ヒロシのパラレルゲーム脳

ヒロシが屈辱にまみれた負け犬の顔をして帰ってきました。



 なんでも金歯が新しく買ったゲームソフトを散々自慢してきて、さらにはナウマン象やルナちゃんは遊びに誘うのにヒロシだけ誘わなかったそうなんです。



 ヒロシもゲームを持っていることは持っているのですが、全部RPGとか1人でできるものばかりなのです。



「他に類をみないゲーム出してぇ!」と泣きついてくるヒロシに、マルぼんはヘッドギア状の機密道具を差し出しました。



「なんの道具!?」「また洗脳!?」と騒ぐヒロシの頭に無理矢理道具を被せ、スイッチオン。



 ヒロシは騒ぎ始めましたがしばらくすると「え!? ここは王宮!?」と絶叫。



 ヘッドギアの力で、ヒロシにはありふれた自分の部屋が、ファンタジー世界の王宮に見えているのです。



「わかったよ、マルぼん! このヘッドギアは、剣と魔法のゲーム世界を疑似体験できる未来ゲームなんだね! 僕は勇者として、魔王をぶち殺せばいいんだねー!」



 大喜びのヒロシですが、残念ですがその予想は少しはずれています。



 このヘッドギアは、疑似体験とかそんなたいそうなものではなく、単に現実とゲームの区別がつかなくする機密道具なのです。



 だから、ヒロシがどんなに勇者的行動をしても、周囲の人には怪しいヘッドギアをつけた少年が暴れているようにしか見えません。



 せめて辛い現実を甘い夢に脳内変換するくらいの贅沢をさせてやっても、罰は当たらないとマルぼんは思うのです。



 機密道具の力で現実とゲームの区別がつかなくなっているヒロシ、辞書や電話帳を手にして「すばらしい魔法書だ! これさえあれば世界すらも……!」とか大はしゃぎ。



 すこし嬉しくなったマルぼんが「もっと広い世界に飛び出してみてはいかが?」と外出を勧めると、「よおし! モンスターどもをブチのめすぞー」とこれまた大はしゃぎ。



 ところが、いざ外に出ようとすると、ヒロシは「僕、武器を装備していない―」と脅え始めたんです。



 仕方ないので2人して武器になりそうなものを探した結果、台所で出刃包丁を発見。



「おおっ。それは聖剣エクスカリバー!」嬉しそうに出刃包丁改めエクスカリバーを構えるヒロシ。



「ヒロシ! なに、なにをしているのー!」買い物から帰ってきた直後、エクスカリバー改め出刃包丁を構えている我が子を目撃してしまい、愕然とするママさん。



「母上。僕は、ヒロシは伝説の勇者として命尽きるまで戦いつづけることを誓うよ!」



「なに言っている!」



「このエクスカリバーでこの世の悪を、ブスッブススッと退治しまくって!」



「あなたは疲れているの。ね。いい子たから、一緒に病院へ行きましょうね?」



「母上。教会へ行けだなんて、別に僕は毒なんか喰らってませんよ。ハハハ」



「私の子供が壊れていくぅ!」



 ママさんは「貴様が来てから! 貴様が家に来てからー!」とか言いながら襲いかかってきましたが、マルぼんはそれを軽くかわし、ヒロシと一緒に外へでることにしました。



 かっこいいヘッドギア(21世紀の感覚でいえばあやしい)を被り、かっこいい聖剣エクスカリバー(日本語に訳すと出刃包丁)を携えたヒロシは、かっこよく外へと飛び出しました(21世紀の感覚でいえばかわいそう。とてもかいわそう)。



 偶然にもその様子を、というかエクスカリバー(くどいようですが、日本語で出刃包丁)をみた通行人の女性が叫び声をあげながら逃げ去っていきましたが、ヒロシは動じる様子がありません。



「ふふふ。あの村人の女性、『武器や防具は装備しないと意味がありません』だってさ。もう装備しているのにねえ」



 とても嬉しそうなので、マルぼんはとても満足です。



 そんな感じで2人で歩いていると、ナウマン象・金歯・ルナちゃんの3人と出くわしました。



「そんな出刃包丁で俺を殺そうと!? よく狙え、俺の心臓はここだーっ!」「刺しても無駄だ! 僕の胸のポケットには、殺傷能力があるくらい分厚い札束がある!」「そのヘッドギア……異教徒め! 異教徒め! (以下、怪しいお経のため省略)」騒ぐ3人。しかし、ヒロシには例のごとく別のことに聞こえているようで。



「戦士と魔法使いと僧侶だ。仲間にしようよ、マルぼん」



 マルぼんは黙って例のヘッドギアを取り出し、目にも止まらぬ早業で3人に被せました。



「うわっ! なにを、やめ……ロロロッ……俺は、俺は戦士!」「ママーッたすけ、たすけ、けけけ……僕は魔法使い!」「(私は僧侶、とかそういう意味合いですが、相変わらず聞き取れない言語のため省略)」



 洗脳完了。こうして勇者のパーティー(傍からみたら、すごくかわいそうな子供たち)が誕生したのでした。



 勇者ヒロシとその3人の仲間たちは冒険を続け、人として戦士として成長していきます。



「ヒロシはレベルがあがった! ヒロシはレベルがあがった! ヒロシはレベルがあがった! ヒロシはレベルがあがった!」



 拾ったぬいぐるみを蹴り続けて自らのレベルアップをひたすら宣言するヒロシ。



「しらべる。ピッ。100Gをみつけた。しらべる。ピッ。やくそうをみつけた」



 見知らぬ家に侵入し、アイテムを物色するナウマン象。



「火炎魔法! 火炎魔法ー! 火炎魔法ぅぅぅぅ!」



 拾ったライターであちこちのゴミに火をつけて嬉々として走り回る金歯。



「回復魔法! 回復魔法ー! 回復魔法ぅぅぅぅ!」



 道端で寝ている酔っ払いに手をかざし、ひたすら叫ぶルナちゃん。



「よし。レベル上げは完璧だ! そろそろ魔王城に乗り込んで、魔王をブチ倒そう!」



 ヒロシが近くにある魔王城を指差して叫びました。



 魔王城は、入り口付近に複数の監視カメラと『関東一発組』という禍々しい看板のある、薄汚れた鉄筋コンクリートのビルでした。



「魔王は強敵だろうが、僕らの力をあわせたらきっと勝てる! 行くぞみんな」



「おうっ!」



 意気揚々と魔王城に乗り込む4人。



『指定暴力団』の異名で世界中の人たち、とくに近隣住民に恐れられている魔王とその配下のモンスターたちに、彼らは勝てるのでしょうか。



 マルぼんは勝てないと思います。



 魔王の手先(職業・暴力団構成員)の攻撃(属性・銃)で腹に致命傷を負ったヒロシが、息も絶え絶えでマルぼんに言いました。



「これ、もし、もしかしてゲームじゃなくて、現実?」



 大正解。しかし、マルぼんの賛辞の言葉を聞くことなくヒロシは吐血。



 このままいったら、ヒロシは確実に死ぬでしょう。マルぼんにはわかります。



 しかし心配することはありません。今回の件で、マルぼんが冷静でいたのには理由があります。



 ヘッドギア機密道具でヒロシとナウマン象たち(故人)が体験したのは、まぎれもなく現実ですが、同時にゲームであるのです。



 そして、全てのゲームにはリセット機能が搭載されています。



 あのヘッドギア機密道具はゲーム機なので、もちろんリセットスイッチがあり、それを押すことにより「最後にセーブした」時に戻る事ができます。



 今回はセーブなどしていないので「はじめからはじめる」状態、つまりは10月28日の機密道具を出した瞬間に戻る事ができるのです。



 ヒロシはエクスカリバーなんて手に入れていないし、ナウマン象たちが魔王の手先たちの銃弾の雨でその命を「あ~。また教会で金とられるなー(笑)」とか言いながら散したことも「なかったこと」になるのです。



 やりたいだけやらせたらリセット。マルぼん、我ながら完璧すぎる道具の使い方です。



 1人悦に浸っていると、ヒロシの瞳孔がかなりまずいレベルの開き方になっていたので、マルぼんはさっさとリセットスイッチを押すことにしました。



気がつくと、マルぼんは見知らぬ土地にいました。



 そして目の前にはヘッドギアを被り両手で大きな斧を持った、これまた見知らぬ外国人男性の姿。



「あれ。痛みが消えた……傷も治った。でも、なんだこの姿?」



 姿は違えど、外国人男性は間違いなくヒロシでした。



 そこでマルぼんは、あることを思い出したんです。



 実は、あのヘッドギア機密道具は、未来の世界の中古ゲーム店で買ったものだったのでした。



 中古のゲームには、前の持ち主のセーブデータが残っていることが多々あります。



 マルぼんはそんなこと頭にはなく、セーブデータが無いことを前提にしてリセットボタンを押してしまいました。



 どうやらヒロシは「前の持ち主が最後にセーブした」時に戻ってしまったようです。



 前の持ち主がどんな状況でセーブを止めていたかは、まったくわかりません。



「いたぞ! 連続殺人犯の、ゴンザレスだ!」



「自分は勇者だ、とか言っているクレイジーだ!」



 突然現われた外国人警官たちが、親切にもすぐに答えを言ってくれました。



「射殺命令が出ている! 殺れ!」



 警官たちは迷うことなくマルぼんとヒロシに発砲開始。



 マルぼんたちは銃弾の雨をかいくぐり、ダッシュでその場から逃げ出しました。



 ヒロシがジャンプして、空中で停止しながら叫びました。



「うへー! もうゲームは、こりごりだぁ!」



 ズキューンズキューン……ガガガッ……ズキューン(銃声)

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