第204話 幕間5 顕現祭と呪われた姫(後)



 城の門番に、陛下から授かった紫の紋章を見せる。


「今年の魔法学院には凄い生徒がいるらしいですね」


 城の門番は昨日の試合を見ていないらしく、俺が魔法科の制服姿であることから、そう訊ねてきた。


 師匠は『もう隠さなくていい』と言うだろうが、わざわざ自分で言うのも気恥ずかしい。だから


「……はい。見たこともない凄い光魔法でした。フレディアという一学年の生徒なんですが──」


 俺はさりげなく肩の刺繍を隠してフレディアの話で誤魔化すと、そそくさと換金所へ急いだ。






「また水晶貨か……」


 わかっていたけど……


 ずっしりと重たい革袋を弄びながら、どうしたものかと思案する。


 モーリスに預けるか……

 でもそうしたらまた勝手に使いこまれてしまうよな……

 

 今回持ってきたマールの花は全部で九十四あった。

 前回がたしか二十いくつだったからだいたい四倍くらいだ。

 で、マールの花ひとつがクレール金貨三十二枚。

 前回は三十五枚だったと記憶している。

 若干下がったのはエミルが難病も治癒しているからか。

 ともあれ手元には水晶貨が三十枚とクレール金貨が八枚。


「あの家が四個買えるってことなのか……?」


 モーリスが買い漁った魔道具は別としても、屋敷自体は四つ買える金額なのだろう。


 すごいな……

 それだけ仙薬の需要があるということか……


 そういえば神抗騒乱の報奨金っていくらだったんだろう。

 俺の報奨金はすべて師匠が管理していると聞いたが、そもそもどうしてモーリスが持っていたんだ……?


「ま、いいか。さしあたって使えるのは金貨八枚か……」


 金貨八枚。寮での食事は無料だし、来年以降も学院に残るかはわからない。だから、これだけあればどうにかやっていけるだろう。

 普通の生活を送れば、だが。

 この間のアーサー先輩のように、お店で大盤振る舞いなんかしてしまえばそれこそいくらあっても足りなくなる。


 まあ、平民の俺にそんな役は回ってこないだろうが。


 にしても、この水晶貨をどうするか。

 

 このまま寮に持って帰るのもな……

 こんな大金をしまっておけるような場所もないし……

 とすると……


「頼めるのは師匠かモーリスしかいないか……」


 そんなことを考えながら換金所を出ようとしたところ、「お待ちを!」──背中に声をかけられた。

 今この部屋には俺しかいない。

 だから俺のことを呼びとめたのだろうと振り返ると、


「あ! バル……」


 懐かしいバルジンさんの顔を見て、思わず名前を口に出しかけてしまい、慌てて言葉を飲み込んだ。

 ラルクがバルジンさんを知っている、となっては非常に拙い。


 するとバルジンさんはこちらに近付きながら、振り返った俺の顔を見て


『別人でしたか……』誰と勘違いしたのか、そう呟いた。


「お呼び止めして申し訳ない。私は王室専属薬師のバルジンと申します。素晴らしいマールの花を持ち込んでくれた方にぜひ礼を言いたくて、城で待っていたのですよ」


 バルジンさんは俺のことには気付いていないようだ。


「それはわざわざ……」


「いや、実は、応対した部下から『まだ若い少年が持ち込んだ』と報告を受けたので、七年前の商人がまた来てくれたのかと勘違いしたということもあるのですよ。いや、それにしても──」


 あれほどの品質のマールの花を一度に見たのは始めてだ、これで多くの病が治せる、と、バルジンさんが驚きと感謝を口にする。


 バルジンさんはキョウと勘違いしていたのか……

 覚えてくれていたんだな……


「私もあれは師から託されたものなのです。お役に立てたのなら師も喜ぶことでしょう」


「そうだったのですか。……失礼、貴方のお名前をお伺いしても良いですかな?」


「私は魔法学院一学年のラルクと申します」


「ラルク殿……やはり異なるか。いや、お引き止めしてすまなかった。とにかく感謝いたしておりますと、師にもお伝えください」


 そう言ってバルジンさんと別れた俺は、コンティ姉さんの執務室へ移動した。







 ◆







「──それで来てくれたの? 昨日の今日で疲れてるでしょうに」


「大丈夫ですよ。ミレサリア殿下の素晴らしい式を見て疲れなんて吹き飛びましたから」


 執務室へ着くと、ちょうどコンティ姉さんが戻って来たところだった。

 バルジンさんに捕まらなかったら留守だと思って寮に戻っていたかもしれない。


 「もっと落ち着いてからでよかったのに」と申し訳なさそうに言うコンティ姉さんに「早い方がいいと思いまして」と、答えながら勧められた席に腰を掛ける。


「それにしても昨日は見事な加護魔術だったわ。私だけじゃなくて全員が見惚れていたわよ、あの花吹雪。あそこまで見せたら、あなたとキョウが同一人物だって気が付いた人も、中には何人かいたんじゃない?」


 大きな腹がつかえて苦しそうに紅茶のカップを手にしたコンティ姉さんが、昨日のことを思い出しているのか、二重アゴを持ち上げて天井を見る。


「どうでしょう。俺はなるべく目立ちたくなかったんですけど」


「イリノイ隊長が動き出したんだものね。今も隊長のところへ行っていたのよ」


 「そうだったんですか」と、ふたりの話題は昨日の交流戦のことになった。




 コンティ姉さんから『神抗魔石が使用されていた』と聞いたときには驚いたが、師匠が対応してくれているといい、安心した。

 あんなものは二度と世に出回ってはいけない。

 ついでに師匠は裏方を炙り出そうと動き出しているそうだ。

 なにかあれば俺にも指示が飛んでくるだろう。


 俺はスコットのことも聞いてみたが、奴隷落ちは確実らしい。ただ、エミルが関係する協会は死罪を望んでいるらしく、最終的な決定にはもう少し時間がかかるそうだ。

 エミルがスコットの件を申告しなかった点については特に問題にもならないようで、反対にスコットを第一階級の冒険者にしてしまった冒険者組合に査察が入るらしい。

 俺はそのことにもなんとなく師匠の存在を感じた。








「ふふっ、あのリーゼがねぇ! ふふ、それで……ふふっ、ラルクはどうするの?」


「……笑い事じゃないですよ……」


 俺は話の流れで、今朝あったリーゼ先輩とのことを話した。

 コンティ姉さんはリーゼ先輩を騎士団に誘いたいらしく、去年から声をかけていたそうだ。

 それであればコンティ姉さんからリーゼ先輩に、俺と鍛錬することを止めてもらうよう口利きを頼もうと思ったのだが、


「いいじゃないの。お互い切磋琢磨し合えば。もっと強くなれるわよ? って言ってもラルクの邪魔になるんだったら逆効果だけど」


「別にそれは……俺もあの先輩の剣術は素直にすごいと思いますし……」


「ならいいじゃない。そうしたら深夜でも行き来できるように私が学長から許可を取ってあげるわ」


「まあ、コンティ姉さんがそういうのなら……」


「ねえ、ラルク。卒業したらリーゼとあの可愛い子と三人で騎士団にいらっしゃいよ」


 可愛い子とはフレディアのことだろう。


「リーゼ先輩もフレディアも他国の人間ですよ」


「あら、元は私も他国の人間よ?」


「まあ、そうですけど……」


「陛下に忠誠を誓えるのなら、国は関係ないの。まあ、七年前から厳しくはなっているけれどね」


 バークレイさんの部下だったカッターのことか。

 あの騎士が騒乱を招いたと聞く。


「それでも私の推薦があれば問題ないわ。あの子、フレディアは前に館に来た子でしょ? ロティが信頼できる人柄だって言っていたから一次関門は突破ね。それにあのまっすぐで真摯な光魔法を見れば性格もわかるわ。是非とも騎士団に──」


 騎士団は、毎年、魔法科、武術科の有望な生徒に早い段階で声をかけているそうだ。

 だがリーゼ先輩のことはともかく、俺とフレディアはすべきことがある。

 フレディアは公国の騎士、俺は師匠の任務だ。


 まあ、国を護る、という意味では共通するところはあるのだろうが。


「それでコンティ姉さん。俺を呼んだ理由ってなんですか?」


 前置きはそのくらいにして、俺はコンティ姉さんに本題について切り出した。


「そうね、少し長くなる話だけれど……」


 そう言ってコンティ姉さんは俺に話を始めた。


「昔、エルファリア王国というとても栄えたエルフの国があったの──」







 ◆







「そんなことがあったんですか……」


 コンティ姉さんの話はこうだった。


 コンティ姉さんは、遥か昔、エルファリア王国というエルフの国の貴族だった。

 しかしエルファリアは知能を持つ魔物に襲われ、今はもう滅亡してしまっている。

 そしてその際にコンティ姉さんの両親も命を落としてしまった。


 どうにか逃げ延びたコンティ姉さんは大陸を渡ってレストリア大陸に逃げ込み、そして何年もの間彷徨い、最終的にレイクホールへ辿り着いた──。




「私の本当の名前はコンティアーレ=ド=エルファリア。ああ、この名を口にするのはどれくらいぶりかしら」


「ちょ、ちょっとコンティ姉さん、ド=エルファリアってまさか、コンティ姉さんの家系って……」


「そうよ? 父は国王よ?」


「やっぱり……」


 そんな重大なことをさらっと……

 もう何年も前のことだからかもしれないが……

 というかコンティ姉さんはいったい何歳なんだろう。

 エルフ族は人族と違って寿命が長いと聞くが……いや、これは師匠に聞こう。

 女性に直接年齢は聞くなとモーリスが言っていた。


 しかしコンティ姉さんが亡国の姫君だったとは……

 今の見た目からは想像もつかないぞ……


「このことは……?」


「レイクホール辺境伯とスレイヤ国王、それにイリノイ隊長しか知らないわ」


「そんな重大なこと、どうして俺なんかに──」


「私の呪いを解いて欲しいからよ」


 唐突に耳に入った『呪い』という不快な音に、俺は反射的に全身が力んだ。


「呪いっていっても大層なものではないわ。まずはこれをみて」


 そう言ってコンティ姉さんは騎士服の上着を脱ぎ始めた。


「ちょっとコンティ姉さん! いきなりなにを──」


「あら、ラルク。こんな太っちょなおじさんの身体を見て興奮するの?」


 そうだった。

 別に身体は男なんだから気にすることはなかった。


「いえ、突然だったから驚いただけです……」


「見て欲しいのはこれなの」


 そう言ってコンティ姉さんが俺に見せてきたのは、右腕に嵌めた腕輪──いや、腕輪のようなもの、だった。

 元は腕輪だったのだろうが、今は皮膚と癒着して痛々しい状態になってしまっている。


「これは……」


「ラルクも以前使っていた偽装の魔道具よ。エルフの姿を偽るために嵌めていたのだけれど、ある任務の際に呪いを受けて、この通り外すことができなくなってしまったのよ」


「そう……なんですか……」


 コンティ姉さんが言うように、俺が知っている偽装の魔道具とは異なり、なにか禍々しいものを感じる。


「この呪いを解呪してもらいたかったの。この身体、大きくなる一方なのよ。もう重たくて業務に差し支えるようになってしまって……隊長からはラルクの力を使う許可をもらっているのだけれど、でも、ロティの呪いも解けなかったから、諦めた方が良いのかしら……」


 ロティさんの呪いは魂と癒着してしまっていた。

 まだ表面上に見えているコンティ姉さんの呪いであればあるいは……


「それはやってみないとわかりませんが……でももし姿が戻ってしまったらコンティ姉さんはエルフだってことが……その……」


「そのことなら心配はいらないわ。陛下にも相談済みだから。陛下はエルフであっても、虐げられることなく安心して生活できる国づくりを目指しておられるの。もちろんエルフ以外の種族もね。だから私がエルフの姿に戻るのは大歓迎だそうよ? そんな国になればロティも……外に出られるし……」


 そうか。

 自分が先頭に立ってその施策を広めていこうっていうわけか。

 であればなんとしてでも解呪したい。

 が──。


「でも急に姿が変わってしまったら騎士団の方々や、城の方々が混乱するんじゃないですか?」


「それは大丈夫。この身分証がコンスタンティン=オーヴィスと証明してくれるから」


 コンティ姉さんが、魔力を流すと本人の確認が取れる身分証をひらひらと振る。

 なるほど。そういうことであれば……


「早速試してみましょう」


「実は……ロティの呪いが解けなかったのに、私だけ解けてしまっては……という思いもあったのよね。でもロティに相談したら喜んでくれたわ。私がエルフと知って、ということもあるでしょうけれど、貴方に助けられるということを、とても」


「ロティさんが……そうですね。俺もロティさんのことは諦めていませんから」


 コンティ姉さんの呪いと違い、魂と一体化しているロティさんの呪いを解くには、やはり最高位の印が必要だろう。

 その域に達するまで、俺は諦めない。


「コンティ姉さん、解呪をする前に上着を用意して下さい。姿が戻ったら女性になるんですよね? そうしたら俺も視線のやり場に困るので」


「あら、そんなこと別に良いのに。真面目ね。まあでも隊長に知られたら殺されるどころでは済まないから──ちょっと待ってね」


 コンティ姉さんが適当な服を用意している間、俺は気持ちを整える。

 コンティ姉さんのためということは無論だが、その先にスレイヤの未来がある。

 なんとしてでも成功させたい。


「さあ、準備はできたわ。──よろしくお願いします」


「その前にコンティ姉さん、城内で加護魔術を使っても大丈夫なんですか? 精霊の光が外に漏れたりしたら驚く人が……」


 俺は粉々になってしまった腕輪を思い返して、少しだけ後悔の念に陥る。


「加護魔術は私も行使するから大丈夫だけれど、昨日みたいに都が真っ白になってしまうっていうのは芳しくないかしら……」


「じゃあなるべく力を抑えて解呪できるか試してみます」


 とすると、三位階程度が理想か……

 まあでも師匠が許可を出しているのであればいいか。

 一瞬で終わらせれば雷かなにかと勘違いしてくれるかもしれないし……


「──よし、善は急げです。とにかくやってみましょう」


 




 ◆






 ──結果。


「ラルク……見て……私の身体……自分の身体がこんなに軽いなんて……」


 使用したのは二位階の印。

 姿を戻したコンティ姉さんは、上着を着るのも忘れてはしゃいでいる。

 そして俺は部屋の隅で壁の模様を見つめている。


「コンティ姉さん。いいから服を着てください。こんなところを誰かに見られたら大変です」


「もう……わかったわよ。──はい、もういいわよ」


「でも上手くいって本当に良かったです。これでスレイヤも──」


 そのとき──


「コンティ、入るぞ、なぁ、ここにラルクが来てねぇか?」


 ノックもせずに、モーリスが扉を開けて入って来た。


「い、いや、これは申し訳ない! 部屋を間違えたようだ……し、失礼した」


 しかし、扉に背を向けて上着のボタンを留めていたコンティ姉さんの姿を見るや否や、慌てて部屋を出ようとする。

 コンティ姉さんは手早く着替えを済ませ、最後に胸元を整えると


「クレイモーリス殿下ったら、いやですわ。そんな余所余所しい態度をなさって。──ハッ! もしかして、私のこと、もうお忘れになってしまったのですか?」


 出て行こうとするモーリスに向かって、悲しそうな声で呼び止める。


 するとコンティ姉さんに向き直ったモーリスは


「い、いや、貴方のような美しい女性を忘れるなど、このクレイモーリスがそのようなことを……無論憶えていますとも! あまりにも美しすぎて記憶が錯乱してしまっただけです! そ、そう、そう、そうでした! お会いしたのはあの時です! ほら、あれは確か──」


 と、ここでようやく俺のことに気が付いたモーリスが


「げっ! ラ、ラルク! お前こんなとこでなにしてんだ!」


 後ろに飛び跳ねながら大声を出す。


「……殿下……いつもその調子なのですか……?」


「いつもその調子って、な、なにを……え、ま、まさかお前この美女とふたりっきりで! な、なろう! そんなこと俺が許さねえぞ! そ、そうだ、リアだ! リアに言いつけてやろう! ラルクが城で美女とイチャイチャしてたって!」


「……はぁ……本当に女性のこととなると……コンスタンティン様も殿下と普通に接してください。それじゃあ殿下が勘違いするのも当然です」


「あら、楽しかったのに……」


 慌てる殿下を愉快そうに見ていたコンティ姉さんが


「失礼いたしました、殿下。このように姿は変わりましたが、私は近衛騎士隊長コンスタンティン=オーヴィスでございます……わ」


 改めて自分の名前を名乗ったコンティ姉さんは、顎に人差し指をあてると、


「うふ」


 最後にあざとく小首を傾げた。







 ◆






「水晶貨三十枚ってお前……」


「この間のように、おかしな使い方はしないでいただきたいのですが」


 コンティ姉さんの部屋を出て、城の門まで俺を送ると言ってくれたモーリスに、水晶貨が入った革袋を渡す。


「わかってるって。俺だってこんなものそうそう使えねえって」


 モーリスは快く預かってくれたが──

 やはり一抹の不安は残る。


「──しかし本当にあの美女がコンティだったとはな……」


 革袋をしまいながら、モーリスがため息まじりに呟いた。


 コンティ姉さんが身分証に流した魔力を見てようやく信じたのだったが……


「でも殿下、あそこで年齢を聞いたのは不味かったですよ……」


 モーリスはあろうことか、コンティ姉さんに歳を尋ねてしまったのだ。

 『仰っている意味がわかりません』と、まったく笑っていない笑顔で返されていたが。


「だ、だって気になるだろう! あんなにむさかった中年のオッサンが超絶美女に化けたんだぜ!」


『俺にはカッコつけて忠告してたのに……』


「なんか言ったか!」


「いいえ。──そういえば殿下、俺を探してませんでしたか?」


 俺は、モーリスがコンティ姉さんの部屋に入ってきたときに、俺の名を口にしていたことを思い出して話題を変えた。



「ん? ああ、そうだ、忘れてた。あまりの衝撃で用事が頭から吹っ飛んじまってたぜ。──リアがお前が城にいるって気が付いてな」


「ミレサリア殿下が?」


「ああ、リアもお前に会いたがっていたが、巫女を務めた反動ですぐに眠っちまったよ。で、俺はお前に話があったからちょうど良いと探してたんだ。──なあ、ラルク、お前これから結構忙しくなるから覚悟しとけよ?」


「なんです? 忙しくなるって」


「お前は俺の直属の近衛騎士になるからな。近いうちに任命式がある」


「は、はぁ!? こ、近衛騎士!? ど、どうして俺が殿下の近衛なんかに!」


「おい、それはこっちの台詞だ。コンティの本当の姿をもっと早く知っておけば俺だってお前じゃなくて無理にでもコンティを指名してたっての」


「ちょっとどういうわけですか! だって俺はミレア……ミレサリア殿下の近衛を──」


「それはキョウだろ? ラルクは違う。イリノイ婆さんからの指示だから仕方なく受けてやったんだぞ?」


「し、師匠の?」


 そういうことか……

 俺を貴族の魔手から護るため、だろうな……


「あ~あ、コンティが良かったなぁ。なんでまたお前なんかと」


「……で、具体的には何をするんですか……俺は学生なんですけど……」


「基本は今のままで構わない。ただ俺が青の都から出るときには常に帯同してもらう。あ~あ、コンティが良かったなぁ」


 はあ……

 師匠もまた面倒なことを……

 この調子だとコンティ姉さんのことずっと言われそうだよ……


「ああ、そういや、ラルク、昨日の試合、フラっこが来てたの気付いたか?」


「え!?」


 俺が抗えない自分の運命に辟易としていたとき、モーリスの口から懐かしい名前が出たことに思わず立ち止まった。


「フラっこって、え? あのフラちゃんですか?」


「お前に何人『フラ』って女の知り合いがいるかは知らねえが、俺が言ってるのはあのフラっこだ」


 するとモーリスも立ち止まり、俺の顔を見る。


「本当ですか! ああ、気が付かなかったですよ! なんだ、言ってくれれば! あ~会いたかったな、フラちゃん! 元気にしてたかな……って、何人もいませんよ! 殿下じゃあるまいし!」


「おい、お前王子に向かって──」


「会いたかったなぁ! 今ではもう十二歳か!」


「チッ、まあいい。フラっこはお前の試合も見てたぞ?」


「そうなんですか。まだ都にいるんでしょうか。できれば会って話でもしたいところですね」


 俺はジャストさんたちの近況も知りたく思い、モーリスに確認するが


「いや、フラっこは……なんだ、あれはあれで結構忙しい奴……だからな」


 モーリスは奥歯にものが挟まったように曖昧な返事をすると「またの機会にしてやれ」と、先に歩き出した。


「あれ? 殿下はご存じなんですか? フラちゃんのこと詳しそうですけど……ま、まさか……」


 そのことを不自然に思い、モーリスを追いかける。


「馬鹿言うな! いくらなんでも俺があんなチンチクリンに手ぇ出すわけねえだろうが! まあ可愛くはなっていたがな」


「本当でしょうね……」


 慌てるところが却って怪しいが、さすがのモーリスでもそれはないだろう。


「……まあ、でもそういうことなら、いつか会える日を待ちます」


 俺はフラちゃんがしてくれたおまじないを思い出しながら、近くにいるのであればいつか会えるだろうと、再会できる日を楽しみに待つことにした。







───────────────────────



 実はコンティ姉さんも呪われた姫だったりしました。

 次回は少し時間が戻って、閑話『祝勝会の夜』になります。

 交流戦後のラルクがどのように見られているか、久々の登場となるあの人の目線でお送りします。

 一話で終わる予定……です。

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