第192話 交流戦2 『揃った顔ぶれ』



 顕現祭前日──。

 交流戦まで一アワル。




 魔法科学院大闘技場、特別観覧席。

 ここからは闘技場で行われている試合はもちろん、円形の観客席も一望できる。


「こんなに大勢の観客の前で戦うなんて……」


 エミルの言うとおり物凄い人の数だ。

 先ほどまでここにいた学長からの説明にもあったが、今日は予想していた倍以上の観客が学院に足を運んでいるらしい。

 二の鐘の開始を前に、一万人収容可能な大闘技場はすでに満席となっている。

 そこで入りきれなかった来場客に対しては、急きょ、中闘技場、小闘技場、魔法演習場も解放することになった。

 直接試合を見ることができない大闘技場以外の会場では、風魔法で声を運び、試合の実況をするらしい。


「ええ、王族や貴族もあの席から見ているらしいですよ」


 エミルの他にも五人の生徒がいるので、砕けた口調は不味い。

 俺は、特別な細工で外からは見ることができなくなっている貴賓席を指さしてそう言った。

 俺たちがいる特別観覧席も、貴賓席と同じ仕様になっており、外から見ることはできない。

 つまり、ここにいる七人の試合参加者の姿を、観覧席から確認することはできないということだ。

 対面にある武術科学院の選手たちが控える観覧席も同じだ。会場からも俺たちからも、そして貴賓席からも見えない。


「しかしエミリア教官が教官枠だったなんて。試合場に下りたら大歓声間違いなしですね」


 選手枠五人のうちのひとり、四学年一本線の先輩が会場を見下ろしながら言う。

 先ほど学長を交えて行なった壮行の儀の際に紹介された男の先輩で、ハウッセンという名の第四階級魔法師だ。

 ハウッセン先輩の言うとおり、誰もが驚くだろう。


 青の聖女が交流戦に参戦する──。


 俺もここに集められたときにそのことを知り、開いた口が塞がらなかった。


 エミルの表情から察するに、いやいや出場する、ということではなさそうだが──。


 ふたりになる機会があったら、なぜ人前で戦うことを選んだのか、その経緯を聞かなければならない。

 いや、それを言うならこの男にもか。


「まさかお前もここにいるとはな、一杯食わされたよ。フレディア」


 緊張から顔を青ざめさせているフレディアを細い眼で見る。

 あれだけ一緒に行動しておきながら、よくもまあ今まで黙っていられたもんだ。

 噂ではちらっと耳にしていたが、まさかフレディアも選出されていたとは──。

 俺も人のことは言えないが、嘘など吐けなさそうな顔のフレディアに見事に欺かれたことに苦笑いを浮かべた。


「それには僕も同感だよ。ラルク君はわかるけど、どうして僕なんかがここにいるのか……」


 まあ、今の学院の流れからすれば、巨神を倒したフレディアが選ばれることに何ら疑問は感じないが。


「ヴァレッタ先輩も人が悪いよな。俺とフレディアが参加者と知りながら同じ班なんかに──」


「おや? うさぎ班の悪口を言っているのは……この口かな?」


「い、痛へへ! はれっはへんはい! は、はるふりらんれいっへわへんほ!」


 後ろから覗き込んできたヴァレッタ先輩に両頬を抓られて慌てて弁解する。


「ならば良し! 君たちはお互い仲間なんだから不信感なんて募らせたらだめなんだからね!」


 誰のせいですか……と言いたいところを堪えて頬を擦る。

 


「あ! ルディちゃんたちだ! 良かった。大闘技場に入れたんだ」


 ハウッセン先輩の隣で会場を見渡していた、同じく選手として出場するアリーシア先輩が、満席の会場の中から知り合いを見つけ出した。


「お、それは良かった。先日、お店でヴァルが豪語しちゃったからね。いい試合を見せないといけないな」


 アーサー先輩が意気込むと


「目標はもちろん全勝よ。負けたらきっついお仕置きが待ってるから覚悟してね? 特にうさぎ班」


 ヴァレッタ先輩も発破をかける。

 特にうさぎ班って、七人中五人じゃないか。

 というか、うさぎ班全員が選手じゃないか。

 

 ……これはなにか作為的なものを感じるんだが……?


 俺はヴァレッタ先輩にこそ不信感を募らせた。



 今この場に一アワル後に始まる交流戦の参加者七人が、始めて揃ったことになる。

 生徒枠としてフレディア、ハウッセン先輩、アリーシア先輩、アーサー先輩、ヴァレッタ先輩。

 教官枠にエミル。

 そして特別推薦枠として俺、の計七人だ。


 この七人が二万を超える観衆の前で戦いを繰り広げることとなるのだった。





 ◆





「エミリア教官、少しお時間よろしいでしょうか」


 俺はタイミングを見計らってエミルに声をかけた。

 

「ラルク……」


 エミルが下を向く。

 なにか俺と話したくない理由でもあるのだろうか。


「ちょっと外に出ませんか?」


「……あ」


 俺は躊躇っているエミルの手を引くと、五人に一言断ってから観覧席を出た。





 ◆





「エミル、いったいどういう風の吹きまわしだ? エミルが交流戦に出るなんて。師匠が知ったら驚くぞ?」


 誰もいないことを確認した階段の踊り場で、俺は居ても立ってもいられずに真っ先に質問をした。


「聖者さま……聖者さまが試合に出られるようになって私、本当に嬉しいです」


 しかしエミルはそれには答えずに、俺の参加を喜ぶ。


「ああ、それには俺も驚いたが、どうやらヴァレッタ先輩が裏で糸を引いているようなんだ。──で、エミル、どうしてエミルが選手なんだ? 誰かに出るように言われたのか?」


「聖者さま、今日こそは本気を出して下さいね。私も全力で応援しますから」


「本気を出すかは相手次第だが、エミル、俺の質問に──」


「駄目です。絶対に本気を出して下さい」


「……エミル、どうして俺の目を見ようとしない? なにか隠していることでもあるのか?」


 なかなか俺の質問に答えようとしないエミルに痺れを切らし、俺は少しだけ口調を強めた。

 しかしそれでもエミルは下を向いている。


 俺はエミルがなにを考えているのかわからなくなり、ただ俯くエミルを黙って見つめていた。



 しばらくお互いの間に無言が続き


「聖者さま……今日、試合中になにが起こったとしても冷静でいてください……」


 ようやくエミルが声を発した。

 消え入るような小さな声だったが、俺にははっきりと聞こえた。


 なにが起こったとしても冷静で──。


「エミル? それはいったいどういう──」


 聞こえはしたが意味までは理解できなかったことに意図を尋ねる。


 だがエミルは──


「あ、第一試合が始まります! 聖者さま、戻りましょう!」


 俺から逃げるかのように観覧席へと戻っていってしまった。


「……」


 俺を避けるようなエミル。

 そんなエミルを見たのは初めてだった。




 

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