第202話 幕間3 顕現祭と呪われた姫(前)
顕現祭当日──。
「踵に体重を乗せすぎだ。フレディアは軽いから打ち負けるぞ。騎士は姿勢も大切だが、実戦のときはもう少し前傾姿勢を意識してみたらどうだ?」
「あ、ありがとう。……ふう、さすがに素振り五百回の後の模擬戦は手が重いよ」
「ああ、しかも倍の重量の剣だからな。まるで他人の腕のような感覚だろう。──ああ、慣れてきたら素振りは千回に増やすからな」
「せ……わ、わかった。頑張る」
昨日は夜遅くまで祝勝会が催されていたので、日課の鍛錬ができなかった。
大講堂で全生徒の前に担ぎ出された俺たち交流戦参加者の七人は、さながら学院を救った英雄のような扱いを受けた。
さらに場所を寮の食堂に移すと、男女混ざって明け方近くまで騒いでいたのだ。
さすがに教官や寮長から注意を受けるかと思ったが、特別に大目に見てくれた。
それほどに意味のある勝利だったのだろう。
そのため今朝早くから鍛錬を行うことにしたのだが──話の流れで参加者が増えたのだった。
昨晩、俺の剣術について質問してきたフレディアと──
「ねえ、私は? 私はどうだった? どこか悪いところあった?」
なぜか広場で早朝から待ち伏せをしていたリーゼ先輩だ。
「リーゼ先輩に助言なんてありませんよ……ヴァレッタ先輩に一手で勝利したくらいですから……どうぞ」
俺は肩をすくめると、フレディアとリーゼ先輩の顔の前に水の玉を滑らせた。
「ありがと。だからあれは無効試合ってなったでしょ? 魔法師に不利なナントカって魔道具? のせいでヴァレッタさんも実力出せなかったんだから。あ〜もう一回ちゃんと闘いたい! ホントそんな真似したバカ貴族、剣の錆にしてやりたいわよ」
汗を水で流しながらリーゼ先輩が愚痴る。
結局、アーサー先輩とハウッセン先輩、そしてヴァレッタ先輩の試合は無効試合となった。
詳しいことは精査後に通達されるそうだが、やはり闘技場には魔法師に不利になるような細工がされていたらしい。
全試合を無効とするべきだ、や、交流戦自体をもう一度執り行うべきだ、との声も上がったそうだが、リーゼ先輩が勝利を辞退すると、他の武術科の生徒ふたりも辞退し、結果として武術科選手が有利な状況で勝利した三試合は無効となったのだった。
その経緯もいろいろとあったらしいが……
まあ、それらに関しては近いうちに師匠から話があるだろう。
「去年は惜しくも勝利できなかったそうですね」
ヴァレッタ先輩からそのことを昨日の試合後に聞いた。
三学年一クラスだったヴァレッタ先輩と、一学年一クラスだったリーゼ先輩は去年の交流戦で一度対戦していたそうだ。
その際はヴァレッタ先輩に軍配が上がったらしいが。
「なによ。悪い? だからこうしてあんたに鍛えなおしてもらってるんじゃない。歳下のあんたに頭下げて」
頭は下げてもらってませんが……
「ちなみに、さっき言ったようにいつもは深夜行なっているのですが……今日はたまたま──」
「私は構わないわよ。夜遅くだろうと朝早くだろうと。強くなるためだもの」
「いや、そうではなくて……さすがに他校の敷地に夜遅く来るのは──」
「大丈夫よ、そんなこと。強くなるためならまったく苦にならないわ」
「リ、リーゼ先輩、ラルク君が言っているのはそういうことじゃなくて、夜中に男子生徒と女子生徒が会うこと自体に問題があると言っているんです!」
趣旨をなかなか理解してくれないリーゼ先輩に、フレディアが直球を投げる。
「なによ、そっち? 私の国じゃそんなこといちいち問題にしないわよ? 古臭い考えね」
が、見事に打ち返されてしまった。
「古臭いって、学院典範で決められていることじゃないですか! 先輩も読みましたよね!?」
それでも食い下がるフレディアを、心の中で応援する。
「学院典範? なにそれ。知らないわよ」
「知らない……? と、とにかく先輩も女子なんですからもっと男子のことを意識してください!」
匙を投げたフレディアが頬を膨らませる。
フレディアの言う通り、リーゼ先輩は剣士としてもだが、女性としてもとても魅力的な人だ。
その証拠に、昨日の祝勝会に参加した男子の中にも、リーゼ先輩の美しさに魅了された者が大勢いた。
「なにようるさい。男子だの女子だの。ならあんたたちのどっちかの許嫁とでもしておけばいいじゃない。それならいつ会おうが、文句言われないでしょ?」
俺とフレディアは目を合わせ……
「さすがにそこまでは──」
「い、許嫁ぇぇぇえええっ!?」
朝の森にフレディアの声が木霊した。
◆
「交流戦が終わったからといって気を抜くなよ! では各班に分かれて警備実習を始めよ!」
ライカ教官の説明を聞いた生徒たちはめいめいに散っていく。
俺とフレディアも、うさぎ班と合流すべく集合場所へと向かうことにした。
「なんだかみんなよそよそしいね……」
「そうか? まあそのうち元に戻るだろう」
フレディアに「気にするな」と言いはするが──。
こうなるとはわかっていたが、実際そうなると……
『はあ……』
心中は複雑だった。
昨日食堂まで来た生徒たちとはそこそこ打ち解けたのだが、大講堂の祝勝会で帰ってしまった生徒たちとはまったく面識がない。
そしてその先輩や同学年含めた生徒たちが、俺たちのことを遠巻きに見て、ヒソヒソと話をしているのだ。
「ラルク君、また見てるよ……」
「気にするな」
「ラルク君、あっちも……」
「……気にするな」
──そう。
俺はいいのだ。そんなことは慣れているし、まったく気にならない。
「そう言われても……ラルク君……」
他人の視線に敏感すぎるフレディアに閉口させられているのだ。
「巨神」の際にも噂にはなったが、フレディアの活躍を目撃していた生徒は少ない。
だから噂といっても主にフレディアの容姿についてのものが多かった。
フレディアは容姿について噂されるのは慣れているらしいのだが、なぜか今回は神経質になっているのだ。
おそらく前回と違って男からの視線が多いからだろうが……
「いいから気にするな」
俺としてはそう言うしかなかった。
「さあ、点呼を取るわよ! うさぎ班! いち!」
「に!」
「さん!」
「よん……」
「ご!」
「よし! 全員いるわね! じゃあ、出発ぁつ!」
取る意味があるのかわからない点呼を終えた俺たちは、学院の敷地を出て運河通りへ警らに向かった。
「ラルク君、あの話どうするつもり?」
「ん? なんだ? あの話って」
敷地を出てすぐ、隣を歩くフレディアが話しかけてきたが、俺はなんのことかわからずに聞き返した。
「ほら……ラルク君の許嫁希望のことだよ」
今朝のことだということはわかった。
だが歪曲した捉え方をしているフレディアを矯正しようと──
「おい、フレディア。なぜ俺の許嫁に──」
「い、許嫁!? ラルク君、許嫁がいるのッ!? ウソッ!」
だが俺たちの会話を聞いていたアリーシア先輩が騒ぎ立てたため、俺は先にその誤解を解いておこうと考えを変える。
「違います。アリーシア先輩──」
「だれだれ? 誰にも言わないから教えてッ!」
ああ、そうだった。
アリーシア先輩は早とちりの天才だった。
「うさぎ班の仲間なんだからいいじゃん! ね? ね?」
喉を凍らせようか、それとも脳を焼いてしまおうか考えていると
「ア、アリーシア、せ、線なし君にもいろいろ事情はあると思うの。だ、だ、だからそういう繊細なことは、か、軽々しく聞くものではないわ」
「そうだとも。神聖な場所に土足で踏み込むのは良くないぞ?」
……ヴァレッタ先輩もアーサー先輩もなに言ってるんだ?
そうか。
まとめて氷像にシテシマエバイインダ。
「ち、違いますよ先輩たち! ラルク君はリーゼ先輩から一方的に求婚されているだけで、ラルク君の気持ちはこれから確認しようと──」
「リーゼから!?」
「紅の剣姫!?」
「なんと!」
「……」
そっか。
フレディアを灰にシテシマエバイインダ。
この後、俺は先輩たちに朝のことを話したものの──うさぎ班のみんなに理解してもらえるまで、かなりの時間を要した。
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