第130話 交換条件



 王都に入った俺はコンスタンティンさんに面会を求めるため、寄り道もせずにまっすぐ城へと向かった。




 ◆




「──というわけでコンティ姉さん、なにか良い考えはないでしょうか」


 スレイヤ王立魔法科学院の試験開始まであと一アワル。


 先触れもなく急な訪問となったが、コンスタンティンさんは嫌な顔ひとつせずにスレイヤ城門前にある広場まで足を運んでくれ、俺の話に真剣に耳を傾けてくれている。


「──ちょっと整理していいかしら」


 コンスタンティンさんが太い指で眼鏡を外し、ガラス部分を白い布で丁寧に拭う。

 いつもしている動作なのだろうがわずかにぎこちない。

 細い目を閉じて、しきりになにかを考えているようだった。


「──本当にあなたにはいつも驚かされるわね。七年ぶりに突然現れたと思ったら昔の面影なんてまったくないと言っていほど姿を変えてしまっているし、名前もキョウではなくてラルクだというし──」


 「その特別製の身分証がなかったら、あなたがあのキョウだなんてとても信じられないわ」──手入れを終えた眼鏡をかけたコンスタンティンさんが続ける。


「そのうえ──まあ、今はそれはいいわ。つまり、あと一アワルに迫る、魔法科学院の受験資格を得るための選考過程に魔力がなくても通過できる方法を教えてほしい、ということ?」


 俺は正面で座るコンスタンティンさんの、開いているのであろう細い眼を見据えたまま頷く。

 七年前は立っている俺と座っているコンスタンティンさんの視線の高さは同じほどだったが、今では俺が見下ろすような形になってしまっている。

 男爵を相手に失礼は承知だが、急ぎということと、並んでいては話しづらいということもあり、俺は立ったままで話す許可をもらっていた。


「ただでさえ今年はミレサリア殿下がご入学なさるので試験官や警備の目が厳しいというのに……」


「俺が試験を受けることを師匠から聞いていないのですか? 二年も前ですが師匠は報せを放っておく、と言っていましたが……」


「聞いていないわよ……もし知っていたらこんなに驚きはしないわ」


 『ったく、やっぱりか……』心の中で苦笑いをする。

 まあ、俺もそんなことだろうとは思っていたので驚きはしない。


「でもその黒づくめの容姿はどうしたのよ。見たところ腕輪は嵌めていないようだから、その姿が本当のあなたなのでしょうけれど」


「その話は追々させてもらいます。そんなことよりもまずは──」


「はいはい、試験のことね、なんだかあなた……ラルク、でいいのかしら、ラルク、変ったわね。大人っぽくなったというか、貫禄が付いたというか……ま、それはそれで嫌いじゃないけれど」


「はい、今後はラルクと呼んでいただけると助かります、この都でキョウという名はなにかと目立ちますので。──俺だって今年十五になるんですよ? 七年前と比べてなにも変わっていなければ反対に心配ですよ」



 キョウという名はこの都では神格化されてしまっている。

 この国では非常に珍しいキョウなどという名を名乗っていては悪目立ちしてしまうだろう。

 それならばよくある名前のラルクと名乗った方が却って目立たない。

 寧ろいまさら不慣れな別名で身を隠して、いざというときに咄嗟の対応をとることができない──ということの方が問題だ。

 ラルクと名乗ったところで、今の俺と昔のラルクロアとを結び付けられないほどに俺の見た目が変貌を遂げているということもあるが、もうばれるような失態は犯さない、という自負もある。

 『無魔』とばれさえしなければ──ではあるが。

 それに、今年開かれる七賢人議会に対する印象付け、という意味も少なからずはあった。

 

 だが、コンスタンティンさんにだけは、ばれても構わないと考えている。

 その方がなにかと都合がいいからだ。


 「ラルクねぇ」と小さく呟いているコンスタンティンさんを見て、『遠くないうちに魔力を持たない俺がラルクロアだと気付いてもらえるだろう』と悟る。

 師匠も『コンティには素性を話していろいろと便宜を図ってもらうがいいさ』とあくどい顔をしていた。

 だからコンスタンティンさんには、今この場で明かしてもいいくらいではあったが、そうすると試験前に無駄な時間を取られてしまうので、そのあたりはコンスタンティンさんの推理力に任せることにしておいた。

 


「……魔力がなくても本試験を受けられるように、ということは、それはあなたの魔力を隠しておきたいということ? それとも本当に魔力がない、ということなの?」


「後者の方です」


「……なぜ精霊様と契約を交わしているあなたが魔力がないのかということは後ほどゆっくり聞かせてもらうとして、知っているでしょうけれど、あの魔道具は絶対なの。血を一滴垂らせばたちどころにその者が持っている魔力が色として現れるわ」


 コンスタンティンさんが袋から砂糖菓子を取り出して口に放り込む。

 俺にも勧めてくるが、首を軽く振って断ると


「だから魔力を持たないといっていることが本当だとして、ラルクがその場で選考試験を受ければ、必ず不合格となる、どころか、無魔として奇異な目で見られるわ」


「……」


「それにその黒髪黒眼の容姿、この国で忌み嫌われている『無魔の黒禍』として大騒ぎになってしまうわよ」


 コンスタンティンさんが意味深に俺の瞳を覗き込む。

 俺はふた柱の精霊と契約を交わした際に漆黒に染まってしまった自分の黒髪をひと房、指で摘まんだ。


「想像した通り、か……」


「ええ、黒髪黒眼の容姿はこの辺りでは非常に珍しいから。それでも魔力があれば『ただの珍しい容姿をした他国の受験生』で済むわ。でも、魔力がなければ……警備に突き出されて、その後は厳しい尋問が待っているでしょうね」


『相変わらずだな……この国は……』


「そうね……他国とは大違いだわ……」


 声に出したつもりはなかったが、コンスタンティンさんには聞こえてしまったらしい。

 スレイヤ王国の要職に就くコンスタンティンさんが自国の貴族の在り方を憂うように「ごめんなさい」と溜息を吐いた。


「いや、コンティ姉さんに言ったわけじゃないですよ、もともと姉さんはこの国の人間ではないんですし。──それにしても、近衛総隊長の力を以てしても打つ手なし、か……」


 どうしたものか──俺は腕を組んで空を見上げた。

 今朝見た空と違って雲が遠い。


「ちょっと、どうしてそうなるのよ。私はあなたが選考試験を受ければ不合格になる、と言ったのよ?」


 顔を下に向けると、コンスタンティンさんが俺の下あごを指差して唇を尖らせている。


「ええ、確かに姉さんはそう言いましたが」


「それなら受けなければいいじゃない、本試験から受けられるように私が口添えしてあげるわ」


「え? そんなこと可能なんですか?」


「ちょっと面倒なこともあるけれど……隊長から罰を受けるより余程ましだわ」


「それは助かります!」


「ただそれにはひとつ条件があって……」


「条件? なんです?」


 太った腹を揺らしながら立ちあがったコンスタンティンさんが


「今度、食事に付き合いなさい?」


 腰に手を当てて片目をぱちりと閉じる。


 これが綺麗な女性だったらうれしくもあるんだろうが……。


 口調と中身は女性でも、見た目は紛うことなき中年のおっさんが


「──いいわね?」


 もう一度ぱちんと片目を閉じた。





 

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