08 あの世でふたりにとことん詫びろ


 地面を思い切り蹴りつけ、ドミニクの背中へ肩から体当たりをくらわせた。


「があっ!」


 地面へうつ伏せになったドミニクの背を踏み、転がった曲刀シミターを捉えた。


 両腕へ力を加えると、縛っていた縄は容易く断ち切れた。それもそのはず。セリーヌの下着姿へ夢中になっていた賊ども。そのひとりが持つ曲刀へわざとぶつかり、縄へ切れ目が入るよう仕掛けたのだ。


 ドミニクの背を踏んでいた足を上げ、そのまま顔面を思いきり蹴り上げてやった。

 唇から血を流し、大きく仰け反るドミニク。その無様な姿を眺め、曲刀を拾い上げる。


「こんの野郎ぅっ!」


 ふたりの賊が迫るが、手にした得物が同じなら遅れを取る相手じゃない。


 しゃがみ、打ち払い、身を捻る。


 舞い踊るように賊を翻弄ほんろうし、一太刀ずつ斬り付けた。これで間もなく、こいつらも動けなくなるはずだ。


 手前の男を蹴飛ばすと、後ろの男を巻き込んで床へ倒れた。


「碧色の閃光、やってくれたもんだねぇ。おまえたちもかかれ!」


 身を起こしたドミニクが、怒りの形相で歩み出してきた。

 その怒声を受けた残るふたり。俺の動きに敵わないと悟ったか、怯えた表情で固まっている。


「まったく、使えない奴等だねぇ。おまえらの宴はお預け。ここで留守番だ」


 倒れたひとりの手から曲刀を奪い、鋭い眼光でこちらを睨んできた。

 だが、俺も引けない。奴の気迫を飲み込む勢いで、視線を真っ向から受ける。


「悪いけど、宴は永遠にお預けだ。あんたたちはここで止める」


 セリーヌとナルシスの顔が過ぎる。


「あいつらの恨み。何倍にもして突き返してやるからな。覚悟しろよ」


「ふはっ! 笑わせるねぇ……俺の連撃に、きりきり舞いだったのは誰だっけなぁ?」


 腹を抱えて笑うドミニク。そんな彼を目掛け、地を蹴りつけて加速した。


 俺の動きに狼狽ろうばいしている。さっき刃を交わした時は、ショーヴの超音波で動きが鈍っていた。障害のなくなった全力を思い知れ。


「このガキぃっ!」


 上段から振り下ろされた曲刀を、横手へ飛び退き避ける。そのまま、左手へ握り続けていた縄の切れ端で、奴の右腕を絡め取った。


 続け様、縄を渾身の力で引き寄せ、ドミニクの体を地面へ転がした。奴の手にしていた曲刀が、乾いた音を立て地面を滑ってゆく。


 追い詰められた小動物のように、恐怖で怯えるドミニク。まったく滑稽だ。


「待てって、降参するから。悪かった!」


「どの口がほざいてやがる」


 薄汚い顔を目掛け、ブーツの底で思い切り足蹴にしてやった。後頭部を地面へ打ち付けた所を、更に強く踏み付ける。


「降参する? 謝る? 都合のいいこと言ってんじゃねぇ。覚悟しろ。あの世でふたりにとことん詫びろ」


 こんな奴にふたりの命を奪われたのが悔しくて堪らない。絶対に許せない。

 右脚でドミニクの頬を踏み付けながら、こいつへ思い知らせる方法を模索した。


 辺りにいる手下は相変わらず動く気配がない。いや、動けないと言った方が正しいか。向かってきても簡単に返り討ちにできる。仮面の男は我関せずといった様子だ。

 どうにか逃げ切ろうと考えていたが、この場に残る全員を見過ごすなどできそうにない。


 怒りと共に、何かどす黒い物が体の奥底から溢れ出してくるようだ。暴れろ、奴等を許すなと、本能が叫んでいる。押さえきれない破壊衝動がこの身を焦がす。


「セリーヌとナルシスの恨みだ」


 身を低くして、逆手に持った曲刀をドミニクの右太ももへ深々と突き立てた。


「うぎゃあぁっ!」


 醜い悲鳴が足裏を通して伝わる。だが、この程度ではまだまだ足りない。


「悪いけど、あいつらの苦しみはこんなもんじゃ済まねぇってよ」


 太ももから引き抜いた刃を、今度は喉元へ押し当てる。力を加減し、皮鎧ごと一気に腹部まで切り裂いた。


「いってえぇぇ!」


 黙らせるため右脚を持ち上げ、再び勢いよく踏み付ける。顔が潰れても構わないというほどの、渾身の力と恨みを込めて。


「ゴチャゴチャわめくな。痺れ薬が効いてくれば、痛みも少しは緩和されるだろうが。太ももへの一撃は、ナルシスの分。体を斬り裂いたのは、セリーヌが受けた恥辱の分だ」


 刃先で皮鎧をめくり上げ、血に染まった汚い胸板を露出させた。


「本当は丸裸にしてやりてぇが、男の体なんぞ見たって面白くも何ともねぇ」


 見ているだけで吐き気がする。だがもう一つ、忘れてはならない報復が残っている。


「そうそう。ナルシスの左肩を随分と痛めつけてくれたよな。この辺りか?」


 肩を目掛け、刃を振り上げたその時だ。


「もう止めてください!」


 見ているだけだった手下のひとりが、必死の形相で叫んできた。


「どうか頭の命は助けてください。この仕事からも足を洗います。お願いします」


「俺からもお願いします」


 こうまで言われてしまうと、俺が悪者のような気がするのはなぜなのか。しかし、先程までの仕打ちを忘れはしない。


「止められるわけねぇだろうが!」


 ここで半端に見逃せば、ヴァルネットの人たちが報復される危険もある。こいつらには色々と知られ過ぎた。

 すると、足下でドミニクの動く気配がした。


「導師様、すいません……そろそろ助けて頂けませんかねぇ?」


 まさかここで、あいつを動かすとは。


「んふっ、仕方ない。君の力ではここまでか」


 直後、こちらを目掛けて魔獣の捕食器官が襲いかかってきた。


 もう一息という所で、やはり邪魔が入った。仕方なくドミニクから離れ、次々と迫る捕食器官を避けて後退した。そうして敵との距離を取りながら、籠が置かれている場所を目指して下がり続けた。


 それにしてもこの魔獣、攻撃範囲が広すぎる。本体の高さだけでも十メートル以上。捕食器官を使えば体長の倍近い範囲まで届くだろう。恐らく、この広間のどこへ逃げても攻撃を避けられない。


 だが、魔獣も深追いしてくる気配はない。追撃を警戒していると、仮面の男が賊どもへ視線を巡らせた。


「動ける者は、仲間を連れてここへ」


 俺に懇願してきたふたりの賊。ひとりが奥へと姿を消した。もうひとりも、ドミニクと痺れて動けないふたりを引きずって後退した。


「リュシアン君。その判断力と行動力は惜しい。争いを止め、私と来ないか?」


 俺は籠の中から長剣と道具袋を拾った。すると奥に消えたひとりの賊が、顎を打たれたふたりを連れて戻ってきた。


 籠に残されたナルシスの細身剣レイピアや、セリーヌの法衣。それを目にした途端、胸が締め付けられるような苦しみが襲ってきた。


「さぁ、答えを聞かせてもらおう」


 朗々と響く仮面の男の声。だが、答えなど最初から決まっている。

 こいつは絶対に信用できない。ここで何としても仕留めてみせる。セリーヌは逃げろと言っていたが、どうしても許せない。


「俺の答えは、今ここで、てめぇら全員をぶちのめす。それだけだ!」


「勇ましいことだ。誠に残念だが、ベルヴィッチアの糧となれ」


 魔導師にベルヴィッチア。そしてショーヴが三体。まともに相手をして勝ち目があるか怪しいが、引き下がるわけにはいかない。


「んふっ、丁度いい。君には実験に付き合ってもらおう。ドミニク君、駒を少し分けてもらう」


「実験?」


 不穏な空気に仮面の男を警戒していると、ベルヴィッチアの捕食器官が一斉に動いた。すると信じられないことに、根元付近に身を寄せていた賊たちを襲ったのだ。

 次々に上がる賊どもの悲鳴。皆、一様に頭部を噛まれ、苦しみ悶えている。


「導師様、どういうことですか!?」


 唯一、魔獣の攻撃から除外されたドミニクは、地面へ座り込んだまま驚愕の声を上げた。


「んふっ。捕食器官の牙から注入される毒素で理性は崩壊。痛みや恐怖を奪い去る。優秀な殺戮兵士を量産する究極の魔獣。それが、ベルヴィッチアの真の能力」


 仮面の男の言葉で、昨日襲ってきた冒険者たちの姿が即座に思い浮かんだ。


「殺戮兵士の量産って、冒険者たちも……」


 すると、仮面の男は微笑みながら続ける。


「ドミニク君たちに冒険者を集めさせたのは兵士を選別するため。しかし、この子も思った以上に食欲旺盛でね。もっと数が必要だ」


 集められた冒険者は兵士として使われた他、魔獣の餌にされたということか。


「光栄に思いたまえ。彼等も私の下で、神のために働くことができる。先程の武器と人間を取り込み、ベルヴィッチアの能力がどれほどになったかを知りたくてね」


「そんなのはどうでもいいんですよ。俺の部下を使うなんてあんまりでしょうが!」


 部下を家族のように思っているドミニクのことだ。怒るのは至極当然。しかし仮面の男は、そんな彼の姿を嘲笑あざわらう。


「平民、愚民は不要。選ばれた者だけが生きる世界。それが、神よりたまわった神託」


 ドミニクの憂いを帯びた視線が、不意にこちらへ向けられた。


「すまなかったねぇ……俺たちに止めを頼む。こんな奴の人形なんて、まっぴら御免だわ」


 その背へ、仮面の男は言葉の刃を浴びせる。


「そうはいかない。これでも君の顔の広さは認めている。今後も協力してもらうため、君だけは残しておいたのだから」


 苦しんでいた六人の手下が、獣のような唸りを上げて身を起こし始めた。白目を剥き、だらしなく開いた口。既に正気を失っている。


 やっと、本当に倒すべき相手が見えた。

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