第133話 入学試験 1


「──え? しまっ!! ジュ、ジュエル! し、尻尾を隠してッ!!」


「っ!! は、はいっ!」


 俺が声をかけた途端、ふたりは俊敏な動きで今まで気持ちよさそうに毛づくろいをしていた金色の尻尾を隠してしまった。

 なにか悪いことでも言ってしまったか──と自分の発言を顧みるが、失礼はなかったはずだと首を捻る。


「み、見ました……か……?」


 正面に座る少女が深く被ったフードの隙間から俺の顔を窺う。

 隣の子は膝の上に手を乗せ、俯いたまま動こうとしない。

 俺は嘘を吐く必要もないと判断し、


「見た、というか、見えたが……」


 すると少しだけ見える少女の顔がみるみる青くなり、


「ど、どうかこのことは誰にも言わないでください! 今はまだ私たちの素性を知られるわけにはいかないのです!」


 両手を合わせてそう懇願する。


「おい、いきなりどうしたんだ、そりゃリューイ族はスレイヤでは珍しい種族だし、俺も会うのは初めてだが、なにも涙浮かべてまで頼み込むことでもないだろう、それともあれか? ふたりは犯罪者かなにかなのか?」


 少女のあまりの狼狽加減に、なにかやましいことでもあるのではないか、と勘繰ってしまう。

 すると、


「犯罪者だなんて! 神に誓ってそのようなことはありません!」


 ばっ、と半分腰を浮かせて否定する。

 その間も隣の少女は押し黙ったままだ。


「いや、モノのたとえだよ、悪かった。──ああ、安心してくれ、ふたりのことは黙っているさ。俺は何も見ていないし、何も聞いていない」


「そ、それは……ありがとうございます……あの、私も大きな声を出してしまい申し訳ございませんでした……」


「いや、構わない。ふたりの食べっぷりを見ればクロスヴァルト料理の感想を聞くまでもなさそうだからな、俺は先に失礼するよ」


「え、あ、その、お聞きにならない……のですか……?」


「ん? 何をだ? 事情があるんだろ? 誰だって詮索されたくないことのひとつやふたつ、持ち合わせているさ。──あ、そうだ、明日の学院の試験、ふたり揃って合格できるといいな、頑張れよ」


「え、あ……」


 そう言い俺は勘定を済ませ店を出た。


 リューイ族……

 確か大陸南方にあるプリメーラ連合国の種族のひとつだったか……

 呪術に長けており、人族からは畏れられている──が、それと同時にその類稀な力を我がものにしようと、リューイ族の多くは奴隷として扱われている……


「奴隷ね……」

 

 スレイヤ王の統治下にあるスレイヤ王国は犯罪奴隷以外の奴隷を認めていない。

 だが、表立ってではないにしても、合意の上での売買はあると聞く。

 違法すれすれのその行為は、やはり権力と金がモノをいっており、当事者の意思などそこには存在しないそうだ。

 おそらくあのふたりも売り買いされることを恐れ、素性を隠しているのだろう。

 学院生になってしまえば貴族の食指からも逃れられる、といったところか。


 大陸南方の生活環境や魔物の生態のことを聞いてみたくはあったが、あの調子ではそれも無理だっただろう。

 

「でも肉を食って尻尾を出すなんて、あれじゃばれるのも時間の問題だと思うが……」


 あと数日とはいえ、どこか抜けた感じのあのふたりがこの先もやっていけるのか心配になってしまう。


「まあ、呪術には長けていると聞くしな、合格は間違いないだろう」


 今は他人の心配よりも自分の心配をすることの方が先決だ。

 俺は宿に戻り明日の試験の予習をしておくことにした。



「あ、肉を取り置きしてもらうの忘れてた……」








 ◆








 スレイヤ城の左手にある魔法学院通りを抜けると、スレイヤ王立魔法科学院──通称魔法学院、が見えてくる。

 魔法学院は文字通り魔法に関する一切のことを学ぶ施設だ。

 近年では魔法だけでなく、倫理や道徳といった内面に関する授業にも力を入れていると聞く。

 卒業生の多くが実家の貴族家を継ぐため、ここでの人格形成が非常に重要だと何代か前の王が学院側に提言したことによるそうだ。

 少し前までの魔法学院は、武術科学院との間に起こる争いで死者も出したらしい。

 今はだいぶ落ち着いているそうだが──。


「無事に学院生活が過ぎてくれるといいんだが……」


 俺が目指す交換留学生は、一年、二年、三年、四年の各学年の成績優秀者が選ばれる。

 各学年につき男子二名、女子二名、四学年合わせると計十六名となる。

 この十六人に交換留学先となる四カ国が振り分けられる、のだが──本人の希望は最大限考慮されるので、何としてでも俺はバシュルッツ行きを勝ち取らなければならない。

 留学する時期は来年の春、滞在する期間は約一カ月間だ。


 各国の学院内に設置された、交換留学生だけが使用を許されている魔道具の転移門ゲートで移動するため、十か月という移動時間はゼロに等しい。

 俺は来年の今ごろにはバシュルッツに行っていなければならないのだ。

 そのためにも貴族との諍いや武術科との争いに手を取られることなく最短で目的を果たさなければならない。

 大切な人の命が懸かっているのだから、上位二名に入るためには遠慮などしていられない。

 もとより貴族が相手であったとしても、手を抜くつもりなど小指の先ほどもないが。


 一年生男子の最終成績上位二名に入り、交換留学生に選ばれ、バシュルッツへ行き、ミスティアさんとファミアさんにかけられた呪いの解呪方法を手に入れる──それが今回、俺が師匠から与えられた任務だ。


 つまりはふたりが助かれば学生生活を送る必要もなくなる、ということなのだが──。


「それはそのときに考えるか。今は上位二名に入ることが第一だ」


 多くの受験生が歩いている魔法学院通りを進みながら、俺は決意を新たにした。







 ◆







「昨日の適性検査に合格した受験生はこちらで受験票を受け取ってくださぁい!」


「受験票は昨日の合格証の裏面に書かれている番号順に並べてありまぁす!」 


「自分の名前の受験票を受け取ったらすぐに色が変わるまで魔力を流してくださぁい!」


「合格者は五の鐘にこの受験票が光りますのでなくさないように気を付けてくださぁい!」


「受験票が光った人は明日の朝にまたこの場所に集合してくださぁい!」


 学院の古めかしい石の門をくぐると早速、係りの人が案内をしていた。

 制服を着ているということは上級生なのだろう。


「今日の試験は先に筆記、その後実技を行いまぁす!」


 先に筆記かぁ──って、待て!

 昨日の合格証? 受験票に魔力を流す!?

 そんなこと聞いてないぞ! コンティ姉さん!

 俺はどこに並べばいいんだよ!

 もらった受験票はどうすればいいんだ!


「君がラルク君、かな?」


 どうしたものか──次々と列に並ぶ人の背中を見て考えを巡らせていたところ、突然肩をたたかれた。


「ん?」


 振り返ると女性が立っていた。

 年齢からも服装からも学生のようには見えない。


「──はい、俺の名はラルクですが……」


「ああ、良かった! 黒髪の人って言われても、何人かいたから……、うん、かわいい顔だし瞳も黒い。間違いないようだね」


 そう言うと女性は


「──じゃあ、はい、これ、確かに渡したわよ?」俺の手に無理やり包み紙を握らせてきた。


「え? これ何ですか!? ちょっと! すみません!」


 だが女性はするすると人波を縫って門の方へ移動し、あっという間に姿を消してしまった。


「なんだ? 驚くような身のこなしだけど……」


 残された俺は手の中の包み紙を思い切って開いてみた。

 中に入っていたのは──俺の名が書かれた受験票だった。

 しかも台に並べられているものとは明らかに色が違う。


「魔力を流した後の受験票、か」


 おそらくコンスタンティンさんの計らいだろう。

 不正をしているようで後ろめたくもあるが、ふたりを助けるためだ。俺は心の中でコンスタンティンさんに礼を言い、筆記試験の会場に向かう流れに乗った。




 敷地内の道は昨日よりはだいぶ人数が少ない。が、それでも前に後ろに人が溢れている。

 俺は昨日下見で来た場所までやってくると、なんとなく少女を寄りかからせた街路樹に目をやった。

 無論、そこに少女の姿はない。

 制服を着た上級生が、筆記試験会場の方向を示した案内板を持って立っているだけだった。

 

 俺の光が見えた少女──。


 おそらく昨日の選考試験は受かっているだろう。

 今日もこの会場のどこかにいるかもしれない。


 また人酔いして倒れていなければいいが……。


 そんなことを考えながら足を動かした。



 人の波に流されるように進み、着いた場所は大きな講堂の前。

 案内の指示に従い、人の列は建物内へ呑み込まれていく。


 決められた席に着いた俺たちは、試験官の合図で筆記試験を開始した。









 ◆








「はい、試験はそこまでです! 手を止めてください!」


 数十人もの係員が一斉に試験用紙を回収していく。

 すると各所から「できた」だの「できなかった」だの声が上がる。

 魔法に関する問い以外にも、国の情勢や奴隷制度について、また、他国との外交問題といった魔法とは直接関係のない設問も多かったので、その辺りに疎い者には厳しい試験だっただろう。


 ここで気が付いたが、講堂の前方に座っている受験生は、俺が座っている後方ほど騒がしくない。

 ここからでは遠くて確認できないが、おそらく身分の高い者が座る席なのだろう。


 貴族と平民が同じ屋根の下で学んで上手くいくのかねぇ──


 そんなことを考え、ぼーっと前方を見ていると、誰かと目が合った。

 いや、何十人、何百人といる受験生を隔ててのことだから、正確には『目が合ったような気がした』か。

 

 たが一瞬だったため、その視線はすぐに見失ってしまった。


 そうこうしているうちに前方に座っている者たちが動き出し、講堂の前の扉から退出していった。

 俺たちが使う出入り口とは異なっている、ということは、やはり彼らは貴族かそれに準ずる身分の者たちなのだろう。

 とすると、もしかしたらあの集団にはミレサリア殿下もいるのではないか──目を凝らしてみたが、距離があるため確認はできなかった。


 前方集団が出ていくと、今度は俺たちの番だ。


 係員の指示通り、次の試験会場となる魔法競技場へ移動を開始した。






 

 

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