第十三章 転 1-3







出がけに押し付けられるように渡されたリュックを視線だけで振り返って軽く背負い直し、安河内は長篠に尋ねた。



「先ほどちらっとお話したように、引湯管いんとうかんの中の『湯の花』を落としてもらいます。定期的に清掃を行わないと、不溶性の温泉成分がだんだん溜まって行って引湯管の中で目詰まりを起こしてしまうんですよ」



「不健康な人の血管がつまって血液が流れなくなるみたいな」



「そうそう、そんな感じ。あ、そうだ。湯の花掃除とは別の仕事もあるんです。うちは皆さまご存知の通り、今だに中古のブラウン管テレビの万年金欠旅館なもので、破損したまま引湯管に蓋ができていない箇所があります。なので、落ち葉まで入り込むというおまけ付き。湯の花掃除に落ち葉除去と、あと破損したふた修繕しゅうぜんもよろしくお願いいたします」



途端に安河内の顔が目で見てはっきりわかるほどに曇った。



「ふっ。ふふ」



「ちょっとマリカさん。どうして笑うんです?」



「すみません安河内さん。悪気は無いんです。あんまりにも表情豊かだから」



「皆さん。引湯管が見えて来ましたよ」



長篠が指差す方を見ると、地面からある程度高さが出るように組まれた木製の格子の上に引湯管が乗って、それがまるで線路のように山の麓へと向かっていた。



「これかあ……」



耳を近づけると確かに、水が流れる音がする。

その後、管を辿るように源泉へと向かった。

長篠が湧出地だと言う場所に到着すると、大岩に穴が空いていて、フタがはめ込まれている場所があった。


岩の影に隠してあった、先がかぎ針状になった大きな鉄棒で、長篠がフタとなっている板の端を持ち上げる。


蓋を除けると、透明な湯がとめどなく湧き出ているのが見えた。

もっと大地から間欠泉のごとく吹き出しているのかと思ったら、意外と大人しい湧き出し方だ。

お掃除手伝いのおじいさんが中を覗いて言った。



「あー、これは今回はちょっと手間だぞ。見なさい」



白い粉のようなものが管の内側の淵にへばりつくように溜まっている。

軽く見積もって、2センチは管の直径を狭めていた。

おじいさんが作ったという特製の掃除用具を各々リュックから取り出して、清掃が始まった。


ロープの先に鉤爪かぎづめのような金具がくくりつけられていて、鉤爪のサイズがちょうど引湯管の直径より少し小さいくらいなので、水流に流してロープでひっぱり上げると、中の湯の花がこそげ落ちる仕組みだ。



「そういえば、この管何メートルくらいあるんでしょうか」



ここまで登って来たからわかるが、旅館はずっとずっと下にある。



「二キロくらいかな」

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