第十六章 過去2-4






わずかに陰った横顔に気を取られていて、一瞬、少女に何を聞かれたのかわからなかった。

少女が聞いたのは、茉莉花がいつか話した内容についてらしかった。

『俺も病気で、訳あって人と触れ合うことができずにここで療養している。結核ではないけど』

やっと思い出した。自分は少女に、そう言ったのだ。我ながら誤魔化そうと随分と話を端折ったものだ。嘘ではないが、丸切り真実と言うわけでもない。



「俺のは治るけど治らない病気だから」



「何それ。なぞかけかなにか?」



「いいや。もしあんたの病気が治ったら」



「うん」



「病気が治ったら、髪を伸ばすのも良いと思う。そうすれば、あんたみたいなお転婆でも少しは女らしく見える。髪飾りでも贈ってやるよ」



「本当?ならそうしようかな」



「嫌味のつもりだったんだけど」



「あ、そんなことより今日はいいものを持って来たんだ。知ってる?蛍って昼間でも暗いところなら光る種類がいるんだよ」



そもそも、「ほたる」を知らない。

けれど少女の笑顔に水を刺すのは嫌で、茉莉花はただ頷いた。



「そうなのか?すごいな」



少女は斜めがけのバックから小瓶を取り出した。小瓶には調味料の名前が書いた紙が貼り付けてあったが、中身はそこに書いてあるものとは異なっていた。

キリで穴を開けた金の蓋を回すと、親指の爪ほどの大きさの細長い虫が一匹、這い出して来た。

頭の部分だけ少し赤く、胴体は黒い。

ほたるは尻を内側へと折り込むように丸め、やがて光を放ち始めた。

体の内側から滲むように二つの緑色の光が溢れ出し、強くなるにつれ、黄色味を帯びていく。二つの光が重なって、やがて一つの小さな光になった。



「……きれいだ」



少女の手を逃れ、自由気ままに飛ぶほたるは、美しかった。



「どこで捕まえたんだ?」



「近くの川だって。先生が捕まえて取って来てくれたから場所まではわからないんだ。私も行きたかったなあ」



少女が言うには、病院の管理側の大人たちが終業後の楽しみに出かけて取って来たのだそうだ。先生の許可が出た病状の良い子は同行を許されたが、少女は病室に残されたらしい。



「それなのに今ここにいて良いのか?よく出てこられたな」



「コツがあるのよ。コツが」



得意げ笑う少女は短い髪も手伝って、前よりずっと瑞瑞しく無邪気に思えた。

ままならない体を抱えるはずなのに、少女は少なくとも精神的には、病を感じさせない。いつだって明るく、前向きだった。

自分は、外に出ようと思えば出られる境遇にいるはずだと、茉莉花は少女の存在のお陰で思い出した。



「治ったら一緒に見に行こう」



この子が一緒ならば、外に出るのも恐ろしくはない。



「約束する?」



「ああ。約束」



約束と言う言葉を、茉莉花はこのとき初めて使った。



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