10 死神の一撃


「ジョフロワ。逃げようなんて思うなよ」


 ふたりに続いて階段を降りると、先程攻撃を加えた助祭たちが険しい視線を向けてきた。


「何だ? 抵抗する気なら、あんたらの大切な大司教様が怪我することになるんだぜ」


 助祭たちから視線を外さぬまま、魔法陣の中央に立つセリーヌと合流した。


「マリーと外に出て、夫妻を探してくれ。ふたりが出るのを見届けて、ジョフロワと追う」


「承知しました」


 そうして周囲を警戒する。正直、何が起こるかわからない。

 視線を戻すと、セリーヌはマリーと小声で会話をしていた。驚きに目を見開くマリーを優しく抱きしめている。


「神竜の加護があらんことを……」


 そうつぶやくと、長老から授かったという首飾りを外し、マリーの首へ飾り付けた。


「その首飾りは……」


 薄緑色の宝玉を金具と紐で繋いだ簡素な物だが、とても大切にしていたはずだ。それにしても、二大美女という華やかな組み合わせ。目を奪われていると、ふたりは出入り口へ向かって歩き始めた。


 その背を見送りながら、隣に立つ大司教の様子を伺った時だ。


「こんなことをしてタダで済むと思うな。者ども、出合え!」


 その声に応え、広間には大勢の足音と扉の開閉音が響いた。薄暗い広間の左右にも扉があったらしく、それぞれから魔導師の集団が駆け込んできた。背後の壇上にまで魔導師たちが姿を現している。


「侵入者対策をしておいて正解だったな」


「冒険者ギルドを通じて集めた、用心棒か」


 ざっと見たところ、それぞれの位置に十人ずつ。合計三十人といったところか。さすがに、魔法を一斉展開されては分が悪い。


「そちらのお嬢さんも止まってもらおう。私への暴行と、マリーの誘拐罪により、拘束させてもらう」


 味方を得て気が大きくなったのか、大司教は勝ち誇ったように微笑む。


「ドニ、エンゾ。マリーを安全な所へ」


 階段下にいた助祭たちが動き出す。


「待て! こっちには大司教様っていう、最強のカードがあることを忘れるなよ」


 大司教を捕らえている限り問題ない。助祭も無茶なことはできないはずだ。


光灯創造ラクレア・ソレイユ!」


「ぐあっ!」


 その時だ。大司教が不意に突き出した拳。そこから放たれた強烈な光を間近で浴びせられ、思わず目を覆っていた。


「愚か者め。儂の指輪は特殊な魔導輪まどうりん。これを魔導触媒まどうしょくばいとして、魔法を行使できるのだ」


 その声が急速に遠ざかってゆく。


 油断した。攻撃魔法の習得を禁じられている聖職者と言えど、戦闘補助魔法がある。魔導杖まどうじょうを持たない大司教が、魔法を使うはずがないと思い込んでしまった。


「マリーを保護次第、いかづちの魔法で此奴らの動きを封じよ。生け捕りにするのだ」


 大司教の声に従い、前方へ走る複数の足音が聞こえた。


「さぁ、マリーお嬢さん。こちらへ」


「彼女を解放してあげてください!」


 直後、セリーヌの怒声が響き渡った。


「彼女の力は、自ら望んで得たものではありません。その力で人々を幸せにできたとして、彼女の幸せはどうなるのですか!?」


「ゴチャゴチャとうるさい侵入者め。どこまで自分たちを正当化するんだ!?」


 助祭の怒りを含んだ声と、セリーヌのくぐもった呻きが聞こえてきた。


「そいつに手を出すな! くそっ。まだか?」


 視力が完全に戻らない。気持ちだけが先走り、暗闇への恐怖と焦りが募ってゆく。


 ちょうどその時だ。耳に届いたのはガラスの砕ける破砕音。割れたのは、広間の左右に設けられていたステンドグラスに違いない。


「来た!」


 そのまま、セリーヌとマリーの位置へ見当を付けて走った。周囲で次々と炸裂する閃光玉と煙幕玉。そして、駆け寄ってくる足音。


「どうした。何が起こっている!?」


 狼狽する大司教の声が聞こえる。

 そして、クロスボウから立て続けに放たれる小気味良い射出音と、男たちの苦悶の声。


「リューにい、お待たせ!」


「間一髪だ。ヒヤヒヤしたぜ」


 門の死角から忍び込み、登山中の馬車へ潜り込んできたアンナ。万が一を見越し、外に待機させていたのは正解だった。


 装備一式を受け取り、ようやく視力の戻ってきた目で状況を確認する。アンナの魔導弓まどうきゅうで撃たれたのは助祭たちだ。ふたりの太ももを見事に射貫き、床に倒れて呻いている。


闇竜魔壁オプス・ミュール!」


 魔導杖を受け取ったセリーヌは、即座に漆黒の魔力結界を展開。ドーム状に膨れあがったそれが俺たちを包むと同時に、衝突した雷球らいきゅうのいくつかが弾けては消えて行く。

 どうやら閃光と煙に巻かれながらも、闇雲に魔法を放ち始めたらしい。


「アンナ、ふたりを外へ。俺はこいつらを片付けて、ジョフロワを捕まえる」


 最悪、出入り口で待ち伏せされている可能性もある。そうなれば魔導師のセリーヌだけでは手に負えない。直後、動揺するマリーと目が合った。


「ねぇ、どういうこと。私たちを連れ去ろうとした奴等の仲間じゃないなら、どうして私たちを狙うの? 意味わかんない!」


 マリーは声を荒げるが、意味がわからないのは俺も同じだ。


「俺たちは敵じゃない。今は大人しく従ってくれ」


 アルシェ夫妻に会わせれば、全ては丸く収まるはずだ。その上で大司教に謝罪をさせて、あいつから奇跡の力を奪う。そうなれば、この腐った箱庭も浄化されるだろう。


「リュー兄だけで大丈夫なの?」


「任せろ、全く問題ねぇ。行け!」


 結界を飛び出した俺は、閃光と煙が持続している間に、壁の片側でうろたえる十名ほどの魔導師集団へ斬り込んだ。


 既に竜臨活性ドラグーン・フォースの力を解放済みだ。強化された身体のお陰で、飛来する雷球もゆっくり、はっきりと視認できる。

 それらを確実に躱しながら、鞘に収めた魔剣を幾度も振り抜く。打撃を受けた魔導師が次々と床へ崩れる。


「よっ! 銀髪リュー兄、カッコイイ」


「アンナ、頼むぞ!」


 駆け出す三人を見送り、向かいの扉に立つ十人の魔導師を見据えた。彼等へ駆けながら、腰に下げた革袋を左手でまさぐる。


「自分たちでくらってみろよ」


 親指で弾き出したのは、黄色の魔法石。魔導師たちの足下で破砕すると同時に、ほとばしる電撃が一同を感電させた。


 全員が身体を痙攣させ、ある者は膝をつき、ある者は棒立ちに。そこへ飛び込み瞬く間に叩き伏せる。すると、祭壇の上に残っていた数名の魔導師たちから声が上がった。


「大司教、なんて奴を呼び込んだんですか……私は彼を知っていますよ。光る刀身と銀の髪……ランクAの冒険者……碧色の閃光、リュシアン=バティストだ」


 そちらへ視線を向けると、怯えた何人かが後ずさるのが見えた。


「怪我したくなけりゃ、そこをどけ! 用があるのはジョフロワだ」


「おまえたち、待ちなさい!」


 慌てて袖へ消える何人かを目にして、大司教はうろたえながら叫ぶ。

 だが、それでも果敢に勤めを果たそうとする五名ほどの魔導師。しかしその程度では、俺を止めることなどできるはずもない。


 床を蹴り、壇上へ続く階段を一気に駆ける。目の前へ迫る雷球のことごとくを、剣の一閃で素早く的確に薙ぎ払った。


「警告、したよな?」


 ニヤリと微笑む俺の顔は、死神にでも見えているのだろうか。


「死神の一撃、受けてみるか?」


 ひとりの肩を剣で粉砕。ひとりの腹部を蹴りつけ、壇上から落とす。別のひとりの髪を掴み、顔面へ膝蹴りを見舞った。


「この、バケモノめ!」


 詠唱えいしょうの余裕もないのだろう。咄嗟に杖を振り上げる魔導師。それを剣で受け止め、がら空きになったみぞおちへ拳を叩き込んだ。


「てめぇらの方がよっぽどバケモノだろうが。おっと、失礼。クズの間違いか」


 その場へ顔を歪めてうずくまる男を眺め、背後へ蹴りを繰り出した。それを胸へ受けた最後のひとりが、後ずさった拍子に階段から転落してゆく。

 そこかしこで聞こえる呻き。これで邪魔する奴等は消え失せた。


「さて、ジョフロワ。用心棒は全滅。ようやくふたりきりってわけだ」


 勝利に口元を緩めると、大司教は観念したように溜め息をついた。


「こうなれば、私も大人しく従う他あるまい……だが、一つだけ約束してくれ。ここにいる誰一人、命を奪うようなことはしないと」


 怯えの色を見せながら、床に倒れる魔導師立ちを見回している。


「いくらなんでも殺すつもりはねぇ。俺はただ、あんたに目を覚まして欲しいだけなんだ。マリーを解放して、奇跡の力を手放してくれればそれでいい。マリーとその両親に、誠心誠意、謝罪してくれ」


「謝罪だと? そう言えば、さっきもそんなことを言っていたな」


「あんたが奪った、アルシェさん一家のかけがえない時間。それを三人に償え」


 だが、呆気にとられた老人は目をしばたいているだけだ。


「てめぇ、聞いてるのか?」


 振り抜いた剣が祭壇の一部を打ち砕き、木片が勢い良く飛び散った。


「マリーの両親、と言ったな。そんなバカな話があるものか……」


「どういう意味だ?」


「あの娘を助けて正義の味方気取りかもしれんが、マリーに帰る場所などないのだよ。ここにいるのが一番の幸せなのだ」


「質問には正確に答えろ」


 苛立ちを押さえきれず、老人の右腕を捻り上げた。戦意を完全に削ぐため、指先から魔導輪を奪い取る。


「神の前だ。包み隠さずに話せよ」


 女神像を仰ぎ、捻った腕に力を込める。大司教から苦悶の呻きが漏れた。

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