第171話 シュヴァリエール騎士勲章



「ん? 夕食を終えたら、と言わなかったか?」


 午後の授業も終わり、書物院で調べ物をした後、寮に戻るとフレディアが俺の部屋の前に立っていた。


「あの報告を読んで夕食が終わるのを待つほど礼節に欠いてはいないよ。方々探しまわったんだけれど見つからなかったから、最終的にここで待たせてもらうことにしたんだ」


 そう言うとフレディアは膝を折り腰を屈める。


「親友ラルク君、このたびは僕の妹ばかりでなく、グランシュタット家及びその家臣、さらにはシュヴァリエール公国をも救ってくれたことに、心から感謝を申し上げます。シュヴァリエール公国元首、ガラム=グランシュタットに代わり、シュヴァリエール公国公子、フレディア=グランシュタットが最高位の礼で以てラルク君にシュヴァリエール騎士の称号を授与いたします」


「お、おい、なんだよ突然」


「や、初めてのことで慣れてなくてごめん。ラルク君、これは我がグランシュタット家に伝わる勲章なんだ。とりあえずは僕の物で申し訳ないが、次にシュヴァリエールに訪れた際には新品と交換させてもらうから、どうか受け取ってほしい」


 そう言って銀に輝く塊を手渡してくる。

 見てみると、八本の剣が中心から花弁のように広がっており、右側に盾、左側には鎧を模った細かい彫り物がされた勲章だった。

 ずっしりと重く、一目で高価なものだとわかる。


「フレディア、いったいこれは何のつもりだ、俺にはこのような大それたものを受け取る資格など──」


「シュヴァリエール公国五千の民の命は大したものではない?」


「ッ! フレディア、俺は姉君にはくれぐれもこのことは、弟であっても口外しないでほしいと──」


「姉様は決して決まり事を破ったりはしない。シュヴァリエール騎士の名に懸けて。姉様は国に起こったことを次期大公である僕に報告しただけだよ。その報告書にはこう書いてあった。一年間続いた日照りは終わった、ばかりでなく、恵みの雨が齎され大地は潤い、お陰で儀式は取り止めとなり私の命は救われた。ゲルニカによって起こされた謀反はすぐさまその場で制圧され、死を免れないほどの毒を盛られた大公と大公妃、家臣の全員は一命を取り留めた、と」


 たしかに事実に違いないけど……

 レイア姫……フレディアに隠すつもりないでしょ……


「そして最後に、信じられぬかもしれないが、これは僅か三アワルのうちに起きたことだ。一千年分の執務に追われ忙しくはあるが国の秩序は保たれている、と」


「……へ、へえ、なんか、大変そうだな……フレディアのところも……」


「ラルク君……朝大変だったって……」


「いや、それは姉君の能力に対してで──」


「僕も初めは目を疑ったよ。しかし僕はこんなことができてしまう人を知っているんだ。──いや、こんなことができる人、僕はひとりしか知らない! ラルク君を知らない人であればまだしも、ラルク君を知っている僕が、ラルク君を目の前にして、国の未来を救ってくれた恩人を前にして、その恩義を伝えることもせずに知らないふりをするなんてできるわけがないじゃないか!」


「フレディア……」


「ぼ、僕だって国がここまで酷い状況だったなんて……なにも知らず、なにもできずにいた僕がどれだけ感謝しているか……本当に、本当に……ラルク君……あり……がとう……」


 両膝を床についたフレディアが、咽びながら涙を流し始めた。


 幸い俺の部屋は一番奥で、人の気配もないからいいようなものの、フレディアのとった予想もつかない行動に面食らってしまった。

 しかし普段は冷静沈着な貴公子が、こんなにも感情をさらけ出しているんだ。

 俺だって、唖然として突っ立っているだけってわけにはいかない。

 

「フレディア……いや、いいんだ、俺はただ目の前のことに対処しただけで……その、とった行動のすべてが正しいかわからないが……」


 つるぎの門とか破壊してしまったし、頭にきたから爺さんとか容赦なく凍らせてしまったし……


「──ほら、とにかく立って顔を上げてくれ」


 フレディアの手を取って立ち上がらせる。


「ではフレディア、この勲章は友情の証として受け取らせてもらう。だが、フレディア、この話は──」


「わかってる、ここだけの話にする。誓って他言はしない」


「一年後は妹君の呪いを解くためフレディアも一緒に帰るんだぞ?」


「ああ、そのつもりだ。──ありがとう、ラルク君」


 がっちりと握手をした俺とフレディアは、俺の用件を伝えるために部屋の中へ場所を移動した。






「適当に座ってくれ」


 俺がそう言うなり、すっかり落ち着きを取り戻したフレディアが、寝台に腰をかけて興味深そうに部屋の中を見回す。

 

「へえ、ここがラルク君の部屋なんだ……」


「造りはどの部屋も同じじゃないのか?」


 フレディアに声をかけながら、ジュエルがなにかいたずらをしていないか、部屋の中を確認して回る。

 さすがにそこまではしないだろう──と思いつつも、会話を遠くまで運ぶ魔道具とか、この部屋の状況を映し出す魔道具がどこかに置かれていやしないだろうか、と必死に探るが……さすがにそれはなさそうだった。そもそもそんな魔道具があるかどうかも知らないが。


「ラルク君、それで話って……」


 部屋に違和感がないことを確認した俺は、椅子をフレディアと向き合うように移動して腰を下ろすと


「ひと月後に行われる顕現祭に間に合うように、シュヴァリエールから青の都までの街道を整備してきた」


 本題に入った。






 ◆






「……というわけで、ここまでの道中の危険はすべて排除しておいた。まあ、レイア姫は政権の建て直しに追われてそれどころではないかもしれないが、良かったら伝報矢を放っておいてくれ」


「……ラルク君……剣の門からの街道を整備って……確かにあの街道は魔物が出るため封鎖されていたけれど……いったいどうやって……」


「シュヴァリエールからスレイヤまでが、昔のようにひと月で往来できるようになった。だがその分、盗賊やら奴隷商の類が蔓延るかもしれないから、警備を手厚くする必要がある。まあ、それに関しては心当たりがあるから安心して使ってほしい」


 俺がフレディアに伝えたかった話──


 スレイヤ、シュヴァリエール二国間の街道を整備したことを伝えた。

 整備と言っても魔物を排除し、草木を刈り、くねっていた部分を多少直線に矯正した程度だ。

 利用できていたという当時のままに再現したつもりだが……便利になり交通量が増えれば、その分行商人や通行人を狙う賊の格好の稼ぎ場所になってしまうかもしれない。

 あまりにも不都合が生じるようであれば開通することはできないが、念のため書物院で過去の街道の様子を調べたところ、特に問題はなさそうだった。

 そのあたりのことも含めて、後日コンスタンティンさんに警備関係の相談をするつもりだ。

 事後報告にはなってしまうが、元聖教騎士のコンティ姉さんなら、『"精霊の郷"へ続く”精霊の道”』と説明すれば納得してくれるだろう。

 ダメだったらそのときは元に戻せばいい。

 


「ありがとうラルク君! 顕現祭に来られるかどうかはわからないけれど、早速姉様に矢を放つよ!」


「あ、フレディア、そうしたらついでに──」

 

 ささっと師匠と城の詰所への矢も頼む。

 その後、昨日の顛末や今後の予定などを話し合い、良い時間になったところで、ふたり揃って食堂へ向かった。





 ◆





「しかし姉君の能力には驚かされたぞ……」


「ラルク君がそれを言う? 姉様なんて今ごろ夢でも見ていたんじゃないかって頬をつねっていると思うよ?」


 瞳を見て発言の真偽の判断ができることもそうだが、


「匂いで弟の心理状態までわかってしまうんだぞ? シュヴァリエールの人はみんなその能力を持っているのか」


 もうひとつの特殊能力のことだ。


「い、いや、そんなわけないでしょ! 姉様だけだよ……それにあれは能力ってわけでは……姉様はあの瞳の能力のせいで人間不信に陥ってしまっていたんだ。そんな姉様が心から信頼しているのは僕たち家族だけだった。だから、僕や妹に対する愛情が異常なほどに深いんだ……だから、その延長でおかしな特技を身に付けてしまったみたいなんだよ……」


「深い愛ね……」


 俺にも過去、弟がひとりと双子の妹がいた。

 今でも最愛であることに変わりはないが、匂いだけで健康状態がわかるかといえば、そんなことできやしない。

 そう考えるとミレアさんのフレディアに対する愛は、よほど強いものに違いない。

 なおのこと顕現祭には参列してほしいものだ。






『おい、あいつじゃねーのか? 紅白戦の……』

『線なし……あいつで間違いないないな……』


 フレディアと長いこと部屋で話をしていたために、食堂が最も込み合う時間からはだいぶずれている。

 それでも数人いた生徒たちの中から、"噂"に関する囁き声が聞こえてきた。


「ラルク君、もう食べ終わったし、部屋へ戻ろうか」


「ん? もういいのか? フレディアがそう言うのなら構わないが、俺のことなら気にしなくていいぞ?」


 俺に気を遣って席を立とうとするフレディアにそう言う。


「明日の予習もしなければいけないし、もう一度姉様の手紙に目を通しておきたいんだ」


「そうか、わかった」


 それなら俺も鍛錬に行こうか……


 席を立とうとしたとき


「おい、線なし、お前のせいで紅白戦はなくなるわ、聖教騎士やスコットと戦わなければならなくなるわで散々なんだが」


 近付いてくる数人の気配の中から罵り声が聞こえてきた。




 

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