第一幕 登場、噂のおっかさん――小屋での一幕


 二人が神社につくと、大方の予想通り、境内は祭りを楽しむ町人達でごった返していた。

 辺りはすでに陽も落ち、境内の夜店が並べている提灯の頼りない明かりが、この喧騒を生み出している人々を淡く浮かび上がらせ、どことなく幻想的な風情を醸し出していた。


「八重さん、はぐれないように注意してくださいね」

「はっ、はいぃ!」


 人通りをかき分けるようにして進む煉弥と八重。


「いつもは大体どの辺でおっかさんは興行を打っていなさるんですか?」

「え、えっと、いつもは本殿のすぐそばに、木の骨組みに布をかぶせた小屋を作っているはずなのですが……」


 八重の言葉をうけ、本殿の方向へと目をやる煉弥。なるほど、確かに八重のいうようなテント小屋が本殿のすぐそばにあるのが見てとれる。そして、その周囲には一番の人だかりができていた。


「どうやら、あそこみたいですね。それにしてもあの人だかり、オオガミ達が言ってたように、かなりの人気興行なんですね」

「え、ええ……。とっても人気だって、色んな方がおっしゃってくれてます」


 そういう八重の表情はどこか誇らしげだ。見世物小屋一座がほめられるのは、それすなわちおっかさんがほめられているようなものだから、きっと嬉しいのだろう。

 見世物小屋に近づくほどに多くなる人ごみを、煉弥がそのでかい身体でかきわけながら進んでいく。その後ろにピッタリとくっつくようにして八重も追従する。やがて、

 とざい、と~ざい~! 全国津々浦々、はなたれ小僧からお迎え近いジジババ、粋な兄さん艶美なネエちゃん、どこの誰に聞いても、今一番のおもしれえ見世物ってなんだいと聞きゃあ、打てば響くように口から出てくるのはこの『首長一座』の名前ときたもんだぁ!! さぁさぁ江戸の小粋な皆々様、見なきゃ損々踊らにゃ損々!! どうせ見るなら国一番の首長一座の出し物さぁ!! さぁさぁよっておいで、見ておいで!!

 という、呼び込みの景気のいい声が聞こえてくるほどまでに近づいてきた。


「あ……この声は、五兵衛さんだぁ!」


 五兵衛の懐かしい口上を聞いて、八重の声も自然と弾む。


「お知り合いですか?」

「は、はいっ! 私がおちびさんの頃から、一座の呼び込みをしてくれてる方で、五兵衛さんというんです。とっても良い方なんですよ」


 早く懐かしい顔に会いたいのか、自然と顔がほころぶ八重。

 人ごみをかきわけかきわけ、やっと小屋の入り口のところまで到着する二人。そんな二人に、紅白のはっぴを着た見た目からしてめでたそうな陽気な中年の男が、


「おやおや、こちらさま、なんという見事な男ぶり。こりゃあ世の女性も放っちゃあおけないってなもんだ。おおっと? やはりやはり。良い男につくは良い女。こりゃあ世に二人といないほどの愛らしいお嬢さん! どうだい、二人の素晴らしい一夏の思い出作りに、この首長一座に一役買わせちゃあくれないかい? 安くしとくよぉ!」


 怒涛の如く口上を並べ立てて、もみ手をしながら迫りくる中年の男。


「い、いやっ、俺達は――――」

「これはこれはご謙遜。図体はデカいが、その気質は奥ゆかしくて味がある。こりゃあ、こんな可愛いお嬢さんが惚れちまってもしょうがないほどの男ぶりだねぇ! これで金払いもよけりゃあ、その男ぶりにもっと箔がつくってもんさ! さあ、どうだい、お兄さん?!」


 五兵衛の剣幕に押される煉弥の横から、八重が弾む声で、


「相変わらずですね、五兵衛さんっ」

「うん~? どうして、あっしの名前をご存じで?」


 そう言いながら八重を覗き込む五兵衛。


「おやぁ? おやおやおやおやぁ? こいつぁ驚いた!! お嬢じゃありやせんかい!! 大きくなりやしたねぇ!!」


 八重の全身を脚から頭へと目でなぞる五兵衛。しかし、五兵衛の目がまったくもって、誰もが二度見する八重の胸には留まらないところに、煉弥の多重に対する畏怖心を色んな意味でかきたてる。


「あっしが最後にお嬢を見たのは、まだまだガキ――いや、童子の時でしたからねぇ」


 五兵衛の言葉に驚く煉弥。


「え? 八重さん、そんなに長い間おっかさんとお会いしていないんですか?」

「えっ? あ、はいぃ……」

「そうですなぁ、六年くらいですかねぇ? っと、お嬢、ちょいとお聞きしてもよろしいですかね?」

「ふぇ?」

「その~、あれですよ。そこの御仁は、その、お嬢の、コレ――知っていなさるんですかね?」


 そう言いながら、自分の首に両手をあてて上に伸ばす仕草をする五兵衛。


「は、はいぃ……は、恥ずかしながら、何度か煉弥さんの眼の前で、その……びょ~~~んと……」

「な~るほど。それだったら話ははええや。まあ、お嬢がわざわざお連れなすった御仁ですから、多分、知ってはいなさるとは思いましたが、一応、確認をさせていいただいたというわけでして――御気分を害してしまいやしたら、申し訳ありやせん」


 ペコリと頭を下げる五兵衛。


「いえ、大丈夫ですよ――そこら辺は重々承知していますので」


 煉弥のこの言葉に、五兵衛は下げていた頭を、ひゅっと上げ、


「ということは――御仁は、こちら側のお方で?」


 うなずく煉弥。ニヤリと不敵な笑みを浮かべる五兵衛。


「なるほどなるほど……。それなら御仁も、お嬢と共に、神社の本殿の後ろにございやす、あっしらの支度小屋へと御行きなせえ。ちょうど先ほど座長が出番を終えて、戻ったばかりでやすからね」

「わ、わかりました。五兵衛さん、ありがとうございますっ」


 ちょこんと頭を下げる八重。つられて煉弥も軽く会釈を一つ。


「いえいえ。久しぶりの親子の御対面、しっかりと堪能してきてつかぁさい。ではでは、あっしも務めを果たさせていただくとしやしょうか――――」


 二人に返すようにお辞儀を一つし、五兵衛は先程のような小気味の良い口上を高らかにあげはじめる。そんな五兵衛に別れを告げ、煉弥と八重は五兵衛に教えられたとおり、神社の本殿の方へと歩き出した。

 その道すがら、煉弥が気になっていたことを八重に聞く。


「あの五兵衛って方も、その、アレですか?」

「は、はいっ。五兵衛さんは、そのぉ――――」


 きょろきょろと辺りを見渡し、人ごみが一瞬途切れた時を見計らって八重が、


「五兵衛さんは、タヌキさんです。人の姿をしている時はあんな感じですけど、本当の姿に戻った時は、とっても可愛いんですよ」

「タヌキ、ですか」


 ちょっと煉弥の予想とは違ったが、それでも十分納得のできる五兵衛の正体に、思わず笑みを漏らす煉弥であった。

 しかし、煉弥が気になっていたことはこれだけではない。むしろ、今から聞くことのほうをハッキリさせておかないと、夜も眠れぬほどに気になってしまうことは請け合いだ。


「八重さん。つかぬことをおききいたしたいのですが……」

「はっ、はい?」

「八重さんって、御歳はおいくつになられるので?」

「ふぇっ? 歳ですか? え、えっと……こっ、今年の冬で、十六になりますぅ」

「はいっ?! ってことは、今は、十五ってことですか?!」

「ひゃうっ?! はっ……はい……なっ、何か、おっ、お気に障りました、でしょうか……?」

「い、いや……そういうわけじゃあ、ありませんが……」


 煉弥はそう言って、オドオドしている八重を見下ろした。

 小刻みに震える八重。その振動に連動して、プルプルたゆたゆと揺れる八重の危険物。これで十五? ってことは、八重さんがもうちょい成長したら一体どうなるんだ……。

 八重の将来に、そこはかとない末恐ろしさを感じる煉弥。しかし、そんな煉弥の疑問の答えはすぐに出るはずだ。なぜなら、八重のおっかさんである多重が、その身でもって答えを出してくれるだろうからだ。

 二人が神社の本殿の後ろがわに回ると、そこには見世物小屋と同じようなつくりの小さなテント小屋があった。これが五兵衛の言っていた支度小屋なのだろう。

 支度小屋の入り口部分であろうところに近づく二人。そして入り口付近で立ち止まって、どう声をかけたものか? とお互いに顔を見合わせた。

 すると、中から気風きっぷのよさそうなよく通る女の声が響いてきた。


「誰だい? ここはアタシら一座のモン以外は立ち入り禁止だよ。さっさと失せな」


 相手の突然の先制攻撃にたじろぐ八重であったが、すぐに気を取りなおして、目一杯の愛情を含んだ元気な一声。


「おっ、おかあさんっ!」


 おかぁさん~? と怪訝な声が返ってきたが、すぐに、あぁ、と納得したような声に変わって、


「なんだ、八重かい。久しいねぇ。さっさと入ってきなよ」

「あっ、あの、えぇ~~っと……」


 煉弥を見上げて、困ったような表情を浮かべる八重。えっと、煉弥さんのことは、なんて説明すればいいのだろう? お友達? お知り合い? う~ん……どうしよう……。

 八重の困り顔に、なんとなく察した煉弥が、支度小屋の中にいる人物に向かって声をかける。


「初めまして、八重さんと同じ長屋に住んでいる煉弥という者です。もしあれでしたら、親子水入らずに水を差すってのもなんですから、俺は外でお待ちしておきましょうか?」


 すると中から、アッハッハッ!! と豪気な笑い声。


「なんだいなんだい! 久しぶりに娘が会いに来てくれたかと思ったら、なんとまあ男連れかい! さすがはアタシの娘だねぇ! やるじゃないか!」


 これには煉弥と八重は同時に、


「ちっ、違います!」

「ちっ、ちがうよぉ!」


 と、互いに顔を赤くして必死に全否定。


「あ~そうかいそうかい! じゃあ、仲の良いご近所さんってことにしとくとしようかね! 煉弥って言ったかい? 構わないよ、アンタも入んな!」

「じゃ、じゃあお言葉に甘えさせていただいて――、八重さん、いきましょう」


 はっ、はいぃ、と答える八重を背に、煉弥は支度小屋の入り口の布をまくって中へと滑り込む。


「失礼しま――?!」


 支度小屋の中にいた人物の姿に、驚愕のあまり絶句する煉弥。

 彩豊かな色とりどりの衣装が雑多に散らばっている室内に、化粧をするための大きな鏡が二つ立ち並び、その前に椅子が二つ。そのうちの一つの椅子に、妖艶極まる一人の女が裸体のままで座っていた。

 吸い込まれるかのような、濃い藍色の長髪。右手には細い金細工のキセルを持ち、秘部が見えるか見えないかというギリギリな感じで足を組んでいた。そして何より――八重なんか足元にも及ばないほどに、椅子の女の胸は景気よく上向きに突き出ていた。これほどでかければ垂れてしまうのが自然の摂理なのだが、そこはやはり妖怪。常識など通用しないものらしい。


「しっ! 失礼しましたっ!」


 慌てて後ろを向く煉弥。それを見てキョトンとした顔になった八重が、煉弥の横からひょこっと顔を出す。


「おかあさ――?! おっ、おかあさんっ!! なな、なっ、なななななんて恰好してるんですかぁ!!」


 顔を真っ赤にして慌てて多重に駆け寄る八重。


「久しいねぇ、八重。ちゃんと育っててくれて、おっかさんはうれしいよ」


 そう言って空いていた左手で突然八重の胸を鷲掴む多重。


「ひゃぁぁぁ~っ?!」


 予想もしなかったことの連続に八重はびっくり仰天。なんとか我慢しつづけてきたが、ここが限界とばかりに威勢よく首をびょ~~~~んと支度小屋の天井まで伸ばしてしまった。

 すると、多重も八重に追従するかのように首をシュルシュルと伸ばしていき、天井まで伸びた八重の頭の前まで自分の頭を持っていくと、


「うんうん。しっかりと首も伸びるようになったようだねぇ。娘がこんなに立派に育ってくれて、アタシは本当に感無量ってやつだよ」

「おっ、おかあさん……」


 久しぶりの再会に、お互いを見つめ合いながら愛おしむ、仲の良い母娘。しかし、母娘の身体は地に置き去りにされ、あまつさえ母の身体は全裸のままで、縦横無尽に伸びた母娘の首という異様な光景。感動の再会には違いないのだが、普通の人間なら正視に堪えない妖怪絵図だ。ああ、悲しきかな妖怪人生。


「あの~……盛り上がってるところ申し訳ないんですが、よかったら、その、御召し物を着ていただけると助かるのですが……」


 背を向けたまま煉弥が言う。この言葉に、はっ! とした表情を八重は浮かべ、


「そっ、そうですよぉ! な、なにか着てくださいぃ!」


 首をシュルルルと戻しながら多重に必死に嘆願。すると、多重も首を戻しつつ、


「なんだい? こんな年増の裸でピーピー騒ぐなんて、アンタら、まだヤることヤっちゃいないのかい?」

「いやっ! お、俺達は、そ、そういう関係じゃありませんのでっ!!」


 後ろを向いたまま手を振り振り否定する煉弥。対して八重は、やること……? と首をかしげてキョトン顔。どうやら意味がわかってないらしい。それを察した多重が、適当な襦袢じゅばんに袖を通しながら、


「アタシの娘にしちゃあ、うぶな娘だねぇ。いいかい、ヤるってのはねぇ――――」

「ご説明は結構でございますから!」


 すんでのところで煉弥が多重の言葉をさえぎる。多重も、まあまだ早いかねぇとケラケラ笑って言葉を止めてくれた。


「さ、隠してやったよ。こっちを向きな」


 多重の言葉をうけ、振り向く煉弥。確かに白い襦袢に身を包んでくれてはいるが、襦袢ごときにゃアタシの胸をおさえることなんてできないよ、と言わんばかりに限界いっぱいいっぱいまではちきれんばかりに膨らんでいる胸元にどうしても目がいってしまうイケナイ童貞浪人。


「しっかし、アンタ、でかいねぇ」


 煉弥を値踏みするように見る多重。


「よく言われますね」


 苦笑する煉弥。しかし、多重は煉弥の身長ではなく、別なところに対してデカいと言っていたようだ。


「はぁ? アンタ、そんなに経験豊富なのかい? アタシにゃ、そうは見えないねぇ。まあ、アンタのその大きさだと八重にはちょっとまだ苦しいだろうから、もう少し八重が大きくなるまで待ってやってくんな。その間、どうしても我慢できないってんなら、アタシが相手してやるから、さ」


「な、なに言ってるんですか?! というか、袴ごしにわかるもんなんですか?!」

「アッハッハッ! この多重さんを馬鹿にしちゃあいけないよ! アンタらガキ共にゃあ想像がつかないほどに経験豊富なんだからねぇ!」

「……わ、私の、お、御相手……?」

「そうさ、八重の御相手さ。色々とした、ね」

「と、ところでっ!! あんな簡単に俺の目の前で首を伸ばしたりして大丈夫なんですか? もし、俺がコッチ側の人間じゃなかったとしたら、ちょっとした事になっちゃいますよ?」


 半ば強引に話の内容をすげかえる煉弥。


「あぁ。大丈夫だよ。そもそも八重が連れてきてるってことは、そういうことを知ってるってことさね。それに、ここに来る前に五兵衛からの案内もうけたんだろう?」

「え、ええ」


「ならなおさら大丈夫さね。五兵衛がここを案内するってことは、コチラ側の者だっていう証拠だからねぇ。それに、いざとなりゃあ、これは一座の見世物のカラクリ仕掛でござい~~とかいっときゃあどうとでもならぁね」


 アッハッハッ!! と豪気に笑う多重。なるほど、オオガミ達の言っていた商魂たくましいという意味が、なんとなくわかった気がするぜ。


「で、アンタ――何か芸の一つでもできるんだろうねぇ?」

「え?」

「え? じゃないよ。八重を嫁にするつもりなら、アンタもアタシの一座の一員ってことになるんだよ? だから何か芸の一つでもできなきゃあ、アタシとしちゃあ八重をアンタなんかにゃやれないねぇ」

「おっ、おおおお、おっおおおかあさんっ!!」


 これ以上ないほどに顔を真っ赤にする八重。


「いっ、いや、ですから、俺と八重さんはそういう関係じゃ……」


 二人の言葉を完全に無視して話を進めていく多重。


「たしかに八重もアタシの娘にしちゃあ不器用で、芸も一つくらいしかできないよ。だけど、この娘の芸は他の誰にも真似できないモノだから価値があんのさ」

「わ、私、げっ、芸なんて、できませんよぉ……」

「出来るさ。八重、両手を頭にのっけて、目をつぶって、う~~んって身体に力を入れな」

「ふぇ? はっ、はいぃ……」


 言われたとおりにする八重。


「見てな、坊や。これが八重の芸さね――――」


 そう言うと、多重が突然、右手に持っていたキセルを八重の頭に向かって思いっきり振り下ろした。


「ぎゃうっ?!」


 小屋内に響くキセルと八重の頭がぶち当たった鈍い音。次いで、八重のうめき声。そして――ギィィィン!! という耳をつんざく音と共にへし折れる金細工のキセル。へし折れたキセルの先が地面に落ちると同時に、ペチャンと地面に突っ伏して、きゅう……と目を回す八重。


「なっ?!」


 あまりの突然のことに声をあげて驚く煉弥。


「どうだい? これが八重の芸さ。金でも歯がたたぬ、この石頭。他のやつにゃあ、ちょいと真似できないだろうねぇ」


 アッハッハッ!! と折れたキセルをクルクルと手で回しながらケラケラと笑う多重。


「だっ! 大丈夫ですか?!」


 かがみこんで、倒れている八重を抱き起す煉弥。その時、ふとこの間の長屋での出来事を思い出した。八重さんって、頭に災難が集中する体質なのか?


「大丈夫大丈夫。この娘の石頭ぁ昔っからでね。八重がまだチビの時に、峠道歩いてたら地震が起きて、それでどでかい落石がこの娘の頭にぶち当たったんだけど、割れたのは八重の頭じゃなくて落石のほうだったってくらいの筋金入りの石頭さ。気ぃ失っちゃぁいるけど、そりゃあ痛みで気ぃ失ってるんじゃなくて、驚いて気ぃ失ってるだけだからね。心配いらないよ」

「……御言葉ですが、なんか断末魔の悲鳴みたいなのが聞こえた気がするんですが?」

「くたばっちゃいないからいいんだよ。むしろ、芸の道ってぇのは厳しいもんだって肌身で感じることが出来て良い教育が出来たってなもんさ。で、アンタもこんな風に、芸の一つでもできるのかい?」

「芸……って言えるかわかりませんが――」


 八重を右手だけで支え、空いた左手で腰の大小に触って見せる煉弥。


「こっちなら、多少は自信があるつもりです」

「ほぉ、そうかい? 自分でいうくらいだから、そりゃあ大そうな腕なんだろうねぇ――――」


 そう言うと、突然表情を曇らせる多重。そして、艶美な目つきを一変させ、敵意ともとれる厳しい目つきになって煉弥を見る。


「ってことは、アレかい? 仕置き人――だっけか? アンタ、北条の――玄鬼のクソオヤジの部下ってわけかい?」


 多重の急な雰囲気の変化にたじろぎながらも、ゆっくりと頷く煉弥。


「え、ええ……一応、その御役目を仰せつかっていますが……」

「そうかい――それじゃあ――」


 多重はすっくと立ちあがり、煉弥の腕から八重を奪うようにして抱きかかえて、


「アンタなんかにゃ八重はやれないね。悪いけど、これから先は八重と母娘二人で話したいから、外で待っててくんな」


 ドスをきかせた声で煉弥に吐き捨てた。その口調には、激しい憎悪と拒絶の感情がありありと浮かんでいた。

 おそらく、何があったのかと問うても、どうして急にそのようなことをなどと問うても無駄だろう。八重を抱きかかえて、さっさと背を向けた多重を見て、煉弥はそう感じ取った。


「……わかりました」


 ここは素直に多重の言葉に従っておく方がいいだろう。変に食い下がって事を荒立ててしまうと、それこそせっかくの母娘の対面に完全に水を差す形になっちまう。

 背を向けたままの多重に一礼し、突然の拒絶にざわつく心を携えて、煉弥は支度小屋の外へとでるのであった。

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