17-4.端緒

〈仕掛けろ!〉キースの声に力。

〈言われなくとも!〉不敵に〝キャス〟。

 相手が通信アンテナと特定できれば話は早い。要所とはいえ、相手は生命線だけに民間の回線も受け入れる。ましてや今は星系全域へ向けての〝放送〟中、不用意に動けるものではない。

〈でっかい隙ぶら下げて!〉視界、〝キャス〟が戦術マップへ重ねて侵入ルート群。〈余裕ぶっこいてんじゃないわよ、このデカブツ!!〉


『リンクなら眼の前にあるだろう!』叩き返してニールセン大尉がシート・ベルトに手をかける。『陸戦中隊総員! 有線接続!!』

『どうやって!?』

 ノース軍曹が振り返り――ニールセン大尉の視線に気付く。指揮車正面。思わず追ってその先、運転席――のその向こう。『隔壁!?』

『そうだ!』ニールセン大尉が鋭く頷く。『端末ならあそこに溢れてる!!』


『星系〝ソル〟から跳んでくる船が金輪際ないのと同じく、』ヘンダーソン大佐に確信の笑み。『こちらからも星系〝ソル〟へ赴くことは金輪際叶わない』

『……』

 重く、かすかに動いたマリィの唇が失って色。

『さあ、』さも辛抱強そうに促す大佐に、しかし妥協を許す気配は欠片もない。『いま必要なのは君の言葉だ』


〈はン!〉戦術マップ上、〝キャス〟の描いた侵入ルートが――露と消えた。〈たかが〝ミラー・ハウス〟で安心してるんじゃないわよ!〉

 迷わず次の手。矛先を配信のアクセス経路、そのパターンを接続中枢が見る間に組み替える。

〈来た来た来た、〉〝キャス〟の声に兆して喜色。〈何も馬鹿正直に突っ込むイノシシだけじゃないっての!〉

 すかさず接続中枢が経路を組み替える――だが。

〈ざーんねん、〉〝キャス〟の声が嗤いを帯びる。〈狙いはそっちじゃないってのよ!〉

 接続中枢そのものは外部とのアクセスを遮断できない。でなければ回線が維持できない。

〈まとめて逝っちゃえ!〉

 〝キャス〟が狙ったのはアクセス経路、その一つ。故意に流してクラッシャ・プログラム――アクセス経路を伝ったそれは、周囲を巻き込み自壊する。

 そこに触れて――接続中枢の組み換え機能、その一部。


『くそ、そうか!』

 遅れてノース軍曹がベルトを外す。眼前、ニールセン大尉が乗降ハッチへ。

『ですが!』〝ミランダ〟が呈して疑問。『相手は電子戦艦を陥とした化け物ですよ!?』

『ヤツらの相手をしなければ!?』ニールセン大尉が衝き返す。

『え?!』〝ミランダ〟の声が虚を見せた。

『正攻法だけが能じゃない!』ノース軍曹に代理の弁。『搦め手で行くぞ――警備中隊だ!!』


 言葉を紡ごうとして、マリィの唇が宙を掻く。

 迷い、ためらい、あらゆる抵抗を試みて――そして果たせず、マリィは弾かれたようにかぶりを振った。

『……違うわ……違う……』

『そう、』大佐は余裕を見せつつ肩をすくめた。『私の意図するところはここに証された。〝惑星連邦〟首脳部と〝テセウス解放戦線〟の目論む独占支配、これを妨害するという、その決意が』


〈いただき!〉〝キャス〟に快哉。〈これで引っ掛けたつもりになってんじゃ……!〉

 そこへ――殺意。

 翻す。侵入経路、接続中枢の手を離れたはずの――そのアクセス。

 手放す。経路へクラッシャ、焼き払う。囮の中継点を巻き込んで、一部の回線が機能を失う。

〈――見透かされてた!?〉〝キャス〟に舌打ち、その気配。

 何より当の経路に仕込んでおいたプローブ・プログラム――その生存信号が絶えている。

〈いいじゃない。それだけ後生大事ってことよね〉〝キャス〟の声に不穏な舌なめずり、その気配。〈――尻尾が見えたわよ〉


『第1中隊第2小隊、到着! 接続開始!』暗号無線に声が走る。

『こちら第1中隊長!』自ら隔壁の端末へワイアを繋いでニールセン大尉。『第1中隊、接続状況報せ!』

『第1小隊、接続作業開始。現在3――5名!』

『第2小隊、接続作業中。現在カウント12名!』

『第3小隊、接続作業中! 現在8――10名!』

『支援下記小隊、――接続開始!』

『こちら電子戦担当!』ノース軍曹が飛ばして指示。『データ・リンク構築を最優先! マシン・パワーを稼いでください!!』


『私の望みは、あくまで惑星〝テセウス〟の――ひいては星系〝カイロス〟の正当な独立にある』ケヴィン・ヘンダーソン大佐が高らかに宣する。『私の望み、その正当性はここに証された。ことがここへ至るに及んでは、これ以上の流血は私の望むところではない』

『……本当に、大佐?』ふとマリィの口を衝いて問い。『心から〝テセウス〟のことを考えていると――そう思っていいの?』

『無論』ヘンダーソン大佐に即答。

『――なら、』そこで決然、マリィが大佐へ向けて声。『ここでもう身を引いて』


 視界の戦術マップ、アクセス経路網。ニールセン大尉の視界からでも宇宙港〝サイモン〟周辺の乱れが判る。

『時間がないぞ!』ニールセン大尉に歯軋り一つ。

『束にならなきゃ、』斬って捨ててノース軍曹。『邪魔のうちにも入りませんよ!』

『稼げ!』ニールセン大尉の声に焦りが滲む。『送電網だ!』

 〝ベルタ〟が視覚へ宇宙港の構造図――その中を走る送電網。

 周辺宙域に展開する光発電ファームから送電レーザで送られた電力は、宇宙港の受信装置を介して送電網へと流される。さらには軌道エレヴェータを送電装置として、その流れは地上へも至る。つまり――軌道エレヴェータから送電網をおいそれと隔離することは難しい。

『送電網は最終手段じゃないんですか!?』ノース軍曹が視界に侵入ルートを探る。

『支線でいい、潜れ!』低く言い放ってニールセン大尉。『ホットラインの中継点を一つでも揺さぶれば、連中が勝手に警戒してくれる――急げ!』


〈ジャムった!?〉〝キャス〟の声がはっきり苛立つ。〈何よここでちょっかい出してくるわけ!?〉

 妨害の出処はすぐに出た――足元。宇宙港〝クライトン〟側のホットライン、その中継機が電源の不調に泣いている。

〈警備中隊が押さえたんじゃなかったのかよ!?〉シンシアの声に不審が兆す。


『やったか!』ニールセン大尉に小さく快哉。

 視界、〝放送〟に並べて宇宙港〝クライトン〟、その接続マップ。今しも接続中継点の一つが沈黙へと落ちた。

『いま敵が気付いたら……!』〝ミランダ〟の声が冷える。『ひとたまりもありませんよ』

『手遅れよりはいい!』ニールセン大尉が言い放つ。


『言うなれば、〝テセウス〟は生まれ変わったばかりの新天地だ』大佐からマリィへ怪訝の色。『ここはまだ混乱の種に満ちている。流血を許さない指導者が現れたなら、その時は身を引きもしよう――他に適任者が?』

『少なくとも、』マリィが細めて眼。『――あなたではないわ』


〈ホットラインに来るってことは、〉戦術マップを眼にロジャー。〈〝イーストウッド〟の陸戦隊か〉

〈けどヤツらはデータ・リンクまで分断されてる〉シンシアに言。〈釣り上げられるんじゃねェのか?〉

〈陽動かますわ!〉〝キャス〟から宣言。〈サポートよこして! 釣り上げるわよ!!〉

〈なら、〉横合いから〝ミア〟の声。〈私が〉

〈送電系は?〉キースが衝いて問い。

〈光発電ファームからの送電レーザが揺らいでたからトラップ張ってるけど、〉〝ミア〟も苛立ちを隠さない。〈どうもピンとこないのよね〉

〈――送電レーザが?〉キースの声が疑念に曇る。

〈でも信号らしい信号が乗ってるわけでもないのよ〉〝ミア〟は溜め息を交えつつ、〈揺らぎが微弱すぎて。それより目星の付いたところを攻めた方が実りはあるってもんでしょ?〉


『理由を、』それでも鷹揚に頷いて大佐。『聞かせてもらえるかね?』

『あなたは〝テセウス〟独立の理念をねじ曲げた側の人間よ』マリィの声に決然の色。『それは否定できないわ』

『その裏をかいて』訊いて大佐。『跳躍ゲートを封鎖しても?』

 真正面から断じてマリィ。『だからこそよ』

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