第172話 『一本線』対『線なし』




 声のした方へ目をやると男の三人組が近寄ってきていた。

 他の席ではまだ数人の生徒が食事をしているが、その三人を横目で窺っているだけで、誰も関わろうとする素振りは見せない。

 やがて三人は俺たちの席の前まで来ると、ひとりの男──金髪で髪を短く刈り込んでいる──が


「学長に頼みこんだんだって? 紅白戦でぼろ負けして退学になるのが嫌だから中止にして下さいって」


 腕を組んで見下ろす。


 歩きながら悪態を吐いていた声の男だ。


「君が線なしか……ひとつ確認したいんだけど、学院に流れている噂は本当なのかい?」


 続いて黒髪の男が睨みを利かせる。


「おい線なし、線なしの分際でエミリア教官やミレサリア様と気安く喋ってんじゃねーよ、誰の許可を得てんだよ、お前は、あ?」


 相手のクラスを確認すると──全員線が一本。

 ということは一クラス。

 一学年ではないから、二、三、四、のどれかの学年だろう。


「ラルク君、行こう」


 男たちの制服の刺繍を確認しているとフレディアが俺の手を引いて立ち上がる。


「おい、待てっ! まだ話は終わっていないぞ!」


 俺とフレディアは相手にせず、部屋に戻ろうと男たちの間をすり抜けようとした。が、


「おい、こいつ、光の貴公子じゃねーか?」


「なにをするんですか!」


 突然俺の手を離して立ち止まったフレディアを不思議に思い、どうしたのか、と確かめる。すると、茶髪の男が俺の手を引いていたのとは反対側のフレディアの手を掴んでいるのが見えた。

 エミルやミレアと気安く話すな、と言った、口の悪い男だ。


 するとそれとは別の黒髪の男が俺たちの前に回り込み、


「待てと言っているんだけど、聞こえないのかい?」


 立ちはだかる。


『──はぁ……』


 もはや面倒事は避けられないような空気に小さくため息を吐く。


「──痛ッ! な、なにするんだ!」


「おい、見ろよ、こいつの手、女みたいだぜ! ってか、こいつホントは女なんじゃねーの?」


 茶髪の男がフレディアの手を力任せに握ったようだ。

 フレディアが眉をしかめて痛む手首を摩っている。


「バード、年下の生徒を相手に手を出すような真似は控えてくれ、今日は線なしに話を訊きに来ただけだ」


「別に手なんか出しちゃいねーよ、軽く握って挨拶しただけだっての」


「とにかく君は黙っていてくれ、僕が話をするから」


 黒髪の男からバードと呼ばれた茶髪の男は『へいへい』と言いながら一歩下がる。

 黒髪の男の方が格が上なのだろうか、それともただ単に面倒がっているだけなのだろうか。


「連れが痛い思いをさせて済まないね。しかし、それくらいで済んでいるうちにさっきの質問に正直に答えてもらえるかな?」


 言葉尻は丁寧だが、威圧するような視線で黒髪の男が俺とフレディアとを交互に見る。

 

「……ところでいったいあなた方は?」


 この学院では貴族や平民といった立場は関係ないが、『上級生に対する敬意は忘れるな』と説明会の際に教官から指導されている。

 この三人が俺より上の学年ということはわかっているから、敬うようにを忘れずに接する。


 突然失礼なことを言ってきた上級生に礼儀が必要なのかはどうにも疑問だが。


「ああ、僕は三学年一クラス、リオン=フェイラー。こっちはオリヴァー、こっちはバードだ。君たちは名乗らなくていい、君が線なしで、そっちの君が光の貴公子、だね?」


 三学年か──。

 突然魔法を放ってきたあの先輩と比較すればまだまともなのか……?

 短髪の男はオリヴァーと言うらしい。


「それで、三学年の先輩方が、俺たちなんの用事でしょうか」


「正確には君に用事があるんだけどね」


「俺に、ですか? であれば見ての通り今は時間がありませんので、後日改めていただけますか」


「お前、上級生に向かって──」


「いいからバードは黙っててくれないか? あまり怖がらせたら萎縮してしまって却って答え辛くなってしまうだろう?」


 黒髪のリオン=フェイラーがそう言ってバードを窘める。


「線なし、さっき言った通りだ、僕の質問に正直に答えるなら時間は取らせないよ。 ……まあ、質問の回答にもよるけどね」


「質問……?」


「お前、俺たちの話聞いてなかったのか? お前のせいで化け物たちと戦わなければならなくなって迷惑してるんだって、武術科の奴らがのさばるのを一年間我慢しなければならないんだぞ? お前どうやって責任を取るつもりなんだよ」


 金髪で短髪の男、オリヴァーが詰め寄って来る。


「という噂が流れているようなんだけどね……今日はその事実を確かめに来たんだよ。いくらなんでも本人に確認することなく制裁を加えるほど僕たちも野蛮じゃないからね」


 まあ、確認するまでもなくわかってはいたことだ。

 これから先、どれだけの数こんなのを相手にしなければならないのか、と、想像するだけで嫌気がさしてくる。


「そのことですか……答えることは一向に構いませんが、その前にまずは──」


 俺は後ろで他の席の生徒を威嚇しているバードに視線を送り、


「そっちの先輩、フレディアに謝罪をしてもらえますか?」


 まだ手首を抑えているフレディアを前に押し出す。


 場の空気がピンと張り詰める。


「おい、お前、なに調子に乗ってやがんだ? あ?」


 茶髪がそれに気付き近寄って来ると


「ラ、ラルク君、僕は平気だって! なんともないから!」


 フレディアがその分後退りする。


「いや、それは違うぞ、フレディア? 野蛮でないのなら謝罪くらいできるはずだ」


「お前、誰に向かって──」


 顔を赤くしている茶髪に向かって


「もっとも南方の野蛮人なら言葉が通じないかもしれないがな」


 駄目を押す。

 

 あれ? 南方の蛮人"隠れ者"って、言葉が通じたんだっけ?

 ま、どっちでもいっか。

 

「てめぇ! リオンが優しく言っているからって図に乗りやがって、線なしのくせにでけぇ面してんじゃねーぞ!」


「バード、よせ! ここでは不味い!」


 激高したバードはリオンの制止にも耳を貸さず、俺へと詰め寄ってくる。

 そしてそのまま俺の制服の襟首を掴むと──右手を振り上げた。


 俺はあくまでも被害者でいるために、先に一発受けておいてからバードを吹き飛ばしてやろう──と、左頬にステアの加護で簡単に障壁を張る。

 あまり硬化させてしまって逆にバードの手を傷付けたら気の毒だ。まあ、自業自得だからそこまで気を遣う必要など皆無なのだが。

 冷静さを欠いてすぐに暴力に訴えるなど、主に後衛を任される魔法師にとっては致命傷だ。

 カッとなって前衛より先に攻撃を仕掛けて、真っ先に潰されてしまってはパーティーが全滅する。

 そんなこと、一学年の春に習うことなのだが──。


 それぐらいの思考ができるほどに、バードの動きは緩慢だった。


 そして、バードの右手が俺の顔面を打ち抜くその直前、


「なにが不味いんだ? リオン?」


 突如俺の後ろから声が聞こえ、その声に気が付いたバードが態勢を崩しながらも右拳の軌道を逸らす。

 そのためバードの攻撃は、

 ──ブンッ! という風の音をさせ、俺の鼻先を掠めて空振りした。


 しかし──


 あ、ばか、リーファ! それじゃ俺が悪者になる!


 すでに使役していたリーファの怒りは収まらなかったようで、バードの拳が俺の鼻先を通り過ぎた時点で術は勢いよく行使された──


「っと」


 ──が、俺が僅かにリーファに干渉したために、間一髪のところで、

 ──ブゥォオオンッ!! とけたたましい音を立て、バードのコメカミすれすれに後方へと吹き飛んでいった。


 俺はそれをすぐさま消滅させる。

 そのままでは寮に風穴が開いてしまうからだ。いや、風穴じゃすまないか。

 ミスティアさんがジゼルさんの店を破壊してしまったように、俺は大切な寮を木端微塵にするようなことはしない。


 ふう、リーファ、あまりやり過ぎると寮を追い出されるぞ?


 心の中でリーファを宥めつつ、バードの無事を確認すると……


 床に座り込んだ茶髪の男(左側の頭髪が綺麗になくなっている)は、完全に白目を剥いていた。


 ちょっとやり過ぎだろ、これ……

 でもこれでもう絡んでこないか……


 いいや、早いところ部屋に戻ろう、と、フレディアを連れてこの場を後にしようとしたとき 

 

「ア、アーサー様! ヴァ、ヴァレッタ様!」


 リオンが声を上ずらせて叫ぶ。

 目をやると、震えながら俺の後ろを見ている。


 ああ、さっきの声の主か……


 俺が後ろを振り返ると──


「ほう、君が線なしか──」


「ね? ね? 私の言った通りでしょ?」


 制服を着た男女が立っていた。


 右肩の刺繍は──一本だった。




 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る