青年編 第三章 地下神殿と闇の精霊
第207話 聖女が望む褒美
大変お待たせいたしました。
大幅に改稿したため、今までの第三章は削除しました。
内容も大きく変わってきますので、新しい章としてお読みいただけると幸いです。
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「聖女エミリアに問う。汝は此度の件に於いていかような処罰を所望するか」
厳かな空気が支配する室内に、審議長の低い声が響いた。
正面に鎮座するアースシェイナ神の石像が、柔らかな笑みでエミリアを見下ろしている。
神と語らうかのように静かに瞳を閉じているエミリアを、神官ら教会関係者は固唾を呑んで見守っていた。
やや間を置き、ゆっくりとまぶたを開いたエミリアが口を開く。
「私は……私からの罰はすでに与えました──」
片膝をつくエミリアは、審議長から神像へ視線を映すと、
「──アースシェイナ様の下される裁きに従います」言葉に力を込めてそう答えた。
「せ、聖女様! それではあまりにも寛大すぎでは──」
「デニス神官、ここは神聖なる審議院。お静かに願おう」
立ち上がりかけた神官を審議長が諌める。
咎められた神官はそれでもなにかを言おうとしていたが、再び瞳を閉じるエミリアを見て、諦めたかのように席に着いた。
神官が、ちらと貫頭衣姿のスコットに目をやる。と、その顔には僅かに安堵の色が見え隠れしていた。
「では裁決を言い渡す!」審議長が分厚い書物の上に手をかざす。するとその手が、ぼうっ、と光を帯びた。
そして──
「元第一階級冒険者スコット。其の方にはカロッティア鉱山での強制労働を命じる。この罪は其の方の死を以って赦免とする。──以上!」
議長の宣告が審議院の冷たい石壁に反響すると、分厚い書物──罪人記録書にスコットの名と刑が刻まれた。
それと同時、スコットの顔が一転、驚愕に染まる。
「ふ、ふざけるな!!」
傍聴席から一斉にスコットに視線が向けられるが、しかし数十ある視線の中に、同情がこめられたものはひとつもなかった。
「カ、カロッティア鉱山だとっ! 俺は誰の命も奪っていない! 聖女だってこうして生きている! な、なぜ俺がカロッティアなどに行かされるんだ!」
スコットが手枷足枷の金属音を打ち鳴らしながら怨嗟の声を上げる。
「黙れ!」
「──ゥグッ! お、おい! エミル! 聞いてんのか! おいっ!!」
護衛に押し付けられながらもスコットが喚き散らす。
だが、エミリアは先ほどと同じ姿勢のまま、アースシェイナ神に静かに祈りを捧げ続けるのであった。
◆
顕現祭から二日、交流戦から数えると三日が経った日の午後。
審議院の柱の陰からスコットの判決を見届けた俺は、先に外に出てエミルを待っていた。
死ぬまで強制労働……
カロッティア鉱山といえば、王国内でも一、二を争うほどの過酷な労働を強いられる鉱山だ。
そこへは重罪を犯した者だけが送られる。
刑期を終える前に落盤や過労で死んでいく者も多く、咎人の墓場とも言われていると聞く。
スコットは命がある限りそこで酷使されることになるのだが──
劣悪な犯罪者だけが収監されるカロッティア鉱山であれば、いくら傲慢なスコットといえども、おとなしくならざるを得ないだろう。
少しでも生きながらえることを望むのであれば。
果たして重いのか軽いのか……
青の聖女を貶めたスコットを生かしておくことで教会側からの反発を招きそうだが、処刑してしまえばそれはそれで結果としてスコットの罪を暴いた聖女が殺したことになる。
生かさず殺さずの今回の処罰が妥当なのだろうか。
個人的な意見としては、この手でスコットの片腕くらい切り落としてやりたいところだが。
しかし、それはエミルの名を汚すだけの行為だ。
まあ、万が一スコットが逃げ出そうものなら、地の果てまで追って、そのときこそ鉄槌を食らわせてやろう。
とはいっても、あの鉱山から逃げられたものなど過去にひとりもいないのだが。
「大変お待たせいたしました、聖者さま」
しばらくすると、目立たないように深く頭巾を被ったエミルが審議院から出てきた。
諸々の手続きも終わったようだ。
「あれで良かったのか? エミル。師匠から『甘いんじゃないのかい?』って言われそうだが」
声をかけてきたエミルに近寄りながら確認する。
エミルの今の表情を見れば後悔などしていないだろうことは一目瞭然だが、それでも本心かどうかを聞いておきたかった。
「慈悲ではありません。スコットには命ある限り償いをしてもらいたいのです」
エミルは迷う様子もなくそう答えた。
『あの子は強くなる』──師匠の言葉通りか。
凛としたエミルを見て、妹弟子の成長を感じざるを得なかった。
「そうか。ならいい」
死罪を望んでいた教会側が煩く言ってこないのであれば、やはりそれでいいのだろう。
「だが一つだけ言わせてくれ。次にエミルが危険な目に遭ったときには、たとえそれがエミルのとった策だろうと、俺は全力でその危険を排除する──」
俺を見ていたエミルの瞳孔が微かに開く。
「──だからもうあんな真似はやめてくれ」
俺がそう言うと、エミルが安心したように笑みを浮かべ、
「はい。聖者さま。次は必ず事前にご相談します」
「いや、相談って……そうじゃなくて自分の身体を犠牲にするような──」
「はい。もう二度といたしません。お誓いいたします。それに……聖者さまが心から思ってくださっていることを知ることができたので……」
「……そうしてくれ。さあ、帰るか」
フードを深く被り直した俺は学院に戻ろうと歩き出したが、エミルはその場を動こうとしない。
「ん? どうした? エミル」振り返ってエミルを見る。
「あ、あの……私、聖者さまからまだご褒美をいただいていません……」
「なんだ? ご褒美って。欲しいものがあるなら次の休みにでも──」
「せ、聖者さまの胸、です……」
エミルが伏し目がちに答える。
「胸?」
俺はそんなエミルを見て首を傾げた。
「私、聖者さまの胸に帰るために必死で頑張りました。恐怖と不安で押し潰されそうでしたが、聖者さまの胸に抱いていただくために、それだけを思ってどうにか勝利を収めることができました。それで、えぇと……試合前のお約束……」
ああ、そういえばそんな約束した記憶が……
「それは構わないが、ここでか?」
「そ、それはいくらなんでも雰囲気がなさすぎです! 女子はそういうことも大切にするものなのです!」
エミルが手をブンと振り、口を尖らす。
「あ、ああ、ごめん。ならどうすれば……」
「こ、ここ、こ、今夜私の部屋にお、おいでいただけましぇんか!」
「今夜?」
今夜もいつものようにフレディアとリーゼ先輩と日課の鍛練を行う予定だ。
その前だったら一アワルくらいなら時間がとれるだろう。
「──鍛練前なら少しくらい時間はとれるが……」
しかしエミルはなんだかモジモジしている。
「あ、あの! で、できれば……その……少しではなくて、たくさんと言いますか……あ、朝まで……」
「あ、朝?」
それでは鍛錬が──というか、さすがに……
「はん!」
そのとき、どこからともなく鼻を鳴らす音が聞こえてきたことに、俺とエミルは反射的に身を縮こまらせた。
「エミルや。わたしはそこまで成長しろと言ったつもりはないんだがね」
恐る恐る振り返ると師匠の姿が。
「ひゃん!」
「あ! 師匠!」
エミルは、バネのように遠くに跳んだ。
◆
『ど、どうしてお師匠様はいつもいつも……七年前の神殿でも……』
戻ってきたエミルが不満そうにぶつぶつと呟いている。
「師匠も審議会を傍聴していたんですね。来るなら来ると言ってくれれば」
「たまたま近くを通っただけさ。審議会が荒れるようなら口を挟もうとも思ったが、そうならずに済んでなによりだね」
たまたまって……
なんだかんだ言っても師匠もエミルのことが気になって仕方がないのだろう。
教会がエミルの選択に異議を唱えなかったのも、もしかしたら師匠が睨みを利かせていたからなのかもしれない。
「おまえさんたちこの後は空いているかい?」
師匠が俺と顔を真っ赤にしているエミルに訊ねる。
「はい。俺は大丈夫ですけど」
「わ、私も、特には……」
「そうかい。なら少し早いが夕食でも食べに行こうかね」
「夕食……?」
師匠がそんなことを言い出すなどとても珍しい。
俺が驚いた顔で師匠を見ると
「なんだい。そんな呆けた顔して。いやなのかい?」師匠が顎をくいと持ち上げる。
「い、いいえ! そんなことはないですけど、ちょっとびっくりして……」
俺は正直な感想を述べた。
「はん! たまには師匠らしくしないとね。ほれ、どこかいい店は知らんのかい?」
「店……」
店、と言われても俺はルディさんの店くらいしか知らない。
「でしたら冒険者街に一軒、あることはありますが……」
「そうかい。それなら案内をお願いしようかね」
「で、でも師匠、師匠が行くような店では……それに目立ちますし」
他に店など知らない俺はルディさんの店をつい口走ってしまったが、味はともかく、あの店にイリノイ=ハーティスが訪れたら大変な騒ぎになってしまう。
それは一本線が来店したときとは比べようもないほどだろう。
とんでもない客ばかり連れて行く俺も出入りが制限されてしまうかもしれない。
そのことを師匠に伝えると、
「はん! 心配はいらないよ」
俺の心配をよそに、師匠は腕輪を取り出すとそれを腕に装着し、
「今夜は……そうだね。これでいこうかね」ニヤリと笑う。すると師匠の身体は淡い光に包まれた。
光の中で師匠の身体が徐々に変化していき──
「うおっ! わ、若い! 師匠! 師匠が若返った!?」
「き、綺麗です! お師匠様!」
俺とエミルの目の前で、それはそれは、見違えるほどに美しい女性に姿を変えた。
服装も今時の若い女性が着る、なんというか──そう、ふわっとしたものに変わっている。
その姿はどこかミスティアさんを思わせた。
といっても、俺の知るミスティアさんより、十歳ほど大人だが……
ミスティアさんが年齢を重ねたら、もしかしたらこんな感じになるのかもしれない。
俺は若返った師匠の容姿を見て、なぜか母様が頭に浮かんだ。
なぜだかはわからない。遠い昔にそんな思いを抱いた気もするが、すぐには思い出せなかった。
「はん! 外見なんざたかが肉の器に過ぎない。いずれ朽ち、そして果てる。大切なのは魂さ。肉体は有限だが魂は普遍さね。何千年、何万年と存在し続ける」
そう言うと師匠は「見てくれに騙されるんじゃないよ。ふたりともよく覚えておきな」と続けた。
たしかにこの姿なら元聖教騎士団長のイリノイ=ハーティスとは誰も気が付かないだろう。
俺もエミルもフードを深く被っていれば、目立つこともないか。
「──わかりました。では行きましょうか」
俺はとびきりの美女二人(?)を連れて冒険者街へ向かった。
◆
「ラルク。エミルも頑張ったんだ。今夜くらいは鍛練を休んで妹の願いを聞いておやり」
拾った馬車の中、師匠が俺に話しかけてきた。
「え? え? 師匠……?」
焦ってエミルを見ると、張り続けていた気が弛んだのだろうか、エミルは小さな寝息を立てて眠っていた。
どうやら今の会話は聞かれていなかったようだ。
「で、でも師匠──」
「わたしはティアやファムと同様にエミルも大事だからね。おまえさんがどうしたいかは知らないが、魂に従うんだよ」
母親がいたのなら、このような助言をくれるのだろうか。
冒険者街が見えてくると師匠は、
「青っ白い小僧には難しかったかね」
俺の鼻先を指で弾くと、ミスティアさんそっくりの笑顔で微笑んだ。
ばつの悪さを感じた俺は師匠から目を逸らし、話題を変えようと
「ところでどういう風の吹き回しです? 突然三人で食事だなんて」
御者には聞こえないように小声で質問してみた。
すると師匠は、すらりとした長い足を組みかえながら
「交流戦を踏み躙った黒幕に目星がついたからおまえさんたちにも知らせておくよ。──それと新しい任務も伝えなければならないからね」
「に、任務!?」
『交流戦の黒幕』という言葉より、『任務』という単語に必要以上に身構えてしまった俺は、唖然として師匠の顔を見ると──
冷笑を浮かべる師匠と目が合い、武者震いをするのだった。
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ラルクとエミルに新たな任務が課せられるところからスタートとなります。
今章では王都の地下の秘密が明らかになり、改稿前と同様、敵国バシュルッツの皇太子も登場する予定です。
ほとんどが書き直しのため、ゆっくりの投稿になるかと思いますが、お付き合いのほどよろしくお願いいたします。
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