第131話 助けた少女は





 ◆




「リュエル! 見て見て! あのお城! おとぎ話の通り本当に青いの!」


「ちょ、ちょっと! ジュエル、あまりはしゃがないで! ほら、みんなこっち見てるじゃない!」


「ご、ごめんなさい、でも、すっごい綺麗なの! ジュエルの国のお城とは大違いなの!」


「そうね、素敵なお城ね、でも今日私たちが行かなければいけないのはあのお城ではなくてその奥にある魔法科学院よ」


「わかってるの! 必ずふたり揃って合格するの! そしてお父様とお母様を安心させてあげるの!」


「そうね、そのためにふたりで頑張ってきたのだもの、すべてを出し切れば絶対合格できるわ」


「本当!? ジュエル頑張る! リュエルのお姉ちゃんとしてジュエル頑張るから!」


「はいはい、ジュエルお姉様、頼りにしていますからね。──ほら、あまり飛び跳ねないの、尻尾が出てるわよ、……はい、これでいいわ」


「ありがとうなの! リュエル、急ぐの! 早く合格しに行くの!」


「こ、こら! 言ったそばから走らない! 迷子になっちゃうわよ! ──んもうっ!」








 ◆







 

「コンティ姉さんの言うとおり今日は適正検査だけか……第八階級以下は無条件で落とされるって、かなり過酷な試験だな……」


 コンスタンティンさんと試験に関する打ち合わせを済ませた俺は、試験会場の下見を兼ねて魔法科学院を訪れている。


「それにしても人が多いな……こんなにたくさんの人が試験を受けるのか……」


 そして顕現祭を思わせるような人の多さに、七年前の騒動が頭の中を過り、嫌な緊張感を覚えざるを得ずにいた。


 あのときからどうも人混みは好きになれない。

 この中で突然魔法を放たれたら──などと、不必要な警戒心を強く抱いてしまうからだ。


「……早いとこ宿に戻って明日に備えるか……」


 このままでは神経が擦り減ってしまう。

 明日の試験では失敗が許されないのだ。

 不合格となってしまっては、入学までまた一年待たなければならなくなる。

 それではミスティアさんとファミアさんの解呪が遅れてしまう。


 俺は宿に戻り、師匠から借りてきた魔法に関する書物を読んで少しでも知識を頭に詰めておこう──と学院の敷地を出ようとしたところで──


「──ん? 大丈夫か? あの人……」


 整備された道の隅で人混みを避けるように蹲る小さな影を視界の端に捉えた。

 試験を受けに来た人だろうか。

 白銀色の長い髪を地面につけ、肩で息をしている。

 きっとあまりの人の多さに酔ってしまったのだろう。

 通り過ぎる人たちは皆、自分の試験のことで頭が一杯なのか、具合が悪そうにしている少女のことに気付いていないようだ。


 俺は人とぶつからないように少女の傍まで近寄ると


「──大丈夫ですか?」


 正面にしゃがみ込んで声をかけた。


「……あ……すみません、通行を妨げてしまって……」


 少女は辛そうに顔を持ち上げて答える。

 垂れ下がった髪の隙間から見えた少女の顔は蒼白だった。

 血の気がなく瞳も焦点が定まっていない。


 マズイな……


 このまま放っておいてはいつか通行人の足で蹴られて大怪我を負ってしまうだろう。

 細い身体だ、骨の一本でも折れてしまうかもしれない。


 俺は無理に身体を起こそうとする少女の肩にそっと手を触れ


「ああ、無理しないでください、肩を貸すのであそこの木陰まで歩けますか?」


 弱々しく頷く少女を安全な場所まで連れて行き、街路樹に寄りかからせる。


『アクア、頼む』


 俺が小声でそう言うと、ぽっ、と小さな光の珠が現れ、少女の額めがけてふわふわと飛んでいく。


 少女がビクッと震えるが、「大丈夫、じっとしていてください」と安心させる。


 そして額に触れるか触れないかの距離まで近寄ったところでパチンと弾け、光の珠は金色の粒子に姿を変えて少女に降り注ぐ。


「あ、綺麗……」少女が溜息を漏らす。


 やがて光の粒子は爽やかな風にさらわれて消えていった。


「──気分はどうですか?」


 声をかけるが少女は宙を見たまま微動だにしない。


 あれ? 効かなかったのかな?


 もう一度アクアにお願いしようとしたところ、


「……はっ! あ、あれ? ……ゆ、夢?」


 少女がきょろきょろと周りを窺った。


「あぁ、良かった、ここなら邪魔にならないからしばらく休むといいですよ」


「あ、夢、じゃない……? あ、あなたは……」


「俺はラルクといって、この学院の試験を受けにやってきた者です。あなたが具合悪そうにしていたので声をかけて見たのですが──気分はどうですか?」


「あ、も、申し訳ございません! 私、昔から人混みが苦手で、あの、人の多い場所ではいつも目を回してしまって、あ、も、申し遅れました、私、シャルロッテと申します! あの、助けていただき心からお礼申し上げます!」


 立とうとする少女を手で制して


「いや、いいですから、しばらくはそのまま楽な姿勢でいてください。あそこの通路を外れてこっち側の小径を進めば多少は人が少ないと思いますよ? では。──試験受かると良いですね」


 代わりに俺が立ち上がった。

 そして宿に戻ろうと少女に背を向けたが、


「あの! ……い、以前どこかでお会いしたことが……」


「──え?」


 少女の声に一度振り返った。


 会ったことが? と逡巡するも、思い出せなかった。

 というより、この少女はどう見ても貴族だ。

 身につけているものも申し分のない高価たかそうなものばかりだし、仕草や話し方にしても品を感じる。

 俺が言うのもどうかと思うが、二流、三流の貴族には見えない。それこそ位の高い貴族家のお嬢様だろう。

 そんな令嬢と知り合いのはずはないし、もし俺の披露目の式に参列していたとして、俺と同じ歳くらいのこの少女が当時のことを憶えているはずもない。ましてや俺の姿は二歳のころから大きく変わっているのだ。


 貴族が集まる学院ではあるが、なるべく貴族との関わりを持ちたくなかった俺は


「──いえ、お会いしたことはないかと……俺はただの平民ですから」


 目を合わせないようにしつつ、頭を下げた。


「あ、いえ、そういうつもりでは……そうですよね、初めてですよね……申し訳ありません……失礼いたしました……」


 俺もそういうつもりで言ったわけではないのだが、結果として貴族をやっかんでいるなうな取られ方をしてしまったようだ。


 しかしここでそのことを弁解しても面倒なので、「失礼します」とだけ言って踵を返した。


「あ、あの! は!」


 すっかり大きな声を出せるまでに回復した少女に、俺は顔だけを向けて


「──あれは……元気になるおまじないです」


 そう答え、その場を後にした。





 

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