第30話 エネルカ行き
朝焼けに砂が染まり出す頃。イクサは外に出ていた。
ソリに荷物を詰めている音で、リェリィが起きて外に出てきた。
「どうしたの? こんな朝早くから」
「エネルカに行くぞ」
「へえ……、そうなんだ……」
眠りまなこを擦って鉄扉に手を掛け、振り向く。
「今日!? もう!? 今日行くの!?」
「ああ。ここから西に進んでまずはジースイン。その後北上してシェラゴス。西に折れてエネルカの順に三国渡るつもりだ。できれば今日中に着きたい」
距離にして1000km以上。
大人の足で、かつ不眠不休で速度を変えずに歩いても10日は掛かる距離である。休憩を入れていけば3倍はくだらない。いかに運搬能力の高いサイフォでも単純計算で20時間掛かる。
リェリィは怪訝そうに目を細めた。
「サイフォの体力持つの?」
「あいつらは
「そ、そういう問題なの?」
「もし今日中に着けないなら明日でも構わん。ただ、なるべく早く行きたいという話だ」
「わかった。いまから準備する」
イクサはサイフォを小屋から出して、手綱を繋ぎ、ソリに連結させる。
リェリィも準備が終わり、ソリに乗り込む。イクサはそのうしろから被さるようにしてソリに乗った。いつもリェリィがしがみ付く様な形で乗っているので、振り落とされそうだったが、これならその心配もない。
「この方が安心する。今度からこういう乗り方にしよ?」
「そのつもりだ。今回お前が運転を覚えたらな」
「うん」
言われた言葉を頭の中で復唱して首を傾げるリェリィ。手綱を渡される。
「うん?」
「持て。サイフォの運転の仕方を教えてやる」
こうして二人を乗せたソリは、まずはジースインに向って走り出した。
ジースインに着くまでの間で、リェリィは随分コントロールが上手くなった。誰が運転するにせよ、複雑な動きは土台出来ない。基本動作さえ完璧ならば、もうリェリィが運転しても問題ないと言えた。
「運転できるとなんか楽しいね。ありがとうイクサ」
「礼を言う必要はない。これからはお前に色々やってもらわなくては困るからな。後、調子に乗って紡流を一気に流すとサイフォの脳が傷付くから、気を付けろよ」
「そういうの初めに言って!」
「ならばついでに言っておくが、エネルカでは言語が変わるから言葉には気を付けろよ」
「そういうのは着く直前に言って!」
ジースインで休憩をしていると、リェリィが食料以外にも袋に包まれたなにかを買ってきていた。
「なんだそれは」
リェリィは答えを言う前に袋から餌を取り出し、サイフォに食べさせていた。
「サイフォの餌だって」
「貴重な金をそんなくだらないものに使うな。サイフォの食べ物は砂だ」
「その砂の中の栄養素を食べているんでしょ? これは栄養の塊だから効率よく栄養を吸収できるって言っていたよ」
「本当か?」
「商人は嘘を吐かないんでしょ?」
リェリィは餌を食べさせて、ソリに乗った。
出発した瞬間、風を切る音が、当たる砂の粒が、いつもと違って感ぜられた。
「ねえ、なんか速くなってない?」
「そうか?」
「きっと餌が美味しかったから嬉しくて速くなったんだよ!」
「前向きで羨ましい限りだ」
そう言いながら、イクサはリェリィの頭をポンポンと叩いた。知らず、微笑みながら。
シェラゴス最南端の街ミゴスへ着いたとき、もう既に夕暮れになっていたので、そこで宿を取って休んだ。
明け方、リェリィに促され、イクサはミゴスを見て回ることになった。
「観光に来たわけではないぞ」
「いいじゃんちょっと散歩するくらい」
シェラゴスはサイフォの養殖が盛んなことで有名である。
近くに濃砂がないため土地が侵食されることがない反面、濃砂性の生物は一切取れず、また地下洞窟も随分と掘らなければ辿り着けないため、資源に乏しい。だからサイフォの養殖を行い、他国に売って利益を得ている。
ジースインのような活気はないが、代わりに治安は悪くなかった。
商売があれば金が動く。金が動けばならず者が集まり、それを制圧するために武力を持った権力者が現れる。そうすればならず者は駆逐できても、その武力を持った権力者は居座り続け、国民に負担を強いる。すると国民の中から反発が生まれ、内乱が起きる。この国はそのような状態になる以前の場所であった。
いまではとても平和に見えるこの街だが、6年前は戦争の舞台だった。
イングラロスがエネルカに拠点を置き、シェラゴスに攻め入った際、戦場は街ではなく国境だった。だから兵士たちが戦っている最中は、街の人間に被害は及ばない。しかし、いざ決着を付けるとなると話は別だ。相手の兵士たちが拠点を置いている街を制圧しなければいけない。
ここはちょうど、その拠点が置かれていた場所だった。
イクサがシェラゴスの拠点を落としたとき、同時にエネルカの拠点が落とされた。そのため、イングラロスの兵士はシェラゴスに居て、シェラゴスとアマリスマスの連合軍がエネルカに居るという不可思議な現象が起きていた。
近隣諸国へ及ぼす影響と、今後のお互いの国のことを考え、結局制圧した地点を返し合い、元通りの状態になった。
とは言え戦場になった場所である。他国ならばたった6年で戦災復興を成し遂げることはできない。
——『どういうわけかあの戦神は、シェラゴス制圧のときに砂を使わなかったらしい。そのおかげで街がぶっ壊れねえで済んだんだ』
ヨンヤの言葉が蘇った。
傷一つない外壁や健やかな顔で仕事をする人々を見ていたら、イクサは無意識的に東を向いていた。砂が絡む風の行く末を見つめる。
(どうやらお前の正義が人を救ったらしいな)
イクサは視線に気付いて下を向く。リェリィが難しそうな顔で顎に指を当てている。
「疑問に思ったんだけど、どうしてアマリスマス兵士がシェラゴスの戦いに参戦したの?」
「諸国への体面としては、イングラロスの帝国主義に対して反発するため。貧しいシェラゴスを守るためだった」
「体面としては? じゃあ本当は違うの?」
「ああ。アマリスマスになんの利益もないのに、兵士を派遣するわけがない。アマリスマスはシェラゴスという国がなくなるのを恐れた。この国はアマリスマスと隣接している。そしてイングラロスと友好関係にあるエネルカとも。もしもこのシェラゴスが攻め落とされてしまえば、アマリスマスは常にイングラロスの脅威に怯えなければいけなくなる」
「なるほど」
「アマリスマスにとってシェラゴスはバッファゾーンなのだ。だからここを死守しなければいけなかった」
「シェラゴスの人は怒らないのかな。利用しやがって! みたいな感じで」
「国と国同士だ。お互い利用し合うのが当たり前だ。アマリスマスはシェラゴスをバッファゾーンとして使う代わりに、壁や家を建てた。地面を固めたのもアマリスマスの兵士だ。資源の乏しいこの国の者からしてみれば友好的になるのには十分な理由になるだろう」
二人は散歩を終えてサイフォを走らせた。
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