売れる! 


 パソコンを新調しようと思っていたマルぼんですが、予定していたお金が入らなくなり諦めることに。とはいえ、一度「欲しい!」と思ったものを諦めることはかなり精神的にくるものがあり、マルぼんは一晩悩んだ末、なんとしてもパソコンを買ってやることに決めました。



 問題はお金です。地道にバイトをするという手もあるんですが、マルぼんはバイトとは縁がないタイプの生き物です。以前、飲食店でバイトしたときは店で食中毒。ペットショップでバイトした時は売り物の動物がなぜか続々と妊娠。そもそも、国籍のないマルぼんを雇ってくれるところもありません。



 となると、考えられるのは「いらないものを売る」ということ。マルぼんは機密道具「未来デパート携帯買い取りセンター」を用意しました。この道具は、どんな物でも、どんな場所ででも、その場で査定・その場で買い取り・その場で送金をしてくれる優れものです。



 マルぼんはさっそく、ヒロシの部屋にある売れそうなものの品定め開始。最初に目についたのは、ヒロシのゲームコレクションです。見事にギャルゲーばかり。全部で20本近くあったのですがどれも古かったのでたいした値段にならないと思ったのですが、意外や意外。なんと合計で7万円になりました。どうやらレアな限定版や回収されて現物が少ないものが

たくさん混ざっていたようです。



「なにをしているんだ!?」



帰ってきたヒロシが、マルぼんを見て、声を震わせて言いました。



「返せ! 返せ! 僕のゲームを返せ! 僕の妹(義理)を! 僕の姉さん(義理)を! 僕のお母さん(義理)を! 僕の先生を! 僕の幼なじみを! 僕の委員長を! 僕の学校のアイドルを! 僕の弟(義理)を!」



 状況を把握し、泣きながらマルぼんに殴りかかってくるヒロシ。マルぼんはそんなヒロシに7万円を見せながら「これが君の妹や姉さんの今の姿だよ」と教えてあげました。



「ああ。妹よ。姉さんよ。ああ」



マルぼんから7万円を奪い取り、ムシャムシャと口にふくみ始めるヒロシ。



「うへ。うへへ。僕はお金持ち。お大臣。石油王~。マルぼん、いらないものをたくさん見つけて、どんどん換金しよう!」



 7万円という、小学生にとってはお正月にしかお目にかかれない神の領域のお金に、ヒロシは十代を目前に金の亡者となり、21世紀という名のどす黒い欲望に心を汚されてしまったようです。心が汚されても生きていく上でなんの支障もありませんので、マルぼんはヒロシと一緒にいらないものをたくさん探すことにしました。



 とはいえ、前回のレアゲーのように高値で売れるものがそうそうあるハズもなく、換金大作戦はいきなり頭打ち状態。そこでマルぼんたちは「未来デパート携帯買い取りセンター」を使って商売をすることにしました。



 世間にはいらないものを買い取ってくれるところがたくさんありますが、色々なものを一度に買い取ってくれるところは少なく、あったとしても店まで持っていかねばならないので、面倒くさいことこの上ありません。「未来デパート携帯買い取りセンター」は携帯とつくくらいですから持ち運び自由で、売るものも差別しません。プレミアのついているものも、プレミア価格で買い取ってくれます。それなりの手数料で「未来デパート携帯買い取りセンター」出張買い取りを行なえば、それなりの収入になるのではないかと考えたのです。



 この考えは大的中。医療廃棄物であろが使用済み注射器であろうが差別なく買い取ってくれるマルぼんとヒロシは、半日後には「リサイクル界のガンジーとキング牧師」の名を欲しいままにするまでになっていました。



「今日はそろそろ店じまいするか」と思っていると、その家族はやってきました。ヒゲ面のやせたオッサンと、オッサンの子供らしい男の子と女の子。疲れた表情のオッサンは「これ買い取ってください」と薄汚い箱を差し出してきました。



 マルぼんが受け取ったその箱は異様な重さでした。ヒロシと2人がかりでなんとか地面に下ろし、蓋を開けてみると、中身は石。石がビッシリと、詰まっていたのです。



「いくらで買い取ってもらえますか?」



 -3000円。石の買い取り価格です。ようするに逆に金を取られると言うことです。



マルぼん「というワケで3000円ください」



オッサン「ちょ、ちょっとまってください! なんなんです、その買い取り価格は!」



マルぼん「だって石だし……」



オッサン「これはですね、ただの石ではないのですよ!?」



マルぼん「はぁ……」



オッサン「この石は私たち家族の思い出の証なのです」



 オッサンは色々と語り始めました。



オッサン「私はこう見えても漫画家なのです。知っているでしょう『マジックマッシュルームくん』や『電動お爺ちゃん』。

『涅槃デルタール人・タケル!』。あれは私の作品なのです」



マルぼん「まったく知りません」



オッサン「ああ。あなたは日本語がわからないんですね」



マルぼん「わかります」



オッサン「絵と文章を結びつける能力が欠陥しているとか」



マルぼん「欠陥って……」



オッサン「まぁ、あなたのことなんてどうでもいいです。ようするに、素晴らしい漫画を描いているおかげで私にはものすごい収入があり、その収入で家族旅行を頻繁に行なっていたのです」



マルぼん「……」



オッサン「これらの石はその旅行先で拾ってきたものなのです。これは熱海。これは北海道。これはなんと花のパリー。あなたなんて名前も知らないでしょう。パリ。これは淡路島。これは私の母が半年の闘病生活の果てに苦しんでが死んだ病院の中庭。ようするにこれらのひとつにひとつに思い出が詰まっている」



マルぼん「そうなんですか」



オッサン「本来ならお金に替えることのできないこれらのものを、特別に死ぬ覚悟で売ろうというのです。わかってくれましたよね。で、いくらで買い取ってくれますか?」



マルぼん「-3000円」



オッサン「なんでわかってくれないんですかー!」



マルぼん「思い出で腹がふくれるか!」



オッサン「ふくれますよー!」



 気づくと、オッサンの連れてきた子供の女の子の方が、先の尖った石に砂糖をつけて舐めていました。



オッサン「我々はこれで1ヶ月生き抜いたんだー! さぁ、査定しなおせー!」



 オッサンの要望で、子供たちが舐めていた石を査定してみると。



マルぼん「5万円!?」



オッサン「舐めろ! 娘よ、どんどん舐めろー!」



 マルぼんはマニア価格も考慮してくれる「未来デパート携帯買い取りセンター」の力は絶大だと思いました。



 翌日。



「石が高値で売れたのは『娘の記憶が唾液を通じで石に伝達されそれに機械が反応した』からだ」



「人の思いは金には換えられないが、無理矢理換えたらそれなりの値段になる」



とか言いながら、例の自称漫画家がまたやってきました。



 昨日、石が高く売れたことで味を占めたようで、様々な「人の思いがこもっている物」を見せ付けては「買い取れ」とマルぼんたちに迫ってきました。



「不自然に大量死した鳥の死骸(いままで鳥を育ててきた飼育者の悲しみがこもっている。たぶん絶対あきらかにまちがいなく死因は……)」



「気がついたら近所の空き地に置かれていた大量のドラム缶(放置せざるをえなかった持ち主のふがいなさがこもっている。中身は不明。あれ? 近くのドブでフナやザリガニが……!?)」



「血をインクの代わりにして描いた漫画原稿( 『絶対連載にするぞ!』という漫画家の思いがこもっている。内容は、さえない男が偶然、美少女だらけのアパートに住むようになって、みんなから好意を持たれるという、吐いて捨てるほど斬新な内容)」



「バレンタインにファンからイケメン俳優へ送られた手作りチョコ(ファンの熱い愛情が、髪・爪・体液といった形をとってはいっている)」



 どれもこれも、人の思いがこもりすぎて心に重い逸品で、「夢をオカズに愛を食べる」のキャッチコピーでおなじみのマルぼんや、「おこづかい減らされた」という理由でカミソリを手首に当てるヒロシには、とてもじゃありませんが扱いきれません。



「士族の商法」とはよくいったもの。たいして儲かりもしないということで、マルぼんとヒロシこの商売をオシマイにすることにしました。



「へえ。そんな便利なモノがあったんだ」とは、「未来デパート携帯買い取りセンター」のことを聞いたママさんの言葉。



ママさん「ちょうど欲しい指輪があるの。アタシもいらないもの売りたいな」



マルぼん「だれでも使える道具ですから、自由に使ってもいいですよ」



マルぼんがママさんとこんなやりとりをしたのは今朝のことで、それからマルぼんは所用で出かけていました。



 夕方帰宅すると、ヒロシがどこにもいません。ママさんに聞いてみると。



ママさん「さぁ。今ごろどこかの子供に恵まれない夫婦になってるか、誰かの血や肉や内臓になって生きているんじゃない? 未来デパートの流通ルート次第ね」



 ママさんはどうやら「良心」を売ってしまったようです。

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