19-2.排出

『実績、か』キースに苦笑――あからさま。

 フリゲート〝オサナイ〟、B-5区画。封鎖を意味して赤色灯。

『〝サラディン・ファイル〟を公開してなきゃ、』さらに言を重ねてキース。『その〝独立〟も今頃どうなってたろうな』

『大佐とタメ張ってるつもりか?』疑わしげにツァイユー上等兵。

『〝前提〟だ』キースに断言。『そっちに言葉を合わせるならな』

『ああそうかい』ツァイユー上等兵に皮肉の声。『あんたがいなきゃ、大佐の独立もあり得ねェってわけか』

『話が早いな』キースの声はあくまで涼しい。『邪魔さえしてくれなきゃいい。俺達はさっさと出て行く』

『どうやって?』ツァイユー上等兵に軽く嘲笑。

『隔壁の向こうに味方がいる』キースは歯牙にもかけぬ風で、『連絡を取るさ』

『隔壁の?』フォーク軍曹が親指を向けて艦首側。

『陸戦隊だ』ロジャーから指一本。『一斉に取り付いたから制圧ァ時間の問題だぜ』

『なら、手が……ある』フォーク軍曹が掲げて右手。『救難ポッドとの通信が。〝放送〟の受信に使っているヤツが』

『通信手段は?』ガードナー少佐が問いを投げる。

『救難ポッドの遠隔制御機構を』応じてフォーク軍曹。『ポッド格納スペースの制御盤から直接』

『今も?』キースが問いを衝き入れる。『大佐側は対空レーザでスウィープをかけたはずだ。下手すりゃ撃墜、良くても発信機は死んでる可能性が高い』

 そこで肩越し、フォーク軍曹が投げて問い。『ミス・ホワイトの〝放送〟は!?』

『受信中!』やや離れてナガラ兵長。

『放出から時間が経ってる』フォーク軍曹がキースへ声。『スウィープのエリアからはもう離脱していたと考えていいだろう』

 キースがフォーク軍曹へ頷きかけて、『案内してくれ。それから補助電源に要員を』

『電源に?』ガードナー少佐が訝しむ。

『えげつねェ話だ』ロジャーの笑みが硬さを帯びた。『ま、無駄骨に終わるのを祈るとするさ』


 唸る――振動、重い音。

「排気ポンプが!?」ハリス中佐が背後へ眼。「まさか――〝キャサリン〟か!?」

『〝キャサリン〟が!?』中佐の背後、陸戦隊にも怪訝声。

「止めろ!」声を荒げてハリス中佐。「貴官ら、ミス・ホワイトを死なせる気か!?」

 一拍の――間。

「もういい!」ハリス中佐が動く。「貴官ら二度と大義を語るな!!」

 跳び付いた。エアロック。制御端末、非常停止スイッチ――、

 止まらない――。

「電子戦担当!」一喝、ハリス中佐。「正気なら止めろ!!」

 跳ねるように動いた陸戦隊員が――一人。


〈好きにしろ、〝キャサリン〟〉オオシマ中尉が〝ハンマ〟中隊へ指3本。〈カウント3!〉

〈あら無視?〉〝キャサリン〟に苦笑。〈随分と甘く見られたものね〉

〈貴様は物理に干渉できん〉受け流してオオシマ中尉。〈下手を打てば艦橋の連中を巻き込むぞ。せいぜい大人しくしているんだな――3!〉

〈人質のつもり?〉

〈つもりどころか人質だ――2!〉オオシマ中尉の声が低い。〈ただし貴様を相手取るとは限らん――今!!〉


 エアロック内部、マリィはハッチへ跳び付いた。

 耳が鳴る。目眩が襲う。吐き気が胸郭をせり上がる。

 ハッチを叩く。叩く。叩く――間にも息苦しさが募り出す。

 ハッチ横、操作端末を一瞥。見る間に気圧の表示が下がり――、


 輪状の火薬が〝オサナイ〟艦橋ハッチ脇、保護殻の2箇所を灼き抜く。耐熱性に優れる保護殻と言えど、成型炸薬の衝撃にまでは耐えられない。

〈!?〉

 〝キャサリン〟の不意を衝いて〝ハンマ〟中隊が保護殻内部へ閃光衝撃手榴弾。内部から銃撃――それが束。

 同時にオオシマ中尉の聴覚へノイズ――無視。

 起爆――。

 閃光。爆音。衝撃波。本能を衝く警戒感が、判断力に飽和を招く。

〈突入!〉

 号令一下、〝ハンマ〟中隊が艦橋へ滑り入る。身体に刻んだ反応速度で銃を手にした標的を選ぶ。そのまま一撃、軟体衝撃弾で打ち倒す。

 発見――一撃。掩護――一撃。前進――一撃。立ち直る隙を与えず、なおかつ標的を違えもせずに、陸戦小隊を〝ハンマ〟中隊は制圧してのけた。

〈随分な真似してくれるじゃない〉不機嫌に〝キャサリン〟。〈あなた達、ナヴィゲータを見捨て……〉

 構わず、オオシマ中尉は艦長席、その陰へ。

〈艦長?〉

 答えも待たずに腰のホルスタからP45コマンドー。

〈〝ハンマ〟中隊、オオシマ中尉だ。艦に投降勧告を〉

〈悪党ね〉〝キャサリン〟は苦笑一つ、〈じゃ、いいものを見せてあげる〉

 艦橋のメイン・モニタが切り替わる。簡素な表示を大映し、ただし赤字と警戒色。強制減圧中、現在――0.85気圧。


「貴官!」ハリス中佐が傍ら、陸戦隊員へ。「電子戦の経験は!?」

『いえ、』陸戦隊員が携帯端末からケーブル、『自分は突撃担当で。電子戦担当は小隊長と』

「指揮所か!?」鋭くハリス中佐。「呼べ!!」

〈カリョ少尉!〉ケーブルを端末に繋ぐ陸戦隊員に高速言語。〈ミス・ホワイトを!!〉


 息が上がる。視界が暗くなる。腕の力が萎えていく。

 マリィはハッチにただすがる。

 吸えども吸えども息が足りない。頭痛が増し、吐き気が胸を満たし、悪寒が背筋を這い上がる。

 再びハッチ横の端末へ眼。

 気圧表示の変動が――止まっていた。0.80気圧。


〈カリョ少尉!!〉データ・リンク越し、エアロック脇から再び声。〈ミス・ホワイトを!!〉

〈自業自得だ〉一蹴してカリョ少尉。〈こちらが止める義理はない〉

〈ですが!〉声が食い下がる。〈これが〝放送〟に乗ったら!?〉

〈乗せなければいい〉一言、カリョ少尉が斬って捨てる。〈そこで粘る方がむしろ危険だ〉

〈ならば、〉声に嫌悪の色。〈敵に回しますか? ――宇宙船乗りを、しかも全員〉

〈それは、〉カリョ少尉が声を低める。〈脅しのつもりか?〉

〈忠告ですよ〉声に意地。〈ヘンダーソン大佐を守るための〉

〈では仕方ない〉鼻息一つ、カリョ少尉。

〈では……!〉

〈貴様とハリス中佐を〉カリョ少尉が冷たく告げる。〈拘束する〉


〈〝Qグレーダ〟!〉強襲揚陸艦〝ウィリアムズ〟、揚陸戦闘指揮所に揚陸ポッドからの報告が相次ぐ。

〈こちら〝キリマンジャロ・イタリアン〟、出撃用意よし!〉〈こちら〝コロンビア・フレンチ〟、出撃用意よし!〉

〈命令を待つな!〉陸戦大隊長ゲイツ中佐が打ち返す。〈出撃――即時!!〉

〈了解!〉弾かれたように応答。〈〝キリマンジャロ・イタリアン〟、出撃!!〉


〈〝キャス〟、〉キースが高速言語に切り替えて、〈データ・リンクを再構築。チャンネルC095〉

 〝オサナイ〟B-5区画。空になった救難ポッド格納スペース、その手前。

〈あ、〉〝キャス〟に苦い声。〈ちょっとヤバそうね、見える?〉

 キースの視界にウィンドウがポップ・アップ、〝ハンマ〟中隊のデータ・リンクにホワイト・ノイズただ一色。

〈やられた?〉ロジャーに怪訝声。〈〝ハンマ〟中隊が?〉

〈〝キャス〟、〉わずかに考えてキース。〈艦のデータ・リンクへ潜れ。艦橋の状況を〉

〈やってるわ〉

 〝キャス〟が示して艦内ネットワーク図、艦首側のレーザ通信機から優先的に重心部――艦橋ブロックへ緑が伸びる。

〈監視映像、取れたわ〉

 と――。


〈端末画面?〉ギャラガー軍曹に怪訝声。

〈エアロックのね〉言い添えて〝キャサリン〟。〈場所は〝ゴダード〟某所、中身はお察し〉

〈聞こえんな〉一蹴、オオシマ中尉。〈艦長、艦橋内の映像と音声を公開。今すぐ〉

〈短気は損気よ〉〝キャサリン〟はことさら大きく構えて、〈〝K.H.〟は何て言うかしら?〉

 オオシマ中尉がコマンドーから起こして撃鉄。〈艦長?〉

〈交渉はしない主義ってわけ?〉〝キャサリン〟にも動じた風はない。〈また解りやすいこと〉

〈拒否したら〉艦長席の陰からノーラン少佐。〈殺すつもりかね?〉

〈殺さない理由が?〉冷たくオオシマ中尉。〈誰も見ていないなら好き放題だ。違いますかな?〉

〈私を殺したところで、〉ノーラン少佐が片頬を歪めて、〈エアロックの中身とは釣り合うまい?〉


〈ロジャー!〉キースが艦橋の監視映像を注視、〈〝ネイ〟を! 〝キャス〟じゃ間に合わん!!〉


〈決めるのは私だ〉即断、オオシマ中尉。〈何か勘違いしているようだが?〉

 銃口の先、ノーラン少佐の眼が揺らぐ。

〈無茶苦茶ね〉〝キャサリン〟に苦笑。〈あなた、〝K.H.〟に殺されるわよ?〉

〈馬鹿馬鹿しい〉鼻で笑ってオオシマ中尉。〈ヤツが怖くてここにいるとでも?〉

〈じゃ、どうしてここに?〉〝キャサリン〟から嫌味。

〈決まっている〉オオシマ中尉が片頬を釣り上げ、〈己の大義を貫くためだ〉

〈エアロックの中身を放り出して?〉〝キャサリン〟の声が皮肉に歪む。

〈甘いな〉オオシマ中尉に嘲弄の色。〈需要と供給を掴みもせずに、取り引きが成立するとでも?〉

〈あらそう、〉〝キャサリン〟が鼻白む。〈じゃ、甘い判断とやらを見せてあげる〉

 そしてメイン・モニタ、気圧表示が――消えた。


〈やったか!?〉ロジャーの視界、監視映像が途絶した。

 ネットワーク図に次々とタグ、制圧の緑を押し拡げて〝キャス〟は通信中枢へ。

〈〝キャス〟!〉キースに問い。〈あの気圧データ、手繰れるか!?〉

〈今やってるわよ!〉〝キャス〟に棘。〈ママの張ったリンクだからね、きっついトラップ覚悟して!!〉

〈あら、〉と、そこへ。〈よく解ってるじゃない〉

 歯軋り。キース。抜いて銃口、P45コマンドー。〈〝キャサリン〟!〉


〈シンシア!〉シンシアの聴覚へ〝ネイ〟の声。〈マリィを!!〉

 シンシアとヒューイを乗せた揚陸ポッドは第6艦隊へ向かって加速を終了したところ、一方で電子介入も継続している。

 今しもシンシアの視界、電子マップ上では〝ウィル〟が解析作業を進めている。〝トリプルA〟のもたらした裏コードと揚陸ポッドのファームウェア、両面から第6艦隊の〝裏口〟を解析中。

〈〝ウィル〟!〉シンシアの声に色。〈先行!!〉

〈引き受けた!〉〝ウィル〟の気配が消える。

 シンシアは続けて〝放送〟へ、〈〝トリプルA〟! リンクを!!〉

『思い切ったね』即応、〝トリプルA〟。

〈時間がねェ!〉シンシアが打ち返す。〈今の〝ウィル〟じゃ〝キャサリン〟にゃ勝てねェ、〝イーサ〟を呼んでくれ――早く!!〉


 頭上に再び、音――。

 見上げるマリィが唇を噛む。排気ポンプの作動音。

「くそ!」ハーマン上等兵が腰のツール・ボックスを開けていた。

 眼を転じる。操作端末に表示――0.75気圧。

「見ているんでしょう!?」マリィが端末へ声。「〝キャサリン〟!!」


 突入。〝ウィル〟。〝ゴダード〟へ。

 シンシアの揚陸ポッドで解析した〝裏口〟、それを駆使して抜け穴へ。

 打ち込む。プローブ。極小の探査プログラム。罠の兆候、悪意の痕跡、その配置。

 時間はない。肚をくくる。プローブの一つに突入命令、電脳防壁をくぐらせ――生存信号。

 後を追う。突破。まず一つ。

 防壁内部でプローブ展開、〝裏口〟と侵入経路をマッピング。船務中枢から乗員の携帯端末、位置情報を拾い出す――その中に。

 エアロック。第1格納庫、その傍らに陸戦隊。

 ――こいつか!

 手繰る。艦内。センサ回線。第一格納庫横、エアロックの操作端末へ――さしかかったところで。

 暗転。プローブの反応消失。

 ――トラップか!

 そこで、これ見よがしにテキスト・データ。表題に踊る「残念でした」、ただ一語。

 ――〝キャサリン〟!?

 直後。電力が波打ち――瞬断。

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