19-11.外乱
電子戦艦〝トーヴァルズ〟、電子戦指揮所に赤一色――。
〈やられたか!〉電子戦長カッスラー大佐が歯噛みを一つ。
警報とともにメイン・モニタへ警戒色。最前面へポップ・アップしたウィンドウにただ一語――『侵入警報』。
〈パッケージ〝P-S〟!〉続いてオペレータ。〈パフォーマンス低下!!〉
聞くまでもなくメイン・モニタ、一角を占めるタスク・リストをエラーの赤が染めていく。
〈スウィープ!〉即応、クィネル大尉。
〈まだだ!〉カッスラー大佐が割り込む。〈〝ゴダード〟の敵を掃討! 最優先!!〉
〈待って下さい!〉クィネル大尉が跳ね上げて声。〈本艦の機能を盗られますよ!?〉
〈〝放送〟はどうする!?〉カッスラーが打ち返す。〈〝ゴダード〟にも本艦にも敵はいる! こちらの電子戦力を削ぐ手はない!!〉
〈……!〉クィネル大尉が答えに詰まる。
〈マシン・パワー全開!〉号令、カッスラー大佐。〈パッケージ〝P-S〟へ回せ!!〉
その時――。
作戦宙域を貫く、電磁波の束――火器管制アクティヴ・サーチ。
洗う。艦影。暴き出す。敵意の塊。その源は――〝シュタインベルク〟。
――アクティヴ・サーチ!?
苦く〝クラリス〟。
警報。〝ゴダード〟。索敵中枢。反応。起ち上がる。マシン・パワーが一気に集中――、
戦術マップに発振源。フリゲート〝シュタインベルク〟、要警戒の赤いタグ。
――こんな時に!
システム負荷は上限一杯、逆に〝トーヴァルズ〟との通信帯域、負荷グラフは急降下。索敵システムを介して〝トーヴァルズ〟と繋いでいたパッケージ〝P-S〟、そのデータ転送に――エラーが走る。
――このォ……!
〝イーサ〟の感覚へエラー・コード――『送信エラー:再試行待機中』。さらには警報――火器管制アクティヴ・サーチ。
――マリィは!?
マリィ周辺、監視カメラ網へのルートはその過半をロスト――だがまだ全滅ではない。間に合う。
起動コマンド再送信――〝トーヴァルズ〟に仕込んだ〝悪戯〟へ。
接続――確立。転送命令、受領確認――からが、長い。
優先順位を確認――そこへリクエストが雪崩を打って押し寄せる。滞留。4万位台前半――から半ばへ転落。まだ下がる。
――まずい!
〝イーサ〟が苦く気配を揺らがせる。起動コマンドを晒しておけば、いずれ〝悪戯〟そのものが露見する。待てる時間を予測――するまでもなく消す。楽観が行き着く先は地獄のみ。
――次の手は!
答えてくれる口はない。〝イーサ〟はネットワーク図を展開、プローブ群の中に活路を探る。
「アクティヴ・サーチ!?」ドレイファス軍曹の声に緊張。
『発振源、〝シュタインベルク〟!』〝ホリィ〟がドレイファス軍曹の聴覚へ。
軌道エレヴェータ〝クライトン〟管制室、サブ・モニタに〝シュタインベルク〟の拡大画像。
「撃つ気か?」ドレイファス軍曹の声に緊張。「それともハッタリか!?」
そこで視界の戦術マップ、機動中の輝点にタグ――それが4。
『揚陸ポッド!』鋭く〝ホリィ〟。『数は4! 予想進路――〝オサナイ〟!!』
「こいつか!」ドレイファス軍曹の声も尖る。
「いきなり接舷はないはずだ」声を低めつつバカラック大尉。「自殺志願でもなきゃ戦闘機動には入る」
「余裕があるってわけでもないでしょう」ドレイファス軍曹は戦術マップから眼を離さず、「こいつァこっちも急がにゃ」
〈動いた!?〉オペレータから思わず声。〈〝シュタインベルク〟が?〉
第6艦隊旗艦〝ゴダード〟、総合戦闘指揮所。参謀長マッケイ大佐の声もつられて棘含み。〈第3艦隊最優先コードは!?〉
〈生きてます!〉電子戦担当官が即応。
視界に浮かぶ戦術マップ、〝オサナイ〟のマーカ上でタグの一つが強調表示――『発信中:第3艦隊最優先コード』。
〈現在、〉続けて電子戦担当官。〈〝オサナイ〟より識別コードに載せて発信中! 〝オサナイ〟には異常検知ありません!!〉
〈……破った、と?〉マッケイ大佐が寄せて眉。〈最優先コードを? 〝シュタインベルク〟が? しかも単独で?〉
〈揚陸ポッド!〉揚陸参謀がデータ・リンクへ指示。〈戦闘機動! 回避を最優先!!〉
〈厄介な!〉マッケイ大佐も歯を軋らせる。〈連中も悪知恵を!!〉
目標の位置を積極的にあぶり出すアクティヴ・サーチは、同時に攻撃の意志表明でもある。つまりこれを看過したとなれば、無為に味方を見捨てるにも等しい。そして――、
マッケイ大佐が視覚上の戦術マップへ眼を投げる。そこには〝オサナイ〟へ向かう陸戦隊の揚陸ポッド、その数4。
〈〝トーヴァルズ〟!〉即断、マッケイ大佐。〈妨害波発振! 出力最大! 揚陸ポッドを撃たせるな!!〉
第6艦隊旗艦〝ゴダード〟の〝クラリス〟、その意識へ警告――『索敵エラー:妨害波検知』。
――何てこと!
データ通信に転用中の索敵システム、電磁波系に赤一色。軒並みエラー。『通信異常』が列をなす。データ・リンクが乱れ、細り――そして途絶える。
パッケージ〝P-S〟――機能停止。
――まだ!!
立ち直る。〝クラリス〟。管理権限はまだ手中。索敵中枢をモード変更、マシン・パワーを演算機能へ。
視覚へ、赤文字――『【警告】切断:パッケージ〝P-S〟』。
電子戦艦〝トーヴァルズ〟電子戦闘指揮所、カッスラー大佐が問いを飛ばす。〈〝クラリス〟は!?〉
〈駄目です!〉クィネル大尉が歯を軋らせる。〈索敵中枢が!!〉
カッスラー大佐が意識を視覚の一角へ――妨害波出力グラフ、最大値。
〈無理もないか〉眉をひそめつつ、カッスラー大佐は視点を別ウィンドウ、命令ログの最上位へ。いわく――『妨害波発振・出力最大:揚陸ポッド守備を最優先』。
「くそ!」ドレイファス軍曹が顔をしかめた。
「こいつは……」バカラック大尉の眼尻に忌避が乗る。
軌道エレヴェータ〝クライトン〟管制室、モニタ群の一部がホワイト・アウト。それぞれに信号強度グラフがポップ・アップ、叩き墜とされたような急落の果て――並ぶ結論、感度ゼロ。
「妨害波か」舌打ち混じりにバカラック大尉。
「ですね」ドレイファス軍曹が受信状況グラフを視覚へ――電磁波系のノイズ強度が、光波長域を除いて振り切れている。「こいつはまた派手な」
「これで密輸船のネットワークを?」バカラック大尉が口を歪めた。「レーザ通信はいいとして、電波系のセンサは壊滅的だぞ。下手に動かしたら事故りかねん」
「まあ錨泊船なら、」ドレイファス軍曹がメイン・モニタへ宇宙港の周辺マップ。「宇宙港に対して相対停止してますんで、問題はそう大したもんでもないでしょう」
「で、」バカラック大尉の眉はうそ寒げ。「その中から〝メルカート〟の?」
「の、データ・リンクは焼いちまったようですが」ドレイファス軍曹が操作卓へ指を走らせる。「隔壁の回線を開放しちまえば、宇宙港区画のマシン・パワーは使えるはずです。それに組織の――〝パラディ商会〟でしたっけ――虎の子も期待できるんじゃないですか?」
――何か手は!?
〝イーサ〟が手札の伝送ルート、そのリストをスクロール。マリィを映す監視カメラ、接続ルートに赤が増殖――止まらない。
――そうか!
発想。転換。意識を転じて伝送ルート、その下流。流すべき映像データは絶えつつある――だが。
――こっちの手が!!
意識の先、通信システム。レーザ通信機、その一つ。さらにその先――〝トーヴァルズ〟。
送信。〝イーサ〟。起動コマンド。〝悪戯〟へ。
――間に合え!!
――潰せ!!
タスク報告コマンド。〝クラリス〟が打つ。暴く。邪魔者全てを引き剥がす。持てる力を駆使し、プロセッサを従わせ、止める。迷宮防壁。打ち砕く。
――やった!?
跡には気配、痕跡、ともにゼロ。迷宮防壁ごと――失せた。
――強制走査!
〝クラリス〟が敵の迷宮防壁跡を掘り返す――痕跡なし。
――さて、次は〝トーヴァルズ〟ね。
そこで意識をひとまず監視カメラ群、マリィの監視映像へ。
――こっちが終わったら、いつでも何とでもしてあげるわ。
次いで〝ゴダード〟の艦内ネットワーク図を展開、〝クラリス〟が意識を向ける先――、
――索敵中枢……は一杯だから、狙い目は通信中枢ね。
そこで想起。敵がマリィの中継データを伝送するルート――まず間違いなく通信中枢。
――トラップ……を、こいつが張ってないはずはないわね。
〈これは……!〉〝シンディ〟がハリス中佐の聴覚へ。〈伝送ルートが!!〉
〈どうした!?〉応じるハリス中佐の声も硬い。
聞いた周囲――マリィも、さらには陸戦隊員達も、緊張の度を増した。
『この区画のプロテクトが!』〝シンディ〟が声をスピーカへ。『固まって――閉じ込められます!!』
ハリス中佐がライアット・ガン、将星とともに視線を巡らせる。「またも工作か! ――ヘンダーソン大佐!!」
マリィも周囲へ、眼。陸戦隊員達がバネを溜め、備える姿のその向こう――汎用モニタ。〝放送〟映像。チャンネル001のその一角に、己の姿――へ。
ノイズが、一筋――。
〈タロス2操縦士、〉キースが手元、プラスティック・ワイアの締まりを確かめる。〈拘束完了!〉
そこでキースの視覚へ、文字列――『解析完了:第3艦隊最優先コード。対策コード立案開始』
〈〝キャス〟が立案に入った!〉キースは手元、敵陸戦隊員から眼を離さない。また一人、タロス1機目の操縦士を拘束――完了。〈最優先コード、上書き用意! 今のうちに要員を!!〉
〈待って!〉そこでデータ・リンクへ〝ネイ〟の声。〈マリィが!!〉
弾かれたようにキースが眼を艦内モニタへ。〝放送〟に乗るマリィの姿――、
その横、視覚へ〝ネイ〟がウィンドウをポップ・アップ。〝ゴダード〟艦内、監視映像。通路を連行中のマリィ――に、ノイズ。さらに重ねてテキスト表示――『【電子介入】』。
〝クラリス〟の視界、チャンネル001の一角で――マリィの姿に、ノイズがよぎる。画面上にテキスト表示、いわく『【電子介入】』、その一語。
――侵入!?
〝クラリス〟に歯噛み、その気配。プローブからの警告はない――つまりは映像加工、しかも直接。
――まだ敵が!?
守備範囲、〝放送〟データに加工は見られない。必然として介入の場は〝ゴダード〟艦内の通信中枢か――そこから〝放送〟データを受け取って、星系〝カイロス〟全域へ発信する〝トーヴァルズ〟か。
――いいわ。どっちにしろ掃除は必須ってわけね。
〈〝ネイ〟!〉鋭くキース。その視界、マリィの監視映像にテキスト表示――『【電子介入】』。〈〝放送〟を!!〉
〈待て!〉ロジャーが制する。〈いま回線を開いたら、敵のコマンドが飛んでくる!!〉
〈だから軌道エレヴェータだ!〉キースが打ち返し、〈チャンネル035! 直接!!〉
〈あー畜生!〉苦い顔一つ、ロジャーが思い切る。〈〝ネイ〟!!〉
〈接続中!〉〝ネイ〟が打ち返す。〈チャンネル035、直通でいくわよ! 3秒前!!〉
〈いま繋げ!〉キースが2機目のタロス、そのメイン・カメラへ向き直る。「ヘンダーソン大佐、聞け!!」
「キース!?」マリィが通路の汎用モニタ、チャンネル035へ眼を向ける。
「〝K.H.〟!?」ハリス中佐には緊迫の色。「いま回線を開いた――ということは!?」
視線と将星、重ねて転じる――陸戦隊員へ。「またも工作か!!」
「来た!」ドレイファス軍曹が指を鳴らした。
「まあ、」バカラック大尉も腕を組む。「黙っている手はないだろうな」
軌道エレヴェータ〝クライトン〟管制室、チャンネル035にはキースの顔が大映し。
『マリィの映像に介入したな!』〝放送〟上、キースは怒りを隠さない。『性懲りもなく虚を重ねるか!!』
『異なことを言う』チャンネル001、ヘンダーソン大佐が鼻白む。『小細工したのはそちらだろうに』
「どう思う?」バカラック大尉が投げて問い。
「そりゃテキスト表示は、」ドレイファス軍曹が顎を掻く。「〝K.H.〟側の仕掛けでしょうがね」
『マリィの〝虚像〟を仕込んだ口でそれを言うか!』キースは引く気配を見せない。『こちらが証さなければ、マリィの〝実物〟を抹殺する気でいたろうが!!』
『こちらは、』ヘンダーソン大佐は涼しく一言、『それも含めての自作自演と認識しているが?』
「水掛け論か」バカラック大尉が頭の後ろで手を組んだ。「まあそう簡単に尻尾は出しゃせんだろうが」
『なら証明してみせろ!』〝放送〟の中、キースが断ずる。『マリィの姿を無加工で!!』
突入。〝クラリス〟。通信中枢――そこで。
プローブ沈黙。しかも複数。時間差。詰まる。迫りくる。
――罠ね、やっぱり。
囮を残して転進、〝クラリス〟は艦隊指揮系統のデータに紛れる。囮が消える、その気配。
――何に反応してるんだか。進入経路?
中継器の一時記憶領域へ。〝クラリス〟は管理権限を行使、タスク報告コマンドを継続発行。結果報告が――、
――来ない、ってことは〝裏口〟が動いてるわね。
不思議はない。現に敵は侵入を果たしたのみならず、潜伏して〝放送〟データに介入し続けている。
――洗い出す……にも面倒だわね。
システムの〝裏口〟が〝裏口〟たるからには、表から見付けるのが容易でないのは理の当然。
――けど、まだよ。〝トーヴァルズ〟のマシン・パワーを取り返してから!
囮を展開、トラップ反応――飛び出す。〝クラリス〟。レーザ通信機へ直行――と、そこで。
囮が消失。立て続け。退路を塞ぐその布陣、例えるならば地雷原。
フェイント。〝クラリス〟。進路を変える。囮をなお撒く。潜る。中継器――から電源網。さらにクラッシャ。来た道へ。
なおタスク報告コマンド。全域。無差別。立て続け。暴き出された回路の空隙、低負荷のルートを通る。貫く。駆け抜ける。外殻へ――レーザ通信機へ。
照準。〝トーヴァルズ〟。〝クラリス〟が打って通信要求。反応――の前に検知。優先タスク。すぐ背後。
――甘い!
クラッシャ発動。置き土産。中継器の電源回路、叩き切る。予備電源へ替わる間隙、〝トーヴァルズ〟から信号――通信確立。跳ぶ。〝クラリス〟。跡にはクラッシャ。転送完了――と同時に作動。予備電源回路にジャミング、出力低下――通信遮断。
――パッケージ〝P-S〟!
要求信号。応答。承認――接続。
――本番はここからよ!
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