第六章 初仕事 2-5
−第三条……押入れの中に
そのあと、仕上げに太ももを引っぱたけ=これもラップ音の演出
これは亜美に任せた。
ポキ、カキ。押入れから、不気味な音が聞こえて、安河内はまた、勢いよく肩を上げる。
亜美が仕上げに自分の太ももを掌でスパーンっ!と引っぱたくと、音はなかなかに大きく、効果は凄まじかった。
−第四条……シャボン玉のオーブを飛ばせ
押入れから一番遠い壁に背中をぴったりくっ付けた安河内を、更なる恐怖が襲う。
第四条にして、マリカはすでに安河内が気の毒になっていた。
それにしても、座敷わらしなんて言う和風で古めかしいものに、「ラップ音」だの「オーブ」だのと言う横文字を使っていいものなんだろうか。
温泉水で洗剤と蓄光塗料を溶いたものにストローと指を浸して、マリカはふうっと息を吹いた。
和紙に囲まれた蛍光灯から漏れる天井の明かりに、シャボン玉が虹色に輝く。
部屋が暗い方が綺麗だろうが、揺蕩う球を見送って、マリカは立ち上がった。
素泊まりの予定だった安河内が、布団に入ったのだ。
部屋の照明を消した安河内の勇気に驚愕しつつ、「もう止めにしてあげるべきだよね」と、ページを第十三条へと飛ばした。
第十三条……お客が眠り始めたら、肺あたりに乗ろう!
「ねえ、マリカ、私これがずっと気になってたんだよね。どうして最後だけ、ビックリマークが付いてるのかしら」
「さ、さあ……」
どうしてか、どっと疲れていた。
緊張していたのかもしれない。
安河内が最初に部屋に入って来てから、既に二時間が過ぎていた。
ああ、ようやく初仕事が終わる。
後は安河内がマリカの姿を一目でも見れば良いのだ。
マリカは意識を集中させた。
まだ下手くそで、上手に実体化できないけれど、半分透けているくらいでちょうど良いのが救いだ。
シャボン液に浸した指先から、霊泉を全身へと行き渡らせるイメージを固める。
ジワリ、ジワリ。これで良い。
掛け布団の上から安河内を見下ろして、マリカは胸のあたりに正座した。
仕事とはいえ、人様を踏みつけるのは、やはり気が引ける。
(ごめんなさい。失礼します)
心の中で一応、安河内に断っておいた。
ややあって、ついに胸の上の違和感に耐えられなくなったのか、安河内は目を開いた。
驚愕に叫び声が上がる、かに思われた。
「会いたかった!!!」
「え?」
気づくとマリカは杉板の天井を見上げていた。
生き別れの恋人に出会って歓喜するような表情の安河内の向こうで、消灯後も未だ明るい蛍光灯が、青く光っている。
「は?」
疑問の声は押し倒された自分の口から出たのではない。声のした方を見ると、亜美もこちらを向いて
「会いたかったよ座敷わらしさんっ」
思いもよらない安河内の言葉に、マリカと亜美は固まったのだった。
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