第140話 理不尽な攻撃



「それでは殿下をよろしくお願いします」


 広すぎる学院に閉口するも、案内板を頼りにどうにかたどり着いた医務室に殿下を預けると、俺はジュエルとリュエルの待つ集合場所へ向かった。


「これだけ広い敷地に三百人の学生……なんとも贅沢な……」


 湖畔の森に建造された学院はとにかく広い。


「あの建物なんて、使ってるのか……?」


 明らかに使用していないだろう建物も木々の隙間に散見される。

 明日が授業開始となるからか、付近に学生の姿はなく、木漏れ日が注ぐ小道をひとりで進む。

 

「それにしても試験のときとは大違いだな……」


 一帯は昨日までの喧騒が嘘のように、見渡すかぎり閑寂な風景が広がっている。

 聞こえてくるのは鳥の鳴き声と枝葉の揺れる音、小鹿や狸といった小動物が俺の姿を見て逃げていく足音だけだ。

 ほとんど自然のままの学院の森は昼間こそ日が差し込むが、夜にもなれば鬱蒼として、特に女子の生徒などは心細く感じることだろう。

 だが、湖から森を抜けて吹いてくる風はひんやりとしていて心地がよく、暑さ厳しい夏場などは過ごしやすそうだ。

 

 今度湖の様子を見にいくついでに、涼の取れそうな場所を探してみるのもいいかもしれないな。

 そんな場所でクロスヴァルト産の羊肉を炭焼きにして食べたら……

 ああ、きっと格別だろう。


 まだ少し先の避暑のことに思いを馳せながら、俺は小道を進んだ。








 ──おや? 誰かいるぞ?


 間もなく集合場所か、というとき、俺は周囲に人の気配を感じ取った。

 もう少し集中してみると、右前方の木の上からこちらの様子を窺う人物の気配だとわかった。

 

 ひとり、か……

 あんな場所でなにをしてるんだ?


 まさか木登りが趣味な人、というわけではないだろう。

 まだ距離はあるので肉眼で捉えることはできない。

 気配だけを頼りに、なにをしているのかその木の上へと目を凝らしていると──


「──なッ!」


 一瞬、ピカッ、と閃光が奔ったかと思うと俺めがけて魔法が飛んできた。

 瞬時に第九階級火属性魔法火炎球ファイアボールと判断した俺は、魔法の軌道から身体を僅かに逸らすことでその魔法を回避する。

 が、その魔法はあくまでもおとりだったようで、俺が躱した場所へ向けて今度は正確に第八階級魔法火炎矢ファイアアローが放たれた。

 このままでは火矢は確実に俺の身体を穿つ。


「──アクアッ!」


 俺は右手にアクアを顕現させて冷気を纏い、一直線に向かってくる火矢を手で払い二手目を防いだ。

 が、正体不明の者からの攻撃はそれで終わりではなかった。

 火炎矢が連発で俺を狙っている。


 ──これが本命かッ!


 攻撃を受けるいわれなど微塵も持ち合わせていない俺は、いったいどんなヤツがこんなふざけた真似をしているのか、と、腹立たしくなり、


「──リーファッ!」


 風奔りを行使し、"敵"の胸元めがけて一気に飛んだ。

 先ほどのように払うだけではどこに飛んでいくかわからない──周りに人がいないのは確認済みだが、万が一のことを考え、続けざまに放たれる火矢の一本を手で掴む。と、矢は瞬時に凍りつく。

 俺はそれを無造作に投げ捨てる──と、矢は地面に落ちる前に魔力を失い消滅する。

 それを左右の手で交互に繰り返し、正確に俺の身体を狙う五本の矢すべての処理を終えると同時、"敵"が潜む枝に着地し──


「──ひゃあ!」


 ──いつでも無力化できるように"敵"の喉元に氷の刃をあてがった。


「──アリーシア先輩?」


 無防備な俺へ理不尽な攻撃を仕掛けてきたのは、俺の実技試験を担当した上級生、アリーシア先輩だった。


「──いったいどういうつもりですか」


 三学年の【一本線】、アリーシア先輩はおそらく貴族だろう。

 無礼は承知だが、納得のいく回答をもらうまで刃はあてたままだ。

 なにせこちらは命を狙われたのだ。

 あたらずに済んだから良かったものの、第八階級魔法の火炎矢のひとつでも受けていたら致命傷とまではいかなくとも、相当な深手を負わされていたに違いない。


 だが先輩は、 


「ま、魔法を手で掴むなんて、そ、そんなこと」


 俺と俺の飛んできた先を交互に見ながら狼狽している。


「──驚いていないで事情を説明して下さい」


「は、反則! ま、魔法を手で掴んで放り投げるなんて、は、反則! 反則だよッ!」


「後ほど職員の方に聞いてみるつもりですが、この学院では無防備な者を相手に殺傷能力のある魔法を放つことは反則行為にはあたらないのですか?」


「ご、ごめん! わ、わけを話すからこの冷たいのをしまって!」


「──もうおかしな真似はしないと誓えますか?」


「ち、誓う! 誓うから! 首が冷たい! な、なにを持ってるの!?」


 確かに俺が持っているのは剣とは違い、小さな刃だから先輩は今なにをされているのか気付いていないのだろう。

 俺は氷の刃を消す前に、ちらっ、と先輩に見せた。


「──ひっ!? あ、危ない! あ、謝るから早くしまってッ!!」


 危ないって、先輩の魔法の方が危ないでしょう……


 俺は刃を消滅させると改めて先輩に訊ねた。


「──それで、俺を殺そうとしたわけは?」


「ころッ!? こ、殺そうとなんてするわけないじゃんッ! 私はあのときの君の実力が信じられなくて少し試してみようと思っただけだよ! ほ、本当だよ!」


「──もし俺が魔法をくらっていたらどうするつもりだったんです?」


「ほ、ほら! 私は五級の治癒魔法を使えるから、た、多少の傷は……治せる……というか……」


「──では最初から俺がひとりになるのを見計らっていた、というわけですか?」


「い、いや、それは本当に偶然なんだ! 私は飛びぬけて視力がいいから君がこちらに向かってくるのがわかって、それでちょっとだけ試してみようと……」


「──ではなぜ木の上にいたんです? かなり前から潜んでいたようですが」


「それはしゅ、趣味なんだ! 木の上から遠くを見るのが趣味なんだ! そうすると視力もどんどん良くなって、今では、ほら! あそこに見える時計台の針まで見えるんだ!」


 先輩が指さす方を見る。が、そこには高い塔が見えるだけだ。


「時計台……? 針……?」


「あ、ああ、ラ、ラルククンは時計は初めてかな! ほら、あそこの塔の上に丸いものがあるだろう? あれが時計、時計というのはね、時間、つまり鐘の音よりも正確に現在の時刻を知ることができる魔道具なんだよ! そ、そうだ! 今度案内してあげるよ! その、試すような真似をしたお詫びに……だから、その、今回のことは先生たちには……」


「……はあ……今話してくれた俺を狙った理由が本当なら、まあ、今後は二度としないという約束をいただいたうえで口外はしませんが、そのかわり──」


「しない! 二度としない! もう君の実力もわかったし! 試験のときに放った魔法も本物だったっていうことも!」


「いや、最後まで話を聞いてください。そのかわり、俺のことも一切話さないでください。今見たことはすべて忘れてください。それともうひとつ──」


「わ、わかった! 話さない! これは私と君だけの秘密だ! 誓う! 誓うから!」


「だから、話を──それと、さっき言っていた魔道具、時計台、ですか。今度案内して下さい。その条件ですべて水に流しましょう」


「そんなことなら造作もないことだよ! 今度案内することを約束する! さ、さあ! ラルククンも早く行った方がいいよ! もうみんな集まっているころだろう! ほら、一緒に行こう! 学院のことを教えてあげるから、話しながら集合場所へ向かおう!」


 そう言うと、先輩はさっさと木を下り始めた。



 なんか釈然としないんだけどな……

 まあ、後でエミルにでも聞いてみるか……

 


「ラルククン急いで! 私も案内係りに遅れちゃう!」



 それにしても木登りが趣味って、そんな人本当にいたのか……



 俺も地面に飛び下りると、先輩と並んで集合場所へ急いだ。





 

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