第251話 共闘 5



「──では各班行動に移ってください。それから最後に──」


 武術科生徒──八十一名、魔法科生徒──四十五名。

 俺は両学院合わせて百を超す生徒を前に──、


「──長い歴史の上で、両学院の間には未だ解消しきれない確執があると聞いています。そしてそれは事実であり、そのことを陛下は深く憂いておいでです。大国であるが故に外敵からの脅威にさらされることなく、内ばかりに目を向け続けてきた結果として、いまの両学院の姿があるのですが──」


 いったん言葉を切ると、魔法科と武術科の主だった先輩方に視線を向ける。


「──かねてより交わることを良しとしなかった両学院が、スレイヤを脅かす敵が現れたことに今まさに一つになろうとしています。期せずして現れた敵ですが、魔法科が不得手とする近接での混戦、武術科が不得手とする遠隔からの魔法攻撃と治癒、と、互いに足りない部分を補助しあい力を尽くしてください。そしてこの脅威を乗り越えた先に、両学院の間にある争いに終止符が打たれ、後世に誇れる新たな歴史の一歩を刻むことが叶うよう、共に闘ってください」


 少しでも団結力を高めておきたかったのだが──反応はない。


 思っていたよりも溝は深いか……


 だが、まあそんなものだろう。

 一学年の、たかが一生徒の発言程度でどうにかなるのだったら、陛下もあそこまで苦労はしていないのだから。

 要するに、今回の果たすべき務めにおいて足を引っ張り合うような真似はするな、という主旨が伝わってくれればそれでいい。


 さて──


 指示通り、第五班が城へ向かうのを確認した俺は、自分の役割を果たそうと──


「ラルク。少しいいか」


「どうしたクラウズ。あまり時間がないのだが──」


 クラウズに呼び止められ、足を止めた。

 俺は地下通路へ進入する四つの班を先導する役割だ。

 先に小屋に入っていろいろと準備をしておきたかったのだが──


「急で悪いが、俺だけ別行動をとらせてほしい」


 クラウズは真面目な顔でそう言った。


「別行動? 用事でもあったのか?」


「用事と言えなくもないのだが……今は詳細を話せない」


「それはお前があの晩、城で俺に『力を貸してほしい』と言ったことと関係しているのか?」


「──やはり察しが早いな、お前は。正解だ。そして今回の件とも……もしかしたら関係があるかもしれない」


「……そうか。承知した。ヴァレッタ先輩には俺から話しておく」


「済まない。迷惑をかける」


「なに。お前のことだから心配は必要ないだろうが、俺にできることがあったら遠慮なく言ってくれ」


 来た道を走っていくクラウズを見送ると、今度こそ俺は小屋に向かうのだった。




 ◆




「──厄介なのは”隠れ者”と呼ばれる姿が見えない敵、そして魔力吸収アブソーブ持ちの黒い矢です。どちらもまだ出現していませんが、ひょっとすると今回の敵と関係があるかもしれません。そのふたつは特に注意が必要な敵なので、常に警戒を怠らないようお願いします」


 質問がないようなので、俺は説明を続けた。

 

「そして──反り返った剣を持つ”闇の精霊使い”と鉢合わせした際にはその場でどうこうしようとせず、俺が到着するまでその場で待機していてください」


 すると、ハウンストン先輩が小さく手を上げた。


「ラルクロア様はその敵をかなり恐れているようですが、それほどの相手なのですか? その、闇の精霊使いというのは」


 俺はその質問に対して、


「先ほど説明したように、俺は一度相対したことがあるのですが、そのときは手も足も出ませんでした」


 そう答えると、弱いからじゃねえのかよ、と、誰だかわからないが、武術科生徒の中から聞こえてきた。と、


「ラルクの実力を知らねえボンクラがなに言ってやがる」


 今度は魔法科の生徒の誰かが言い返す。


「どうせ交流戦だってやらせだろ」


「まだそんなこと言ってる奴がいるのか! さすが頭が筋肉で埋め尽くされてる奴は言うことが違うぜ!」


「ほら、線なし君がさっき言ったこと忘れたの? みんな仲良く──」


 ヴァレッタ先輩が両者を宥めようとするが──、


「うるせえババア!」


「身内からも線なしってバカにされてんじゃねぇか!」


 武術科の生徒たちから飛ばされるヤジに、


「お、おやぁ!? いま言ったの誰かなぁ!?」


 ヴァレッタ先輩が笑顔を引きつらせる。

 すると、それを聞いていた魔法科の生徒が、


「武術科のクソが! ヴァレッタ先輩に対して何てこと言いやがる! 不敬罪で締め上げるぞ!」


「だいたいなんで班長が全員魚類から選ばれてんだよ!」


 声を荒げる。すると、ますます白熱し、


「うるせーぞ没が!」


「魚類は湖に帰れ!」


 と、いつ乱闘が始まってもおかしくない状況になってしまった。

 魚類とは、一年中青の湖で水中鍛錬をしている武術科の生徒を揶揄する隠語がだ──。


 こんなことでは先が思いやられる。


 (俺自身のことならいくらでも我慢できるが、うちの首席の悪口はさすがに看過できないということもあり)堪りかねた俺は──並んで立つテイランド先輩が気を放つより先に──小屋の中の空気を一気に氷点下まで落とした。


 悪態を吐いていた生徒全員(武術科魔法科関係なく)の髪とまつ毛が化粧を施したかのように白く凍りつき、顔の筋肉も固まり静かになったところで、


「見渡しの良い場所であれば班長は後衛でも構わないのですが、今回は見通しが悪く、進路も入り組んでいます。ですので、班長はすぐに進行方向を変えられる前衛から選出しました。それから、今回の任に意見がある人はここから去ってもらって構いません。殿下にも報告はしませんから、どうぞご自由に」


 そう説明した。

 室温を元に戻しても誰も出ていこうとしないので──、


「話を続けていいですか?」


 さっきまで凍っていた生徒が頷いているのを確認した俺は、さらに説明を続けた。


「手も足も出なかったのは俺だけではありません。イリノイ=ハーティス様も一撃を食らっていましたから、その男の実力はかなりのものだと言えるでしょう」


 師匠の評判が落ちるかもしれないが、一発食らったのは事実だ。

 あれは俺の感情を引き出すためにわざと受けたのだから、それをここで引き合いに出すのは気が引けるが──相手の怖さを生徒たちに植え付けるためだ、仕方がない。


「悪い、ラルク。カッとなった」


 頭が冷えたのか、魔法科の生徒たちが謝罪する。


「なにをボケッとしておる! 貴様らもさっさと詫びぬか!」


 テイランド先輩が武術科の生徒を相手に気を放つ。

 すると、武術科の生徒も謝罪し──ようやく作戦の開始となった。




 ◆




「線なし君、ちょっといい?」


 武術科の生徒は自分の得物を、魔法科の生徒は魔道具や魔石の最終的な確認をそれぞれしているとき、ヴァレッタ先輩が俺に声をかけてきた。


 先輩は俺の手を取ると──


「はいこれ。このまえ渡しそびれた腕輪」


 俺の手の中になにかを握らせた。

 ヴァレッタ先輩は、闇の精霊によって加護魔術が使えなくなることを考慮して、今回は俺と同じ第一班に入ってもらっている。

 城の奥にある封印された祠で待機する第五班に入ってもらう予定でいたのだが、どうしても、ということで第一班になったのだったが──


「これは……偽装の腕輪じゃないですか」


 それは舞踏会の直前に先輩が俺に見せた、姿を変えることができるとても貴重な魔道具だった。


「ほら、あの晩、バタバタしてて渡せなかったから。私の魔力がたっぷり入ってるわ」


「でも、いいんですか? まだあの依頼を完遂していませんが」


 カークライト=バシュルッツとの婚約解消の件だ。


「言ったじゃない。これはあくまでも相談料。依頼を達成できたら、そのときはもっとすごいものあげちゃうから」


 そう言って、はにかむような笑顔を見せた先輩に礼を言おうと視線を下げたとき、若干肌が露わになっている胸元が視界に入ってしまった。


「あの、先輩。少しばかり制服が乱れているようですが……先輩、ってもしかして──」


「あ! い、急いで着替えて出てきたから──え!? な、なに! そ、って、ち、違う! すごいものってじゃ──」


 先輩が慌てて胸元を整え始める。


「違っていたら申し訳ないのですが──」


「ち、違うというか、ち、違わないというか、で、でも、線なし君がこ、がいいって言うんなら、じゃ、じゃあ、い、依頼が達成できたら──」


「呼び合わせの石、ではないですか?」


「え?」


「ほら、実は俺も同じものを持っているんです」


 俺は常に肌身離さず持ち歩いている、ファミアさんから友達の証としてもらった呼び合わせの石を先輩に見せた。

 

 真っ赤な顔をしてあたふたとしていた先輩は、咳ばらいをひとつすると、


「そ、そのようですわね」


 えらく澄ました顔でそう言うのだった。




 ◆




「でも驚いたわ。線なし君が呼び合わせの石を持っているなんて」


 顔色を正常に戻したヴァレッタ先輩が、エルフ族が連絡に使うとても貴重な魔道具なのよ、と説明しながら俺の石に顔を近づける。


「だいぶ前に友人からいただいたのですが……」


 ──密着してくる先輩から漂う香りに、刹那、昔これをつけてくれたファミアさんとの記憶が鮮明に蘇り、懐かしさからつい頬を緩めてしまった。

 と、丁度そのとき、遠くからこっちを見ているアリーシア先輩と目が合ってしまい、変な気まずさを覚えた俺は咳払いをして誤魔化した。


「あ、ごめん。珍しかったから見入っちゃった」


 咳払いに気づいたのか、先輩は俺から少し離れると、


「ん~、でもこれ、もう魔力がないみたい。このままでは使えないわね」


 そう教えてくれた。


 あれから七年。さすがに使えないか。


 ファミアさんとも今は連絡を取る必要はないし、というかとれないし……


 まあ、思い出としてとっておこう。


「ねえ線なし君。私の魔力を注いでもいい? そうすれば地下のどこにいても私と連絡し合えるけれど……」


「そんなことできるんですか?」


 俺は伝報矢が使えない。ということは、任務中の連絡は、他人に任せるしかない、ということになる。

 毎度毎度誰かに頼むのも気が引ける、と思っていたところだっただけに──、


「──だとしたら願ってもないことですけど」


「りょうかい。じゃあちょっとそのまま動かないでね」


 先輩は、俺の呼び合わせの石を両手で包み込むと、口の中でなにかを呟き始めた。

 すると先輩の手がぼうっと光り、その光が手のひらの中に吸い込まれるように消えていく。


「はい。これでいつでも私と会話ができるわ」


「え、もう終わったんですか?」


 俺は石を灯りに透かすが──特に変わった様子はない。


「ええ。ほら。試してみて」


 先輩に急かされ、俺は前にファミアさんから教わったように、石に向かって話しかけようと──


『線なし君、聞こえますか?』


 直後、俺の脳内に先輩の声が響いた。

 俺は驚いて先輩の目を見る。


「こ、これって、声に出さなくても会話ができるんですか!?」


『ほら、練習。私の目を見て。相手を強く想ってそれを胸の中で声にするの。ほら、やってみて』


 そんな利用法だったのか。

 

 昔の俺は一生懸命石に話しかけていたが……

 

 ファミアさんとは使い方が違うのだろうか。


 俺は先輩に言われた通り、先輩と目を合わせると、先輩のことを強く思った。


『どう……でしょうか。聞こえますか?』


『ん~。本当に私のこと想ってる? ちょっと声が小さいんだけど……』


 そう指摘されてしまい、俺はさらに先輩のことを思った。


『これでどうでしょうか……聞こえますか?』


『さっきよりましだけど、まだまだ。ほら、私を見て。そして私のすべてを線なし君の心に焼き付けるの!』


 俺は先輩の顔を食い入るように見つめると、さらに先輩を思った。


『これでどうでしょうか! これなら聞こえませんか!』


『だいぶ良くなってきたわ。でもまだダメ。ねえ、線なし君。私のことを想う、っていうのは、ただ単に思うだけじゃダメなのよ? ヴァレッタ先輩、じゃなくて、ヴァレッタ=サウスヴァルトを意識して、強く、心の底から強く想うの」


 違いがよくわからないが、言われた通り、俺はヴァレッタ先輩ではなく、ヴァレッタ=サウスヴァルトを強く想った。


 すると──


『うん! 合格! いい? 次からはそれくらい強く想うのよ? そうでないと気持ちは伝わらないから』


『いや、伝えたいのは気持ちじゃなくて言葉なんですが』



 そのとき、脳内からではなく、耳から物理的に聞こえてくる咳払いに周囲を見渡すと──


 『やっと気づいた』

 『ヴァレッタ様が……あんなに見つめ合って……』

 『あのふたりって恋人同士なの?』

 『場所を選んでほしいよな』といった声と、


「はは! 本当にヴァルとラルク君は仲がいいな!」


 朗らかなアーサー先輩の笑い声が聞こえてきたのだった。



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