第30話 レイクホールで見た光の珠


「ミスティアさんって、身分の高い方なのですか? 街の人からミスティアって呼ばれてましたけど……あの、僕もミスティア様って呼んだ方がいいのでしょうか」


 僕は馬から落ちないように体勢を維持しながら、後ろで手綱を握っているミスティアさんに確認を取った。

 あの街の人の感じからすると、ミスティアさんは貴族なのかもしれない。

 仮に貴族でないにしても、平民より高い身分であることは間違いないだろう。

 礼を失して罪に問われたとしても「知りませんでした」では済まされない。


「なんだ貴様、この街の成り立ちを知らぬのか」


「成り立ち……ですか?」


「知らぬなら良い、呼び名など今のままで構わん。そんなことよりこっちで合っているんだろうな?」


「いや、でもさっきの人たちは──」


「構わんと言っている。それよりも私の質問に答えろ」


 ミスティアさんがそう言うのであればいいんだろう。

 僕は今まで通り、まだよく知らない、会って間もないこの女の人のことをミスティアさんと呼ぶことにした。


「はい、この道で間違いありません。それではミスティアさんはどんなお仕事を……」

「さっきから喧しい奴だな! 私のことはどうでもいい! そんなに話がしたいのであれば貴様がハーティス家の客人として招かれた理由を話せ!」

「は、はい!」


 よく怒鳴る人だ……

 そんなに僕のことが嫌いなんだろうか……


 どうやらイリノイさんは僕のことをミスティアさんに話していないようだ。昨日レイクホールに帰ってきたんだから無理からぬことではあるけど、どこまで話していいものやらわからない。また下手なことを言ってイリノイさんに怒られるのも勘弁だ。

 でも、もしかしたらイリノイさんから伝報矢メッセージアローを受け取っているかもしれない。


「イリノイさんからはなんて……」


 だから逆にどこまで知っているのか、探りを入れてみることにした。


「なんだ、貴様。お祖母様には話せても私には話せない内容でもあると言うのか」


「い、いえ! そんなことはありません……けど……」


「なんだ、男のくせに煮え切らん奴だな! 私はここに来たわけを話せ、と言っているんだ! お祖母様は関係ないだろう!」


 探りなど入れさせるか──とばかりに真後ろから罵声が飛んでくる。


 はぁ……何を言っても怒鳴られる……


『イリノイさんと話しているときとはまるで別人じゃないか……』


「なにか言ったか! 貴様!」


「いえ!」


 これから長い付き合いになりそうだし、もう面倒だから正直に話してしまおうか。

 隠したり嘘を吐いたりしたら何をされるかわかったもんじゃない。


 背中に感じる圧から逃れようと、僕は正直に話すことに決めた。


「僕も知らなかったのですが、僕とイリノイさんは遠い親戚にあたるそうなんです。詳しくはわからないんですけど、父がそう言っていました」

「貴様とお祖母様が親戚? ということは、私とも血の繋がりがあるということなのか? 貴様みたいな腑抜けた子どもと私がか?」


 僕だってそんな暴力的な女の人と血が繋がっているなんて信じられませんよ。


 無論、口には出せない。

 代わりに出てきたのは


「ははは……」愛想笑いだ。


「なにを戯言を、と一笑に付したいところではあるが、貴様が屋敷に入れたということはおそらく事実なのであろうな……しかしなぜそのような大事なことをお祖母様は話してくれなかったのだ」


 さっき話そうとしてたんじゃないですか? ミスティアさんが癇癪を起こしていたから話す機会タイミングがなかっただけなんじゃないですか?


 無論、これも口に出せない。

 

「あ、ミスティアさん! あのお店です!」


 今度代わりに出てきたのは目的地到着のお知らせだった。

 店先に明かりは灯っている。どうやら開店はしているようだ。


 あとはどんな種類でもいいからキノコがあればいいんだけど……


「こんな所に店があったのか。一年前にはなかったと思うが……」


 ミスティアさんが馬を寄せながら店の様子を窺っている。ミスティアさんはこの店へは来たことがなさそうだ。


「では、僕が行ってキノコがあるか聞いてきますね」


 僕はそう言うと「申し訳ありませんがお願いしてよろしいでしょうか」と両手を広げて馬から降ろしてもらう姿勢をとる。


「いや、私も行こう」


「え? でも……」


「茸があるのなら、質と品種を直接見てみたい」


 市場であれだけの騒ぎになってしまったのに、ミスティアさんが店に入って行ったら、ここでもまた大変な事態になるんじゃないだろうか──という僕の心配もよそに、ミスティアさんはサッサと馬から降りてしまった。


 どれだけキノコに執着しているんだろう。この人は。


「あの、すみません。降ろしていた──」


「飛び降りろ」


「──え?」


 先に降りたミスティアさんは、馬から降りられずに困っている僕に向かって飛び降りろと言う。


「いいから飛び降りろ」


「いや、でも」


「早くしろ! 受け止めてやるから!」


「そ、それは──」


「何度言わせるつもりだッ!」


「は、はい!」


 そうは言うけど、ミスティアさんは腕を組んだままで、受け止めようとする素振りも見せない。


 なんて無慈悲な人なんでしょう。

 無様に転げ落ちる僕の滑稽な姿を見て嘲笑うのでしょうか。

 そうですか。わかりました。いいでしょう。

 受け止めていただきましょう。覚悟はいいですね? ミスティアさん。『不敬罪だ』などとは言わせませんよ?


 僕にわざと聞こえるように「トロイ奴だ」と呆れ顔で呟いているミスティアさんの顔面めがけて──


 どうなっても知りませんよ!!


 僕は思いっきり跳んでやった。


 どうだ! 避けられないだろう! これでミスティアさんも巻き添えだ!

 

 しかしミスティアさんは眉ひとつ動かさず、驚く様子もなく、ただなにかを一言だけ呟いた。

 なにを言ったのかはわからない。

 そして次の瞬間、僕の身体を無数の光の珠が包み込み──


「うわぁッ!!」


 そして勢いを失った僕の身体は、体勢バランスを崩すことなく両足からふわりと地面に降り立った。


「え? え?」


 確かにミスティアさんめがけて跳んだはずなのに、どうして?


 僕がなにが起きたのかわからずに動揺していると


「ほら、トロ。行くぞ」


 ミスティアさんは口をあんぐり開けたままの僕を置いて店に入っていってしまった。


 あ、この光……


 未だに僕の近くを舞っている光の珠が気になったけど、


「あ、ま、待ってください!」


 とりあえず今はミスティアさんを追いかけて、僕も急いで店に入った。

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