第20話 報せ
「だから、何度も、いうが、お前は、身体の、芯が、ぶれてるん、だよ」
「んぐ、動いてる、生き物を、狙うと、どうしても、力が、入って、しまって──」
「それにな、予備動作が、多過ぎるんだ、んなんだから、二十匹程度の、モグラに、だって、手こずるんだ」
「んぐ、ですから、モーリス、僕は、魔法師に、なるつもり、だったんです、だから、剣なんて──」
「ラルク、んなんじゃ、この世界、生きて、いけねえぞ」
「んぐ、大丈夫です、僕は、レイクホールの、街から、出ません、から」
◆
ナッシュガルの街を出てからもうすぐ二カ月になろうとしている。
レイクホールまであと五日ほどの距離まで来てはいるけれど、いかんせんモーリスが寄り道をしたがるので遅々として馬車が進まない。
ちなみにナッシュガルを出たその日に「モーリス」と呼ぶことを義務付けられた僕は、それ以来、畏れ多いことだが、殿下のことを「モーリス」と呼ばせていただいている。「さん」をつけると蹴りが飛んでくるのだ。
本人は寄り道ではなくて、僕を鍛えるためだと言うけど、レイクホールまで御者を買って出てくれたデニスさんもそれに付き合わされてしまっているんだから、なんともはた迷惑な話には変わりない。
今のモーリスなら嬉々として突っ込んでいくことが目に見えている。
僕の力(?)を引き出そうとあの手この手を駆使してくるもんだから、次はなにを言い出すのか、モーリスの言動には僕だけでなくデニスさんも肝を冷やさずにはいられない。
そんなモーリスの
モーリスの考えで、デニスさんにも僕の"不思議な力"のことを少しだけ話してあるから、あれほど危険を避けていたデニスさんが獣の巣やら薄暗い森の中やら付いてきてくれるのも、僕の奇跡を信用してくれているからなのだろうか。
まあ、奇跡なんてあれから一度も起きていないんだけど……。
幸いなことに盗賊に襲われることもなかった。
ある晩、一緒に野宿をした冒険者から「報奨金の支払いがされていないようだから真偽は不明だが」と前置きされたうえで聞いた、「どうやら、ふた月ほど前に孤高の山嵐団が壊滅したらしく、他の盗賊どもは警戒して鳴りを潜めている」という噂話に思い当たる節があり過ぎる僕たち三人は「どうりで」と内輪で納得していた。
◆
そして今日も今日とて巣穴を見つけるやいなや、モーリスが煙で燻し出した二十匹の
「……なあ、どうでもいいがあんたら食うか話すかどっちかにしろよ……、ったく……」
今日の成果、
ジャストさんにもらった食料が底をつき、自給自足の生活が始まってから一カ月。
男三人、焚き火を囲んで反省会を兼ねての夕食。
もう見慣れた光景だ。
モーリスは八匹、デニスさんは六匹、僕は五匹の
それをサラッとモーリスが抜き取り、口に運ぶ。それももう見慣れた光景だ。
僕も小さな四足動物くらいなら捌けるようになった。
自分で言うのもなんだけど──モーリスとデニスさんに教わりながらだけど──短刀の扱いも様になってきたと思う。
今晩の食材である
新鮮なうちに頭を落として血抜きをし、腹を裂いて内臓を取り出す。
硬い針と尻尾といった素材として売れる部位は雪を詰めた革袋に保管し、街道ですれ違う行商人に水やパンと交換してもらう。
有り難いことに今、目の前に並んでいるパンや果実酒も、以前狩った
無論、僕は酒は飲めないから水だけど。
モグラの硬い爪先と取り出した内臓は食用にも素材に適さないので穴を掘って埋める。
この程度であれば鼻歌交じりでできるようになった。いや、なってしまった。いや、ならされた。
「しかし男三人旅ってのは色気がなくてどうにもつまんねえな……そろそろ適当な街に入るか」
最後の一串を胃に収めたモーリスが、串先で歯に詰まった
「……適当な街、ってまだレイクホールに行かないで寄り道する気ですか!?」
食べ終えた串を焚き火に放り込み、燃えあがる炎を見ていた僕はギョッとしてモーリスに顔を向けるが、しれっと星空を見上げているモーリスに、聞くだけ無駄だ──と焚き火に視線を戻た。
僕は膝を抱え込んで「モーリスもそろそろ王都に向かった方がいいのでは……」ボソッと呟いた。
「モーリスの兄ちゃんはまだ若ぇからなぁ、色が欲しくなるのも仕方無ぇけどな。ま、それでもアリアさんに手を出さなかったことは褒めてやらんでもないがな」
木の容器に並々と果実酒を注ぎ、それを一息に飲み干したデニスさんがモーリス相手にチクリとやる。
今年で四十五歳になるというデニスさんから見れば、僕もモーリスも「兄ちゃん」だ。
デニスさんは普段こそ一歩引きながら僕たちを見ているけど、ここぞ、というときには燻し銀の突っ込みを炸裂させる。
「馬鹿言ってんなよ、デニスのおっさん。アリアさんは人妻だぞ? いくら守備範囲の広い俺でも──」
「あ、そういえば──」
「んん? なんだよ、ラルクのあんちゃん、どうした」
デニスさんからの思わぬ
そんな僕の声に反応したデニスさんが僕に向かって話の続きを促した。
結果としてモーリスの言い訳、というか逃げ口上を遮る形になってしまったが、今の流れにまったく無関係な話でもないんだから構わないだろう。
モーリスも僕の言いかけた言葉が気になるのか、この場は僕に譲ってくれるようだ。口を閉じて僕を見ている。
「あ、いえ、ふと思い出したんですけど、アリアさんが言ってました。モーリスがなんだかじっと見てくるから怖いって」
「おい、ラルク。お前まさか俺がアリアさんのこと狙ってた、とか言い出すんじゃねえだろうな?」
「ち、違いますよ! 僕はただ、アリアさんにモーリスが胸のあたりを見てくるって相談されただけで!」
「……俺の予想的中か……、モーリスの兄ちゃん。あんた最低だな……恩人だからと断れないことをダシにして……で、ラルクのあんちゃんはアリアさんになんて答えたんだ?」
「おい! デニスのおっさん! だから違えっての! 確かに見てはいたがそれは別の理由が──」
「やっぱり見てたんじゃないですか……アリアさんには『気のせいじゃないですか?』って言ったおいたんですけど……ジャストさんに言いつければ良かった……」
僕もデニスさんも、半開きの眼でモーリスを見る。
「ラルク! お前、俺の趣味知ってるだろ! 前に話したエリサみたいな強い女が──」
──ドスッ
「うわぁ!」
深夜、焚き火にあたって
モーリスは眉ひとつ動かさずに、その白く光る矢をぐいっと抜いて手に持つと小声で何かを呟く。
すると確かに今まで矢だったものが
誰からのものだろう。
使い手が特定されないように標準の矢の形をしているため、外見だけでは送り主はわからない。
モーリスは難しい顔で報せに目を通している。
「やっぱりか……」
読み終えたモーリスが、
あまり良くない報せだったのか、眉間のシワがさらに深くなっている。
「モーリス、
「なんだってんだ、モーリスの兄ちゃん」
考え込んだモーリスを心配して僕とデニスさんが声をかける。
「いや、なんでもない。……それより予定変更だ、今すぐにレイクホールに向かうぞ」
モーリスは
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