第135話 入学試験 3
「はい、次!」
そして俺の番が回ってきたとき──俺は気になっていたことを試験官である上級生に質問してみた。
「すみません、この試験結果って入学した後の成績に関係してきますか?」
すると上級生は
「成績に直接は関係ないよ? でも、筆記と実技の結果に合わせて
と答えてくれ、続けて「──良い組に行きたいんならここで頑張っておくといいんじゃない?」と助言をしてくれた。
成績上位者は常に【一本線】から出ている、ということは、俺もそこに入ることが交換留学生となるための第一歩だろう。
俺は上級生に受験票を手渡すと、どの術を行使しようか考えながら円に向かった。
そして円に一歩足を踏み入れたとき──
ん?
一瞬身体に電気が走ったような違和感を覚え、足を引いてしまった。
なんだ? と不思議に思い、両手両足を確認する。が、特に変わった様子もないので、再び足を踏み入れてみる。
すると今度は痺れるようなことはなく、所定の位置につくことができた。
もしかしたら今の感覚は、古代魔術師が手にしている魔石と、行使した魔法の威力を純粋な数値として算出するための処置なのかもしれない。
俺は的となる鐘と、数値が出る石板を交互に見ながらそう思案していると、
「プッ! おい、あいつ、クロカの真似してやがるぜ!」
「髪を黒くすりゃ女にモテると勘違いしてんじゃねぇの?」
「俺、クロカの真似をしてるやつ、何人か見たぜ?」
「あいつもその口で見かけ倒しだろ? 痛いったらねぇよ」
「でも他の奴と違って瞳も黒いぜ? あいつ」
「んなの、なんかいじってんじゃねえの? 知らねえけど」
「ああいう奴に限ってくっそ弱ぇえんだわ」
「ギャハハハ! 違ぇねえ!」
俺の見た目に茶々をいれる嘲笑の声が聞こえてきた。
「ほらほらキミたち! 試験中だよ! 試験してる人の邪魔しない! 邪魔するなら帰ってもらうよ!」
上級生がそう咎めたことにより、いったんは静けさを取り戻したが、
「お、おい、見ろよ! 青姫様だぞ! お! こ、こっち見てるぞ!」
「おお! 青姫様だ! 生青姫様だ!」
「やった! 念願が叶った! これで受からなくても家族に自慢できるぜ!」
「隣にいるのはシャルロッテ様じゃないか?」
「あ、ああ、そうだ、あの綺麗な白銀の髪はシャルロッテ様で間違いない!」
「あのお方がシャルロッテ様!? すっげぇ美人じゃねえか!」
「馬鹿! そんな下品な言い方するんじゃねえ! シャルロッテ様の信奉者に聞かれたら袋だたきにされるぞ!」
「お、おい! ふ、ふたりともこの前を通るぞ!」
すぐさま騒がしくなる。
俺も青姫と聞いて、円の中にいながらついそちらを見てしまった。
すると外野が騒ぐ通り、こちらに向かって歩いくる貴族の集団が目に入った。
もう試験を終えたのか? こっちはまだ半分以上残っているというのに……
その集団の先頭には、久しぶりに目にするミレサリア殿下と──
あれ? あの少女は……
昨日、人酔いして蹲っていた、シャルロッテと名乗っていた少女の姿があった。
俺と同じ十四歳になったミレサリア殿下はもはや人間離れした美しさを放っている。
そしてシャルロッテという少女は、そのミレサリア殿下の隣に並んでも決して引けを取ることのないほどの美貌を持っていた。
殿下の隣を許されるとは……
かなり高位の貴族であることは疑いようがない。
やっぱり貴族だったか……失礼な態度はしていなかったはずだが……
多少、目を合わせてしまったような気がする。
だがそれは彼女を助けようとしたことによる不可抗力だから、咎めは受けないと思いたい。
やがて貴族の集団が俺たちの競技場の前までやってきた。
俺たちがいる競技場は出入り口の一番近くに位置しているため、競技場の区画から出るには必然的にここの前を通らなければならない。
そのことを知る受験生たちは、畏れ多いと感じながらも殿下たちの様子をちらちらと窺っている。
「ほら! 試験に集中! ラルククン! 試験を始めて!」
そう言われ、俺も試験に集中しようと意識を鐘に戻そうとしたとき、激励するかのように両手をぐっと握って微笑むミレサリア殿下と視線が合った。
慌てて視線を逸らそうとしたが、それを許さないように殿下はぶんぶんと首を横に振る。
すると殿下は両手を口元に持っていき、なにかを叫ぶそぶりを見せる。
なんだろう、と殿下の口の動きを注意深く見ていると、どうやら『ガ・ン・バッ・テ』と言っているように見え、
さすがミレサリア殿下……こんな姿でも俺とすぐに気付いたのか……
これじゃあモーリスにも一発でばれるな……
俺は思わず苦笑してしまった。
すると殿下の隣のシャルロッテという少女が小さく笑って手を振る。
はにかんだような笑顔で手を振る姿に、俺は驚いてあんぐりと口を開けてしまった。
まさか俺に、じゃないよな、後ろにいる誰かに手を振ったのか──後ろを振り返るが、そこには誰もいない。
もう一度シャルロッテを見ると──やはり俺に手を振っているように見える。
隣では殿下が手を振って、声にこそ出しはしないが頑張れと応援してくれている。
なんだ……これ……?
よくわからない状況に動揺していたとき、
「うぉお! 俺に手を振ってくれたぞぉおお!」
「ふざけんなッ! 俺だ! 殿下が俺に頑張れと言ってくださったぁああ!」
「きゃぁぁ! 殿下に手を振っていただいたわっ!」
「シャルロッテ様の笑顔! うぉおおお! 俺頑張るっ!!」
「シャルロッテ様ぁああ! もう一度手を振ってくださぁい!!」
試験会場は興奮の坩堝と化した。
「静かにぃ!」
上級生が声を上げるが競技場の中は静まりそうにない。
足を止めて第四競技場の試験を見学している殿下の姿に、隣の競技場の受験生も魅入ってしまっている。
「はあ……じゃあ、行きます、ラルク、現代魔法師です。行使する魔法は水と火の複合魔法です」
俺はそんな興奮が止まない状況下で、自分の番が回ってくるまでに考えておいた
どうせだれも聞いていないだろうが。
行使する加護魔術は原初の水の精霊アクアディーヌ、と、同じく原初の火の精霊、イグニフラン。
イグニフラン──フランは修行中に契約を結んだ精霊だ。
十二層で戦った地の精霊よりは比較的簡単に契約を結ぶことができたが、それでもやはり風の精霊リーファのときと同様、死線を彷徨ったことに変わりはない。
そのフランとアクアを使役し、俺は術を行使することにした。
さっと右手を振り上げる、と、すぐさま魔術が放たれる。
その速さは、術を行使する本人の俺ですら確認することが難しいほどだ。
目にも止まらぬ速さで以て光の珠が鐘に突き進む。
巨大な鐘は、俺の振り上げた手が下り始めたときにはフランによって灼熱の高温に焼かれ──振り終えるころにはアクアによって絶対零度に冷却されていた。
そして、手を元の位置に戻すと同時──第一階級魔法師の魔法であっても破壊されることはなかったという鐘は、極度の温度変化に耐えきることができずに、音もなく氷の粒になって宙に舞った。
青の湖から反射する光を受けて、氷の粒がキラキラと輝く。
まるで極寒の大地に降り注ぐ
その光景を見て、今まで騒ぎ立てていた受験生たちが絶句する。
貴族たちも、隣の区画の受験生たちも、試験官の上級生や立ち会いの教員までも──
──この場にいる全員が言葉を失っていた。
俺は小さく息を吐いて円から出ると、
「アリーシア先輩、さっきの質問、俺がクロカの真似をしているのか──に対する回答ですが、ええ、その通り、俺は無魔の黒禍に憧れてこの姿をしています」
呆けたままのアリーシア先輩から受験票を受け取る。
そして
「済まないが、隣の競技場への移動を頼む」
放心状態で固まっている受験生たちに声をかけた後、同じく身動きできずにいる殿下たち貴族集団の前を軽く会釈をして通り過ぎると、俺はそのまま試験会場を後にした。
そして──後日俺は貴重な鐘を粉砕してしまったとして、聖女エミリア教官からこってり絞られることになるのだが……その話は割愛させていただきたい。
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