第九章 思い出1-9








「どこ!」



「二階のすみの部屋。そこの部屋です」



はっとした安河内が鉄の扉に手をかける。



鉄門が揺れるガシャンという音が不気味に響いた。



「開かない。どうにかして中に入れないかな」



今度はインターホンを押そうとする安河内の腕をマリカは咄嗟とっさに袖を引いて止めた。


「待って!安河内さん。私、このドアの向こうの世界で誰かに会ったこと、無いです」



「え?」



「それにこの時間に町に誰も居ないってちょっと変じゃないですか」



少し気味が悪い。


そう思ってしまったのが原因かもしれないが、さっきよりも周囲が薄暗くなって来た気がする。


黄昏時が近いのだ。






「安河内さん、帰りましょうよ」



「いや、でも僕、もしここが過去なら、会いたい人がいるんだよ。もしかしたら今、家の中に居るかもしれない。ちょっとだけでいいから!すごくいい人だから、怖いことなんてきっと何もないよ」



言うと、安河内はマリカの手をもう片方の手で解き、鉄門に足を掛けた。



カシャン、カシャンと揺れる鉄門の音がマリカの心を不安にさせる。



「安河内さん!」



「君はそこに居ていいから」



「そんなの無理」



マリカも慌てて身体を透かし、門の向こう側へと抜けた。法則は無いがコツがある。こちら世界ではそれがセオリーだ。


極楽浄土に来てから数日、マリカも霊界の決まりを身体で覚え始めている。

安河内が完璧なまでに角の取れた木製のドアノブを引くと、サフラン色のドアはキィと、音を立てて開いた。

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