第92話 幕間 体得! 『風奔り』
「全部採っちゃったけど、良かったのかな」
皮袋一杯に詰め込んだマールの花。
これから最低でもひと月、長ければそれ以上の期間を青の都で過ごさなければならない。
この花がいったいいくらで売れるのかもわからないし、王都の宿代や食費など、物価もどれほどなのかわからないから、とりあえず採れるだけ採ってしまったのだ。
お金が底を尽きて野宿する──ことになっても平気といえば平気だが、旅はいつ、どこで、なにが起こるかわからない。
備えあって後悔することはないはずだ。
リーファとの空中遊泳が楽しくて、ついつい調子に乗ってしまった、ということも多分にあったが。
「──まあ、またすぐに生えてくるだろう」
すでに採ってしまったものは仕方がない。
放っておけば自然に花をつけるだろう──僕は安直な結論を出すと
「帰ろうか、寝小丸さん」
『ニヤーオ』
庵への帰途についた。
◆
「寝小丸さん! 止まって!」
帰り道、大きな木を発見した僕は寝小丸さんの背中を叩いた。
「あれだけ大きな木なら、もしかしたら虹香茸があるかもしれない!」
庵にも食料はたくさんあった方がいいだろう(少し分けてもらって旅に持って行くつもり)と、キノコが生えていそうな木を探していたのだ。
停止した寝小丸さんに木に近寄ってもらうと、寝小丸さんの頭のてっぺんによじ登って背伸びをする。
カイゼルさんに教わったように木の上の方を探して──。
が──
「と、届かない……もう、ちょっとなんだけど……」
あと少しのところで枝まで手が届かない。
寝小丸さんも木に前足をつけて、うにゃうにゃ言いながら精一杯に体を伸ばしてくれているのだけど──
「だ、だめだ、届かない!」
それほどに大きな木だった。
「仕方がない、リーファ! 僕をあそこの枝の上まで運んで!」
すると僕の身体がふわりと浮かび、とん、と枝の上に降り立った。
「ありがとう! リーファ!」
こんなことで精霊を使役してもいいのかな? とちらりと罪悪感のようなものが過る。が『本来精霊様は生活を便利にするための存在だ』って誰かが言っていたよな──と、そんな罪の意識を、ぽい、と捨てるとすぐに虹香茸を探し始めた。
「大量だぞ!」
この木は当たりだったらしく、とんでもない大きさの虹香茸が、五十本以上収穫できた。
こうなると皮袋にも入りきらないので、どうしようか迷った挙句、下にいる寝小丸さんの背中に、採った端からポンポンと落としていった。
すると寝小丸さんの長い毛の中にキノコが埋まって、ちょうどよく収納ができたのだ。
もう偽物と間違うこともなかった。
軸の太さは段違いに太いし、傘の裏に斑点がないことも確認済みだ。
「これだけあればみんなも喜ぶだろう」
思わぬ収穫ににやけ顔になりながら、寝小丸さんの背中に飛び降りた。
「そういえばリーファ、お師匠様が言ってた『
寝小丸さんの毛の中のキノコをしっかりと埋め込みながら、思い出したことをリーファに聞いてみる。
「…………」
「なんか、かっこいい名前なんだけど。リーファがブワッてなって、僕のことをビューンって運んでくれる、みたいな感じなのかな?」
「…………」
「で、青の都まで三日で到着しちゃう、とか?」
「…………」
試して……みようかな……。
リーファとお近付きになれた今こそ、その機会かもしれない。
お師匠様は『風奔りの術』を覚えてこい、って言ってたし……。
カイゼルさんは見えないくらい速いって言ってたけど、どうなんだろう……。
さすがにカイゼルさんの話はちょっと大袈裟な気がしないでもないけど、実際お師匠様はレイクホールの街まで相当な速さで往復していたし、僕も使えるようになればそれに越したことはない。
いや、というより、使えなければひと月で戻ってくるなど無理だ。
使えれば良い、ではなくて、使えなければならない、のだ。
「よし、やってみよう。──寝小丸さん、ちょっと試したいことがあるのでここで待っててくれますか?」
僕は寝小丸さんの尻尾を滑って地面に降りると『風奔りの術』を試してみることにした。
「と、いってもどうすればいいんだろう」
さっきもそうだったけど、簡単なことであれば精霊を使役する宣言も必要ない。
『アクアお願い!』とか、『リーファこうして!』とか、そんなのでも大丈夫っぽい。
それと『ラルク』の名より『クロカキョウ』の名で命令した方が、僕の言うことを聞いてくれている感じもする。
「まあ、難しいことは考えずに簡単にいってみようか」
お師匠様からはまだなにも習っていないのだから、失敗するのは仕方がない。
差し当たってこの術がどんなものなのか、感覚だけでも掴んでおきたい。
僕は恐る恐る──
「リーファ、風奔りの術をお願い……」
小声で頼んでみたが、なにも起きない。
術の名前はあっているはずだ。
やはりかっこよさそうな術は本腰を入れて行使しないと発動しないのかな。
それならば──
「おほんっ! えー、クロカキョウの名に於いて、えー、風の精霊、リーファに命令する、えーと、どう言えばいいのかな、風奔りの術を使え! でいいか──」
刹那──僕の視界がぶれたかと思うと
──びたんっ!!
「──いったぁっ!!」
次の瞬間には大木に思いっきり身体を打ち付けていた。
「──っつう〜!」
したたかに打った顔面を撫り、涙目になりながら、なにが起きたのか確認する。
後ろを振り返ると、少し離れたところに寝小丸さんが丸まっていた。
「え? あそこからここまで飛ばされたの!?」
距離にして二十メトルほどだろうか。
その間隔を一瞬で移動した、ということなのか!?
俄かには信じ難いことではあるが、そうとしか考えられない。
「凄い! けど、なんて危険な術なんだ!」
今いる場所のように木が林立する場所で使うのは無理だろう。
どんなに、目が良くて、どんなに集中できたとしても──
「ん? 集中……?」
そのとき僕の頭に、あの不思議な精霊言語が思い浮かんだ。
隠れ者を前にしたとき、あの言葉を声に出した途端、頭が冴えわたり集中力が増したような気がしたのだ。
「あの言葉、なにか意味があるのかも」
そう解釈した僕はものは試しと、
「ええと、確か、こうだったよな」
うろ覚えではあるが、それっぽく指を組む。
「そして……次に……」
目を閉じると
「ふげんさんまやのいん、──りん!」
その言葉を口にした。
直後──頭がすっきりして腹の底から力が込み上げてくる。
やっぱり、これが秘密の言葉だったんだ!
閉じていた目を開けると──
「す、凄い!」
驚くほど視界は広くなり、風に舞う落ち葉も止まっているかのようにはっきりと見える。
遠くで鳴く鳥の囀りも耳元で聞こえるほどに集中力が高まっていく。
これなら見えるかもしれない!
僕はもう一度風奔りの術を試してみることにした。
「──クロカキョウの名に於いて風の精霊リーファに命令する! 風奔りの術を使え!」
すると今度は──
「──見える! 見え──」
──ぼすんっ!!
『ウニャ?』
はっきりと景色を見ることはできたが、見えただけで身体が術自体に付いていかない。
今度は僕の身体は寝小丸さんのお腹に埋まってしまった。
「ご、ごめんなさい、寝小丸さん……」
ぽろぽろ落ちてしまったキノコを、再度寝小丸さんの毛の中に埋め込みながらどうしたものかと思案する。
「秘密の言葉をもうひとつ言ってみたらどうだろう……」
不思議な言葉は唱える毎に力が湧いてきた。
そのことにもう一度だけ挑戦してみようと
「よし!」と気合を入れる。
奇妙な形に指を組み、
「【だいこんごうりんのいん! ──ぴょう!】」
大声で叫ぶ──と同時に
「【クロカキョウの名に於いて風の精霊リーファを使役する! ──行使せよ! 風奔り!!】」
精霊言語を紡ぐ。
すると──
「う、うわあぁぁああ!!」
風のように、いや、風よりも速く移動すると、あっという間に庵に帰り着いてしまった。
『うな?』
付き添ってくれた寝小丸さんを置き去りにして。
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