正義の話はしない
体のどこかが少しでも痛むと「もしかして癌? ひょっとして癌?」と思い込んでしまう程、繊細でビクビクと暮らしているマルぼんは、今日も病院です。
で、その病院の帰り、マルぼんは見知らぬ中年男性に話かけられました。
マルぼんにはまるで見覚えのない男性だったんですが相手は妙にマルぼんに親しげで、「俺はアンタの恩人だったりするんですよ?」とかのたまいます。
よくよく話を聞いてみると、その人は以前、謎の怪人に襲われていたマルぼんを助けれてくれたヒーロー集団の一員・ダンタイピンクさんだったんですよ。
聞くところによるとこのヒーロー集団、親会社である某消費者金融が経営危機とかで規模が小さくなって、1万人いたメンバーもほとんどリストラされて、今はピンクさんを含めて数人だけだとか。
ピンクさん「ブルーは失業者手当てで食っているらしい。オレンジは家族で姿を消したなぁ。パープルは借金で臓器を……」
ピンクさんの語る他のメンバーの現状に興味を持ったマルぼんはピンクさんと酒を飲みに行くことになり、話の成り行きでヒーロー集団の建て直しに力を貸すこととなりました。
規模を縮小したにもかかわらず、親会社の消費者金融がヒーロー集団に課せたノルマは「半年以内にデスビリアン(敵である悪の組織)壊滅」という、ムチャクチャなものだそうです。
ピンクさん「ここはですね、いっちょマルぼんさんの機密道具でですね、敵を小指で一網打尽できる超必殺技(核みたいなの)を開発してもらってですね、大勝利というカンジでいきたいわけなんですよ」
マルぼん、ピンクさんの他力本願な態度に少しムッときました。
正義の味方たるもの、たとえ微力でも自分の力でなんとかするべきです。
そして、ありもしない超必殺技に期待するよりも、地味でもいいから少人数でも有効な攻撃方法を考えるほうが大切だと思いました。
継続は力。地道な努力は時に派手な一撃を凌駕するのです。
マルぼんはそのことを説明するため努力の大切さをひたむきに訴えた、みらいの世界の昔話をピンクさんに語り聞かせることにしました。
「昔々、あるところ(ソビエト社会主義共和国連邦)にイワノフくんという青年がいました。イワノフくんは元KGBの諜報員で資本主義国家でスパイ活動などをしてお金を稼いでいました。ところが、ソビエト社会主義共和国連邦が崩壊してイワノフくんは職を失ってしまいます。『かっての上司はロシア政権下でもそれなりの地位についているのに、なんで自分は……』と世間を憎み、両親を憎み、恋人を憎み、友人を憎み、そんな自分自身をも憎んだイワノフくんでしたが、このままではいけない一念発起して、普通にサラリーマンとして働く事にしました。しかし、人生とは荒れ狂う海のようなもので、ここでもイワノフくんに問題が起こります。同性愛者の上司が、関係を迫ってきたのです。身も心も汚されたイワノフくんは、ウォッカを浴びるように飲まなければ眠る事のできない体になってしまいました。そうしなければ、あの夜のことを夢に見てしまうのです。ある日、諜報員時代に愛用していたAK47が手元にあったので、これで上司を殺そうかと考えましたが、AK47なんて使った日には光の速さで捕まってしまうにちがいありません。証拠の残りにくい殺し方を考えたイワノフくんは、昔の同僚から譲り受けたプルトニウムのカケラを職場の上司の椅子にこのプルトニウムを忍ばせました。半年後、上司は死にました。証拠は残らず、ロシアの警官は今日もウオッカを飲んでコサックダンスに夢中。もしもあの時、AK47を使っていたらイワノフくんはあっさりと捕まり、強制収容所で穴を掘っては埋め掘っては埋めという強制労働を強いられ、発狂死していたことでしょう。やはり、人間は地道な努力が大切なのです。そんなこんなで毎日をおもしろおかしく生きるイワノフくんでしたが、あるとき見知らぬ女性が彼の前に現われました。」(ギロチン社刊『母から子に是非とも語り継ぎたい<父親はだまって養育費だけ払ってろ!>666の物語』より抜粋)
話を聞き終わったピンクさんの目には、うっすらと涙がうかんでいました。目からウロコがナントヤラ、な状態です。どうやらマルぼんの言いたいことをわかってくれたようです。
ピンクさん「上司かわいそう……」
昨日は「かわいそうなのはイワノフかホモの上司か」で揉めて、それぞれ割れたビール瓶と分厚い灰皿を装備した状態で睨みあうという状況が続いたマルぼんとピンクさんでしたが、偶然通りかかった警備員のおじさんの仲裁で、なんとか最悪の事態だけは避けることができたのでした。
マルぼん「さあ。気を取り直してデスビリアンを完膚なきまでに叩き潰す方法を考えましょう」
ピンクさんに芽生えた憎悪を全部飲み込んで、本題に戻るマルぼん。
ピンクさん「……悪いのは本当にデスビリアンなんでしょうか?」
マルぼん「はぁ?」
ピンクさん「イワノフくんの話で俺は思ったんです。政府がイワノフくんを放置しなければ、彼は上司を殺す事はなかった。本当に悪いのはイワノフくんじゃなくて政府なんです。デスビリアンにも同じことが言えるのではないでしょうか?」
話がおかしな方向に進んでいきました。
ピンクさん「デスビリアンだって、今の政府がきちんとしていれば怪人による破壊工作なんて行なわなかったはずです!
悪いのは政府! デスビリアンはむしろ被害者!」
ピンクさん、もう止まりません。
ピンクさん「我々は戦う相手を間違っていた! 腐りきった現政府を打ち倒して、国境も差別もなく、デスビリアンを含めた全ての人間が平等に暮らすことのできる理想の世界を成立させるのです! 諸君! 我々は狼である! これは聖戦であるー!」
盛り上がったピンクさんが「小指を切断してやんごとなき某所に送りつけて宣戦布告~」とか言い出したので、やばいと思ったマルぼんは黙って帰ることにしました。
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