんな悲痛な叫びを――――おみゃ~はちゃんと聞いてやったのにゃ?! 助けてやったのにゃ?!」
イチの大きな悲鳴に負けず劣らずの大きな怒声をイチにぶつけてみせるタマ。しかし、そんなタマのギラリと光るネコ目の先からは、光る雫が零れ落ちていた。
「あああああ……!! 知らない!! 知らない!! あたしはととさまのカタキをとるためにやってただけ!! あたしは悪くないんだ!! ととさまを殺した奴が……悪いんだぁぁ!!!!」
「そうにゃ――じゃあ、おみゃ~の理屈で言えば、にゃんの子分を殺した、おみゃ~が悪いわけだにゃ? だから、おみゃ~がにゃんにやっつけられても、文句はないにゃ?」
「あ……!! あぁっ……!! いやぁ!! いやぁ!! いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
己の
だが、いくら悔やもうと、いくら許しを請おうとも――もう、全ては遅かった。
イチの後ろ髪から手を離し、得物のひょうたんを両手で高々と振り上げるタマ。
「きっと――おみゃ~はカタキをとることだけを
イチの後頭部へと向かって振り下ろされる、裁きの
ズドォォォォォォォォン!! という轟音と地響きが、イチの悲鳴を打ち消した。
そして――――その命をも、消し去った。
「これにて――仕置き完了だにゃ…………」
タマは消え入るような声でそう呟き、物言わぬ屍となったイチの背に乗ったまま、にゃぁぁおおおお~~~~~~ん!! という悲しい慟哭を月夜に向かって響かせるのであった。
「くそっ!! しぶとい奴だねっ!!」
忌々しげに舌打ちをしながら、ヒュウッ、という物憂げな風と共に煉弥に斬りかかっていく母親。
「わりぃが――しぶといことと、しつっこいことだけが、俺の取り柄でね――!!」
母親の凶刃を、鬼薙乃太刀でいなしてみせる煉弥。はじき返された母親が、キッ!! と煉弥を真紅の瞳でにらみつける。
なんだいコイツは……!! さっきまでは大したことないと思っていたのに、アタシが攻撃すればするほど、コイツの力が強くなっているような……?!
母親の勘は当たっていた。母親が煉弥に斬りかかっていけばいくほど、煉弥は母親の動きを見極めていっているのだ。
相手の動きを見極める――それすなわち、抜刀術の極意の一つであり――そしてそれを、煉弥はその身で体現してみせつつあったのである。
「チィッ!! 今度こそ――終いだよっ!!」
ヒュウッ、と、煉弥に襲い掛かる母親。しかし、
「おっと!!」
カッキィンッ!! という、剣戟の心地よい響きと共に、軽々と煉弥にはじき返されてしまい、ええい、忌々しい!! と、煉弥から一旦距離をとる母親。
「この……!!」
憎悪に歪んだ表情の母親に、煉弥が涼やかな声で問いかける。
「なあ、一つ聞かせちゃくれねえかい? 七年前にしろ、今回にしろ――あんたら、なんで辻斬りなんかをやるんだい?」
「なんでだって――?! なんで辻斬りをするのかだって――?!」
あははははははははははっ!!!! と煉弥を見下した大きな笑い声をあげる母親。
「そりゃあ、アタシ達がかまいたちだからさ!! アタシ達は人間を斬るために生まれた妖怪さ!! そんなアタシ達になんで辻斬りをするのかなんて聞いてくるとはね!! オマエ、腹がすいたら食事をするだろう? もよおしたら小便をするだろう? 眠気がきたら寝るだろう? それらのことに、いちいち、“なんで”などと疑問を持つかい? 持たないだろう?! アタシ達が人間を斬るってのはそれらとおんなじことさ!! アタシ達は人間を斬るために生まれたんだ!!」
やはり――そうか。この外道共は、己が快楽がために、ひたすら人を斬ってきたというわけか。
そして――そんなクソみてえな外道共に――ツバメさんやおっちゃんが殺されたってことなのか!!
「そうか――じゃあ、情けなんか必要ねえな――――!!」
チンッ! と、鬼薙乃太刀を鞘へとおさめ、腰を深く落として力を溜める煉弥。
「こいよ――!! てめえらによって殺され、そして傷つけられた人たちの恨みと悲しみ――てめえのその身に、しっかりと刻んでやらぁッ!!!!」
七年間――その間に蓄積されてきた、煉弥の思いのたけが激甚なる気合となって、煉弥の口からついてでる。
しかし、母親も負けてはいない。
「ふざけたことを言うでないよッ!!!! オマエこそ、あの人が受けた苦しみを――そして、あの人のカタキを討つために、七年間、アタシ達が続けてきた鍛錬の成果を――その身に受けさせてやるッ!!!!」
鬼気迫る――まさに、この形容しかしようのない表情となった母親の周囲に、
ビュゥオォォォォォオッ!!!!
という、凄まじい凶風が巻き起こる。やがてその凶風は、母親の身体にまとわりつくように吹き荒れはじめ、母親はそれを合図に、ぐぐぐっ……と、身体を低くして力を溜め始めた。
お互いに――次なる一撃に己の全てを賭ける腹積もりであった。
勝負は……一瞬で決まる。
まばたきひとつすることなく、母親の姿を凝視しつづける煉弥。母親もまた煉弥の動きを決して見逃してなるものかと、真紅の瞳を大きく見開いて煉弥を凝視しつづけた。
ビュゥオォォォォォオッ!!!! という風の音だけが辺りに響き続けていた。
呼吸をすることさえ忘れてしまいそうな、緊迫した空気が辺りを支配していた。先に動くは、煉弥か、はたまた母親のほうか。
にらみ合う二人の間で、永遠とも思える時間が流れていった――ように二人は感じていたが、その実、二人がにらみ合っていたのは、時間にすればものの数秒といったところだった。
そして――――母親がまとっている、風の音が途絶えた。
来やがるかッ――――!!!!
「死ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃねええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
鎌となった両腕を前に突き出した母親が、さながら流星のような速度と様相で煉弥へと襲い掛かってきた。
狂気の閃光と化した外道に対抗するは――――ただ、この瞬間を迎えんがために、気が触れてしまいそうなほどの厳しい研鑽を積み続けてきた、一人の仕置き人の剣閃なり。
「おおおぉぉぉぉおおおあああぁぁああああああああッ!!!!!!」
悲哀――歓喜――怨恨――待望――憤激…………。
様々な感情が入り混じった、
ギィィィンッ――――!!
煉弥が放った剣閃は、突き出された母親の両腕ごと、母親の身体を見事に真っ二つに両断した。
「ぎぃっ?! ぎぃぃぃぃやああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ?!」
腰から真っ二つにされた母親が、鮮血を宙にほとばしらせながら吹き飛んでいく。
肩で大きく息をする煉弥。
おっちゃん……ツバメさん……。
脳裏に浮かぶ二人の恩人の笑顔に、自然と煉弥の両の瞳から涙があふれ出していた。
手でぐいっ! と涙をぬぐい、鬼薙乃太刀についた母親の血を、鬼薙乃太刀を大きく一振りして飛ばし、懐紙で残りの血をぬぐって鞘へとおさめる。
「これにて……仕置き……完了だ……!!」
天に向かって投げかけるように、宣言する煉弥。そして、ゆっくりと、吹き飛んだ母親のもとへと歩みを進めていく。
月夜に、淡く寂しく浮かび上がっている母親の上半身。煉弥がそれに近づくと、
「こ……こん……な……こ……んな……」
口元から血の泡を吹きながら、虫の息でつぶやく母親の声が耳に入ってきた。
そんな母親の姿を、筆舌にしがたい複雑な心境で見下ろす煉弥。その時、母親と煉弥の視線が絡み合う。
「くちお……し……や……あの……ひと、の……カタキを……まえに……」
「カタキ、か……その点で言やあ、俺もてめえらと似たような境遇だ。てめえらも俺にとっちゃあカタキだったんだからな」
「…………」
「最後に、一つだけ聞かせてくれ。七年前も、てめえは子供と一緒に辻斬りをやっていたのか?」
「…………」
黙ったままの母親に、煉弥が一つの提案をだす。
「これに答えてくれるんなら、てめえらのカタキがどうなったか、教えてやるよ」
カッ!! と瞳を見開く母親。
「そん……なわけ……ある、か……我が子……を……きけ……んに、さっ、さら……す……親が……いる、もの……か……」
「そうか――じゃあ、約束だ。教えてやるよ。てめえの言うカタキはな……七年前、てめえの旦那と刺し違えて――――死んじまってるよ」
「な……にぃ……?!」
煉弥のこの言葉に、母親は裂けんばかりに瞳を見開き、煉弥を見上げて呪詛の言葉を吐き出した。
「よく、も……そんな、嘘……を……!! 死に、ゆく……もの、を、愚弄……する、とは……きさ、まら……人間……クズだ……!! あの、人、は……あの、浪……人に、指……一本……触れ、られず、に……斬ら、れた……!! それ、なのに……よくも……よく、も……そん、な……嘘を……!! 許、さん……アタ、シ……魂魄……何億、回……生まれ、かわろう……とも……この、恨み……晴らし……て……や…………」
煉弥の心に、激震がはしった。
「なん……だと…………?!」
屈みこみ、母親の上半身を抱いて揺さぶる煉弥。
「おい!! どういうことだ!! てめえらがおっちゃんを殺したんじゃねえのか?! おい!! 答えろ!! おい――――!!」
母親へと必死に問いかける煉弥。
しかし、母親は憎悪に染まりきった真紅の瞳を見開いたまま絶命しており、煉弥のこの問いかけに答えてくれることはなかった。
そんな必死の形相の煉弥を嘲笑うかのように――漆黒の空から煉弥に向かって、月が妖艶な淡い光を降り注がせているのであった。
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