第148話 漆黒の矢




「またお前かッ! なんだってお前はサリアに纏わりついてくるんだッ!」


 目じりを険しく吊り上げたノースヴァルトが距離を縮めてくる。

 誰が見ても衝突は避けられないだろう一触即発の空気に、この場の生徒全員が凍りつく。

 

  

「──おい! そこ! 授業中に起こした揉め事はどんな些細なことでもすべて記録されるぞ!」


 そこへ生徒たちが班分けをする様子を見ていたシュルト教官が、手を叩き合わせながら警告を発した。

 教官が大きな声を出したことにより、ノースヴァルトはいったん足を止め、


「こいつが身勝手に班決めをしようとしていたので、注意しようとしただけですが」


 「実力が見合う者同士で班を組むべきですから」と、金色の前髪をかきあげる。

 ノースヴァルトは俺を睨み付けた後、ころっと表情を変えてへ視線を送る。

 しかし教官は俺とノースヴァルトの間に立ち、


「こらこら、そんな単純なものでもないんだぞ、この班決めは」


 そう言うと、両手を大きく広げて


「──いいか!みんなも良く聞いておけよ!」


 競技場全体に聞こえるようさらに声を張り、説明を始めた。


「いいか? 魔法師とは常に合理性を求められる存在である! それはなぜか! はい、そう! 物理的な力を持たないからだ! 魔法師は一撃必殺の武器も持たなければ、敵の大太刀を受ける防具も身に着けない! すなわち、素手で敵と向き合わなければならないのだ!」


 教官は筋肉を震わせながら力説する。

 シュルト教官なら、そこいらの魔物くらい素手でいけそうだが。

 ノースヴァルトも根は真面目なのか、視線を俺から教官に移して話を聞いている。


「そうであるにもかかわらず火属性魔法を得意とする敵を相手に弱点属性である風属性の魔法師だけで戦いを挑んだらどうなる! はい、そう! 全滅だ!」


 質問口調ではあるのだが、生徒に答えを求めているわけだはないようだ。

 教官は勝手に答えを導き出し、勝手に説明を続けていく。


「ではどうすればいいのだ! はい、そう! 弱点のない班員の構成を組めばいいのである!」


 なるほど。

 要するに教官は、班員の行使できる魔法の属性に偏りを持たせない、ということを言いたかったのか。

 確かに攻撃魔法を得意とする生徒のみで構成してしまっては、怪我人が出てしまった際に治療行為ができず、あっという間に窮地に陥ってしまう。

 攻守の均衡を保ちつつ、まとまりのある班を組み上げなければならない、ということだろう。

 ひとりで修行を続けてきた俺にはちょっと考えが及ばなかった部分ではある。


 それであれば班決めはもう少し論理的に考察しなければならないが……

 でも、だれがどんな魔法を得意としているのかなんてわからないよな……


 俺がそんな考えを浮かべていると


「──相手のことを知ることこそが、ズバリ! この班決めを行う趣旨でもあるのだ!」


 教官が広げていた腕をぐっと握ると、悦に慕った表情で空を見上げる。

 まるでひと仕事を終えて余韻を楽しんでいるかのようだ。

 すると、その説明を聞いていた生徒たちの間から拍手が沸き起こった。


『ラルク、あの教官、少し面倒なの』


 くいっ、と持ち上げた教官の顎を見て、ジュエルが、うえっ、と舌を出す。

 俺もなんとなくシュルト教官の性格がわかったような気がした。


「──そのことを踏まえ、班を決めるがいい! ああ、それともうひとつ、魔法科学院にやってきてなにか気が付いたことはあるか?」


 教官が表情を戻し、生徒を見回す。


「誰かわかる者はいるか!」 


 今回は自問自答ではなく、生徒の答えを待っているようだ。


「わからないか? まあ、いきなりそんなことを聞かれても答えるのは難しいだろう。正解は──」


「──相手を傷付ける魔法、攻撃魔法を行使することができる、ということでしょうか」


 誰も口を開こうとしないので、俺が気になっていたことを聞いてみた。

 アリーシア先輩が放った魔法は、本来王都に張られた結界内では決して行使することができないもののはずだ。

 襲われた場所は魔法競技場の中でもなかったのだから、魔法を行使できるのはおかしい。

 ──俺が知るひとつの可能性を除いては。


「そう! 君たちは魔法学院だから魔法が使えて当たり前、と思ってはいないか! その常識を当てはめれば、この学院も青の都の内に位置する以上、結界に阻まれ魔法を行使することはできないことになる。だが、そうではない! 実はその効果を打ち消す魔道具を使用して、この学院内では魔法を行使することができるようになっているのだ! まあそのことは置いておいて、いいか! ここからが大事だぞ!」


 教官が注目するよう手を叩く。


「魔法学院は現在、都に張られた結界の下に於いても魔法を行使することができる魔法師の強化育成に特化しているのだ!」


 生徒たちが、おお、と声を上げる。


「無論、個人の力でそのようなことができるわけがない! そこでだ! 個々の魔法師の力を合わせ、その力を増幅させることによって結界の中でも強力な魔法が行使できるよう研究を重ねているのだ! その力は必ずや我々の想像を遥かに超える力を生み出すはずなのである!」


 増幅、とは複合魔法のことだろう。

 おそらくそれも七年前の教訓を生かしたのか。


 そんな俺の考察を肯定するように教官は続ける。


「七年前! 我々は大敗を喫した! 壮絶な惨状を前に、成すすべもなく、ただただ大敗を喫した!」


 話を聞いている生徒たちの顔付も悲痛なものに変わっていく。


「明日にでも起こり得るかもしれぬ脅威に我々は怯え続けなければならないのか! 否! 答えは断じて否である! 王都三万の民の安寧を護るのは! アースシェイナ神より力を与えられし選ばれた我ら魔法師であるのだ! そして! 理不尽な力に怯むことなく立ち向かわなければならぬのだ!」



『理不尽……神抗魔石か……』


 俺は七年前の惨劇がまぶたに浮かび、ギリッ、と奥歯を噛んだ。

 おそらく、結界を張ったままでも神抗魔石に対抗しうる魔法を行使できる魔法師を育てる、という計画なのだろう。


 実はアリーシア先輩があの場所で魔法を使ったことによって、俺は彼女が神抗魔石を使用しているのでは──と疑ったのだ。

 だが、これで疑いは晴れた。

 学院内では魔法を行使できる、ということであれば、彼女のことをエミルに確認しなくても済みそうだ。



「教官、七年前と現在では魔法師の志も異なっています。ここにいる魔法師は皆、あの水色の髪の魔法師を憧れとして鍛錬に励んでいるのです。彼がおらずとも都を護れるようにと」


 ノースヴァルトがそう言うと生徒たちが力強く頷く。


 ん? 待てよ? ということは……?


 しかし俺はそこで疑問をかなぐり捨てた。

 

 なぜなら──


「──伏せろぉッ!」


 上空から目にも止まらぬ速さで迫る漆黒の矢からノースヴァルトを護るため、


 ──間に合えぇぇぇッ!!


 勢いよく飛び出していたからだ。


 ──ドンッ!


 ノースヴァルトに体当たりするように飛び付き、勢い余ってふたりして地面に倒れ込む。


「──グッ!」

「なッ! 何を──ッ!」


 突然俺に倒されて激高したノースヴァルトが俺を尽き飛ばそうと手を伸ばす。


「きゃああぁぁ!!」


 その瞬間、生徒たちから悲鳴が上がる。


「お、お前、矢がッ!」


 上半身を起こしたノースヴァルトが俺の右肩に刺さった矢を見て目を瞠る。


 俺はノースヴァルトを蹴飛ばし強制的に立ち上がらせると


「──俺のことはいいッ! 早く生徒たちを安全な場所に避難させろッ!」


 倒れたまま上空を見る。


 すると──


 青い空が黒く埋め尽くされていた。

 それは千を超す兵が手に手に槍を構えてこの地を蹂躙せんと攻めてきているかのように──俺たちに向かって降り注ぐ無数の漆黒の矢だった。


 ──クッ! 間に合わないッ!


「──普賢三摩耶印ふげんさんまやのいん! ──りんッ!」


 俺は肩に刺さる矢の痛みなど構いもせずに、寝たままの姿勢で印を結ぶ。


 そして─


「──リーファッ!」


 風の精霊を使役する。


 リーファは俺の思考を具現化するべく、すぐさま上空に竜巻を生み出す。

 それは生半可な竜巻ではない。

 巨大な竜巻は千を超す矢をひと呑みにすると、バキバキと不気味な音を立てて矢を圧し潰す。

 そして竜巻がそよ風に代わるころには、空を覆い尽くしていた矢の影は一本残らず消滅していた。

 

 だが、嫌な予感が警鐘を鳴らし続けていることに、俺は上空から目を逸らすことなく指示を出す。


「教官! すぐに次がきます! 早くみんなを安全な場所へッ! 魔法障壁を張れる者は上空に向かって最大限の魔力を込めて展開しろッ! ミレアッ! 動けるかッ! 生徒を任せる! 生徒たちを連れて建物の中に入れッ!」


 「は、はいッ!」ミレアが返事をする。


「ジュエル! リュエル! 走れるかッ! 競技場にいる生徒に今すぐ建物に入るよう警告を頼む! 心配するな援護するッ! 大丈夫だ! 俺を信じろッ!」


「わ、わかったの!」

「わ、わかりました!」


 腰を抜かしているノースヴァルトを責める気はない。

 俺だって昔は……

 だが今は生徒たちの命が懸かっている。


 だから、


「──ノースヴァルトッ! お前が先頭に立たなくてどうするッ! 怯えるのはすべてが終わってからだッ! 早く教官とミレアを補佐しろッ!」


「グッ! わ、わかった!」



 俺は肩に刺さった矢を一息に抜くとそれが何かを確認する。

 

 漆黒の矢──。


 その矢からは三カ月前、青の都を黒の都に塗り替えた元凶、それと同じ不快さが伝わってきた。


 ──くそッ!


 この授業が終わったら湖の様子を確認しに行こうと思っていたんだが、遅きに失したようだ。

 しかしそのことを悔んでいる間など今はない。


「──リーファッ!」


 俺は二手に分かれて走っていくジュエルとリュエルの上空に加護魔術を行使し、先ほどよりも規模の小さい竜巻を顕現させる。

 これであのふたりは矢に襲われることはない。が、"残された魂"からの攻撃が矢だけとは限らない。

 

 俺はひとり残った競技場に立ち、


「──大金剛輪印だいこんごうりんのいん! ──ぴょう! 外獅子印げじしのいんとう! 内獅子印ないじしのいん! しゃ!」


 続けざまに印を結びながら、上空高くに舞い上がる。

 そして湖を睨み付け、


「──外縛印げばくのいん! かい!」  


 第五の印まで詠唱を終えた。



 "奴"は湖からやってくるはずだ。

 

 下方に目を配るとジュエルとリュエルが実技訓練をしていた生徒たちを誘導して建物の中に入るところだった。


 これでこの一帯には人はいない、はずだ。

 心おきなく奴と戦える。


「──さあ来い、"残された魂"、師匠に代わり、俺が怒りのすべてをぶち当ててやる」


 その声が聞こえたのか、湖面が大きく盛り上がったかと思うと


「──おいおい、こんなに成長してやがったのかよ……」


 極大の波しぶきを立てながら"残された魂"が姿を現した。





  

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