18-7.抵抗

『化学ナノ・マシン稼働』救難艇〝フィッシャー〟医務室に〝カロン〟の声。『降圧剤を分解開始』

「これで血管さえ保ってくれれば、」ドクタがシンシアへ振り返る。「彼の負担も減るはずだ」

『あら、』そこへ滑り入る声。『よかったわね』

「手前〝キャサリン〟!」シンシアが語尾を跳ね上げた。「何しに来やがった!?」

『ご挨拶ね』〝キャサリン〟が涼しく打ち返す。『彼を撃ったのは私じゃないわよ?』

「何しに来やがった!?」聴かずシンシア。

『邪険だわね』〝キャサリン〟はさも心外そうに、『説得を手伝ってもらいに来ただけなのに』

「『説得』ゥ?」シンシアが声を尖らせる。「け、人質取りにきただけだろうがよ!」

『ひどい言われようだわね』〝キャサリン〟がふと息に笑みを含ませて、『ま、言い訳する気もないけど』

「それ見ろ、」シンシアが毒づく。「言わんこっちゃねェ」

『血の気が多すぎると損だわよ?』澄まして〝キャサリン〟。『それとも、彼とならどこでも平気?』

「出歯亀根性が透けてるぜ」シンシアが舌を出す。

『面白いのがいけないのよ』〝キャサリン〟は悪びれもせず、『よかったわね、時間稼ぎになったかしら?』

 ――どうかな?

 そこへクラッシャ――〝ウィル〟の一撃。

『せっかちね』〝キャサリン〟はこたえた風も見せず、『がっつくと嫌われるわよ?』

『そりゃ残念』〝ウィル〟も慇懃に、『じゃ、大人しくお帰り願えるかな?』

『ここは公園じゃなくて医務室よ?』〝キャサリン〟に軽く呆れ声。『火遊びは感心しないわね』

 そこで視覚へ展開、ネットワーク図。ヒューイのベッドを取り巻いて赤が点滅――ほぼ一色。

『ほら、下手したら彼の命綱を切るとこよ?』

「く……!」シンシアの喉を戦慄が塞ぐ。

 医療ネットワークの隅々までも描き出すからには、〝キャサリン〟は張り巡らせた罠を無効化したと見て間違いない。これは〝キャサリン〟がヒューイの生殺与奪に手をかけた、その現実をシンシアへ冷たく突き付ける。

「よく解るな」ドクタの声に棘はない。

『こうまでされると嫌でも解るわ』〝キャサリン〟の声に極彩色の感情が乗る。『地上との通信回線を後生大事にしてるとなればね――さしずめ遠隔手術ってところかしら』

「何が望みだね?」ドクタはむしろ肚を据えた風で、「まさか癇癪をまき散らしにきたのでもあるまい」

『話が早くて助かるわ』〝キャサリン〟に澄まし声。『本当に欲しいのは、お仲間の座標』

「データ・リンクなんざとっくに切ってら」割り入ってシンシア。「あっちァ最前線、こっちァ赤十字だ。いつまでも繋がってるわけじゃねェ」

『あら残念』〝キャサリン〟はさして惜しげにも見せず、『でも見捨てるほど薄情でもないでしょうに』

「あっちはあっちで必死なんでね」シンシアから嫌味。「通じねェもんに構ってる暇ァねェだろうよ」

『それはあっちの判断することよ』〝キャサリン〟は余裕を崩さない。『あなた達の窮地を見て涼しい顔できるんなら、それはそれで見ものってものね』

「なら、」シンシアに挑発。「手前で試してみろよ」

『あら、』軽く〝キャサリン〟。「罠に飛び込めって?」

「怖かねェだろ、」シンシアが鼻息一つ、「手前なら」

『やってもいいけど、』〝キャサリン〟が間に笑みを含ませて――、

 ネットワーク図、医務室の一角を強調表示。赤で囲まれた中に――ヒューイのベッド。

『彼が、無事で済むかしらね?』

 厳密には、ヒューイを囲む赤に例外が一点――通信回線。ネットワーク異常の赤は、回線を護るように囲んでいるとも見て取れる。

『残念だったわね、』〝キャサリン〟の声に冷徹の色。『見え見えよ』


〈思うんだが、〉ガードナー少佐が眉をひそめた。〈連中、ただ大人しく口を開けているタマか?〉

 〝ネクロマンサ000〟操縦室。視覚の戦術マップ上、脱落させた〝オーベルト〟からのアクティヴ・サーチが再び虚しく駆け抜ける。

〈冗談〉〝キャス〟に懐疑。〈そんなにおめでたい相手なら、こんな苦労してないわよ〉

〈すぐ次の手を講じてくるはずだ〉キースも首肯。〈楽観できるほど付き合いは短くない〉

〈ああくそ、〉ロジャーが天を仰ぐ。〈ってことは〝フィッシャー〟が次の狙いかい。第6艦隊より先に〝キャサリン〟が相手かよ〉

〈考えやすいのはその手だな〉少佐が唇を軽く噛む。〈備えがないわけじゃあるまい?〉

〈シンシアと〝ウィル〟に、〉ロジャーが指折り数えて、〈〝ミーサ〟に〝トリプルA〟にバレージもいる。こんだけ揃ってて遅れを取ると思うか?〉

〈だったら、〉端的にキース。〈アクティヴ・サーチは食らってない〉

〈ごもっとも〉ロジャーが天を仰ぐ。〈だとしてどうするよ?〉

〈支援に届けられるものは?〉ガードナー少佐から提示。

〈〝フィッシャー〟は軌道エレヴェータの向こう……〉キースが顎へ指を添え、〈とすると都合のいいのは、地上から支援してる〝トリプルA〟やバレージか〉

〈〝トリプルA〟か――〉思い当たったようにロジャー。〈――〝ネイ〟?〉

〈〝トリプルA〟への直通回線?〉〝ネイ〟が返して声。〈いいけど、問題は何を送るかよ?〉

〈それだけど〉今度は〝キャス〟。〈考えがあるわ〉


「戦闘をやめて!」マリィが声に悲痛な色。

 第6艦隊旗艦〝ゴダード〟。艦内データ・リンクの一般回線に乗る戦術マップは、第6艦隊旗艦〝オーベルト〟の現在座標を映し出す。

「その科白は〝K.H.〟へ向けることだね」ヘンダーソン大佐に余裕の声。「先に撃ったのは向こうの方だ」

「話せば……!!」マリィが言い募る、そこへ。

「彼が敵対行動をやめたら、」大佐が語尾を叩き折る。「その時はこちらも考えよう。つまり――」

 大佐の口元に薄く笑み。「――ステルスを解除したら」

 大佐のその声。その事実。兵力を把握せずとも解る――聞き入れたならキース達に勝つ目はない。

「あなたが撃たないと保証したら……!」

「不用意な約束はできかねる」即答。「何せ先に撃たれたのはこちらだからね」

「それは……!」反論を試みたマリィが詰まる。

「つまり、そういうことだよ」ヘンダーソン大佐は噛んで含めるかのように、「話し合える段階はとうに過ぎた。君でさえ彼は止められない――では誰が?」

 マリィに――沈黙。大佐が頷く。

「無理難題は言わない」大佐は指一本を小さく振って、「大人しくしていたまえ」

 そこで踵を返し――大佐はカメラの死角で高速言語。〈陸戦隊、〝回収〟用意。〝ジュエル〟に引き鉄を絞らせるな〉


〈こちらカリョ少尉〉クレール・カリョ少尉がデータ・リンクにアルトの声域。〈小隊各員、聞いたな? 制圧用意〉

 〝ゴダード〟戦闘指揮所、その一角。間借りしているかのような陸戦隊指揮ブースから指示を飛ばす屈強な女少尉の姿がある。

〈こちらナセリ伍長、〉データ・リンク越しに深く通るバス・ヴォイス。〈彼女の銃に弾丸が入ってないって確証は?〉

〈大佐の証言だ〉カリョ少尉が断じる。〈だが撃鉄が落ちたら負けだと思え。彼女が出した条件だからな〉

〈こちらチアリ兵長〉こちらはハスキィな女声。〈つまり、この距離から、銃を奪いつつ、その上で、失神させろと?〉

〈そういうことになるな、ジャンヌ・チアリ兵長〉カリョ少尉の声が渋くなる。〈下手を打って引き鉄をガク引きされたら、それこそ眼も当てられん〉

〈じゃじゃ馬に優しく失神お願い申し上げると?〉チアリ兵長にぼやき声。〈私達、いつからSWATに?〉

〈ジャンヌ・チアリ兵長、〉カリョ少尉になだめ声。〈事態はそれ以上に繊細だ。捕獲役は引き受けてもらうぞ〉

〈私が!?〉チアリ兵長に苦り声。

〈リーチ勝負なら、男の方が有利でしょう〉提案の声にタグが立つ――フレデリック・バランド一等兵。〈俺に出番は?〉

〈〝放送〟中だぞ、絵面を考えろ〉カリョ少尉の声が渋い。〈世紀のヒロインを組み伏せたのが男だったら――どういうことになると思う?〉

〈押し倒すの自体がご馳走ってことには?〉ボヌール上等兵から冗談――が、はっきり滑る。〈――失礼〉

〈趣味に走るな〉冷たくカリョ少尉。〈自殺の抑止だ。神様も文句は言うまいよ〉

〈こちらボヌール上等兵〉横から若い声。〈その前に銃をぶち抜くのは?〉

〈軟体衝撃弾で?〉カリョ少尉が言下に却下。〈的が小さすぎる〉

 軟体衝撃弾は非殺傷の目的もあり、飛翔中に大きく十字型に開く。マリィの顎へ擬したケルベロスを狙うにも、頭部を巻き込む危険が否めない。

〈やるなら鉛弾の方が早いでしょう〉ボヌール上等兵が手元に拳銃、P45コマンドー。〈この距離ならこいつで当ててみせますよ〉

〈それも考えたが、〉苦くカリョ少尉。〈銃に命中させても骨折確実だ。大佐の信を墜としかねん〉

 ケルベロスを銃弾で弾き飛ばしたなら、まず引き鉄にかかった指が無事では済まない。どころか、その衝撃で引き鉄自体が引かれてしまう危険もある。

〈撃鉄を撃ち折ったら?〉ボヌール上等兵が食い下がる。

〈可能ならそれもいい〉カリョ少尉の声に色はない。〈だが〝ジュエル〟の姿勢をよく見てみろ〉

 小隊共有の情報ウィンドウが拡大、マリィを横から捉えたアングル――からケルベロスへ寄っていく。

〈撃鉄の位置をどう見る?〉

 ケルベロスの撃鉄はマリィの胸元、しかも至近。

 ボヌール上等兵が舌を打つ。〈こいつァ難物だ〉

〈これをどうしろと?〉ナセリ伍長に苛立ちが滲む。

〈機を捉えて突入、近接格闘にて制圧〉カリョ少尉は顎を掻きながら、〈現状、思い至るのはこれしかない〉

〈つまりこの手で?〉チアリ兵長が視覚の端にかざして掌。

〈この際はチアリ伍長のリーチが頼りだ〉カリョ少尉の声が低い。〈貫き手でも何でも、とにかく銃口を顎から外せ〉

〈今からでも大佐の護衛を固めるってのは?〉提案は第1分隊A班を率いるブシェ軍曹から。

〈さっき断られた〉瞬間、カリョ少尉の声が尖る。〈――済まない。時が来るまでスタジオ内は厳に立入禁止、〝放送〟以外の内部映像もいま開示されたところだ〉

〈くっそ面倒くせェ、〉ボヌール上等兵が舌打ち一つ、〈SWATにだけは死んでも行かねェぞ〉

〈チャンスは必ずやって来る〉独語めいてカリョ少尉。〈焦らず待て。用意だけは怠るな〉


「どうしたよ、〝キャサリン〟?」救難艇〝フィッシャー〟医務室、シンシアに言葉に意地が覗く。「怖じ気付いたか?」

『あら、』〝キャサリン〟が小さく嗤う。『ヤケは見苦しいわよ?』

「少なくとも、」シンシアに強気。「このままじゃ手前の思い通りにゃならねェ」

『だからって、』〝キャサリン〟も揺るがない。『思惑に嵌まるのはシャクだわね』

「そいつァよかった」不敵にシンシア。「こっちもオレ達の思惑だ。さぞ頭にくるだろうな?」

『じゃ、そうね』〝キャサリン〟に余裕の色。『ちょっと意表を衝いてみようかしら――例えば』

 暗転――。

 瞬時、シンシアの息が詰まる。ヒューイのバイタル・サインが残像――ではなく残っていた。

〈〝ウィル〟!〉反射、シンシアに声。

〈まずい!〉〝ウィル〟にも動揺。

 視覚へ拡大、ネットワーク図。ヒューイを囲む赤――の外側が医務室全域を呑んでいる。

〈そういうこと〉余裕の〝キャサリン〟。〈電源から落としちゃえば、せっかくの罠も型なしね〉

〈手前、どこから!?〉シンシアが声を尖らせ――視線を懐へ。〈――まさか!!〉

〈念のため〉〝キャサリン〟は軽やかに、〈携帯端末の電源はそのまま。艇の主電源ごと落とされたくなかったらね――彼の命綱は惜しいでしょ?〉

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