16-5.正鵠

〈敵影、増えます!〉戦闘機動下にある〝シュタインベルク〟の戦闘指揮所、索敵手から緊迫の声。〈数2、8、15……!〉

〈ミサイルか!〉戦術マップに付されるタグを見るより早く、デミル少佐が舌を打つ。

 半拍遅れてマップにアクティヴ・サーチの解析結果、いずれも宙対宙ミサイル〝SSM-116スコル〟のタグが立つ。通常の対艦戦闘としてみれば役者不足もいいところだが、敵の狙いは恐らく別――〝シュタインベルク〟の機動力、その生命線とも言えるスラスタ群。この噴射口を直に狙うなら、対宙用の徹甲散弾でもいい勝負には持ち込める。

 そのスコルが放たれること、数にして実に79――この時点で生き残った機動戦闘機SMF-179フェンリル10機が、持てる限りのスコルを一度に吐き出したことになる。対して迎え撃つ〝シュタインベルク〟の対空レーザ砲は8門――いかな光速のレーザ攻撃といえど、これだけの数の至近攻撃を前にしては不利にもほどというものがある。


〈急げ〝キャス〟!〉キースの声が鋭く飛ぶ。〈ネクロマンサを!〉

〈馬鹿!〉〝キャス〟が罵声を打ち返した。〈敵のレーザ通信網なんてとっくの昔に……〉

〈違う!〉さらにキースが畳みかける。〈狙いはそこじゃない!〉


〈主機関全開!〉デミル少佐の檄が飛ぶ。〈全力加速! 時間を稼げ!〉

 〝シュタインベルク〟の持つ推進器、そのうちで加速力に優れるのは何をもおいて主機関――その点をデミル少佐は熟知していた。着弾までの時間――即ちミサイル迎撃の猶予を稼ぎ出すべく、フリゲートの艦体が蹴飛ばされたように加速する。

 そこへ遅れてレーザ攻撃――SMA-188マナガルムが積む対艦レーザLC-143インパクタ。その数もやはり生き残った8機全機から。貫通力を捨てて薙ぐレーザの軌跡が〝シュタインベルク〟のスラスタを追う。

〈うろたえるな! 優先迎撃、敵スコル!〉デミル少佐が舌打ち混じりに命じる、その間にも2基のスラスタが持っていかれたs。

 その数――それこそが航宙隊の持てる武器。ひた隠しに息を潜め、標的の懐深く忍び寄る真の意義。速度では光速のレーザに勝てずとも、一斉攻撃をもって目標の防空能力を超える、その戦術。それが〝シュタンベルク〟に牙を剥く。

 迎撃の対空レーザに数を減じながらもその距離を詰めてスコルの群れ。それが〝シュタインベルク〟のスラスタ目がけて炸裂しようとした――まさにその時。


〈間に合った!〉〝キャス〟に快哉。


 ――光条。爆散。あと一息というところでスコルが中心、推進剤タンクを射抜かれる。

 あらぬ方向からレーザが束と降り注ぐ。スコルが次々と墜とされる。その源に――戦闘圏外へ逃げたはずのフリゲート〝ダルトン〟。


〈何があった!?〉〝ダルトン〟の艦橋で、艦長席から問いが飛ぶ。

〈最優先コードです!〉砲撃長が悲鳴にも似た答えを返す。〈火器管制が――乗っ取られました!〉

 言う間にも〝ダルトン〟の主砲を始めとする砲門は、〝シュタインベルク〟近傍宙域へ狙いを定めて開かれる――第3艦隊最優先コードの命ずるままに。

 その最優先コード、発する元はネクロマンサ〝レイヴン00〟。キースの指示で〝キャス〟が放ったそれは電子戦艦の妨害波を突き破ってネクロマンサ、その強力な対妨害波信号――ECCMに乗って〝ダルトン〟のいる宙域へと突き抜けた。

 何物にも優先して受信・実行されるその命令は第0601航宙隊を捉え、〝シュタインベルク〟の対空砲撃とともに成して文字通りの十字砲火――たまらず第0601航宙隊、スコルのみならずマナガルム、果てはフェンリルの一部までもがその牙にかかって墜とされる。

〈何という……〉

 深々と慨嘆。拘束した艦長の代理として艦長席へと就いたモロダー少佐に、ただ絶句。これでは〝テセウス解放戦線〟に正面切って喧嘩を売ったも同じ、申し開く余地はもはやない。

〈副長……〉砲撃長が少佐に正規の肩書きで思わず呼びかける。その声が少なからず途方に暮れていた。

〈……こうなれば他に道はあるまい〉モロダー少佐は深く唇を噛む――ことここに至っては、どう出たところで戦闘を免れる可能性は期待できない。早い話が体よく巻き込まれた、そういうことになる。となれば決断は速いに越したことはない。

〈転針!〉モロダー少佐は肚をくくった。〈戦闘継続! これより本艦は第3艦隊に合流する!〉


〈くそ!〉ヴェクトルを目まぐるしく転じる戦闘機動のGの中、ガードナー少佐が軋る奥歯で呪詛の声を噛み殺す。〈〝レイヴン03〟だ! 何とか狙える手はないか!?〉

〈回避機動中に狙撃動作を組んでみます!〉〝リズ〟がフェンリルの主兵装、対宙レーザ・ゲリのアイコンを少佐の視界に拡大表示。〈ゲリ設定変更、照射時間最大にセッティング! トリガをこちらへ!〉


〈転針だ、〝キャス〟!〉ゴーストに取り付いたキースが告げる。〈ネクロマンサへ!〉

〈言われなくても!〉〝キャス〟がネクロマンサ〝レイヴン00〟へのレーザ通信に乗せて指示。キースの視界、戦術マップ上で〝レイヴン03〟とネクロマンサ、双方がヴェクトルを転じる――交差軌道へ。距離を詰め、相対速度を殺しにかかったその刹那――、

 〝ヴァルチュア・リーダ〟の対宙レーザ砲――ゲリが〝レイヴン03〟の主機関を貫いた。




「エリックが……!?」マリィは声に疑いの色を隠さない。「今度は何のイカサマを企んでるの?」

「心外だな。感謝とはいわんが、喜ぶ顔の一つくらいは……」大佐はそこで小首を傾げ、「ああなるほど、〝キャサリン〟からそこは聞かされていたか」

「どこまで人を弄べば気が済むの!?」マリィの声が尖リを増す。

「話を聞くに、」大佐が指を1本立てて、「そもそも君が私を拒むその動機――それは君のエリックが命を落としたところに行き着く」

「そもそもの元凶を作っておいて言う科白!?」

「だが彼が死んでいないとしたら、そこに折り合いどころがあってもおかしくないはずだ――違うかね?」

「ふざけないで!」

「そう頭ごなしに拒むものでもあるまい」マリィをなだめるかのごとく、ヘンダーソン大佐から片の掌。「君も聞いたろう、彼のメッセージを?」

 言われてマリィも思い当たる――地球で受け取った、エリックからのメッセージ。彼女が〝テセウス〟行きを決断した、そのきっかけ。あの言葉が――仮に本物であったなら。

「あれが偽りでないとしたら、君はどうするね?」

 マリィの胸にひときわ跳ねて悪い脈。あのメッセージがなかったなら、マリィはそもそもここで大佐と相対してなどいない。

「エリックを返して!」

「もちろんそのつもりだ」大佐が2本目の指を立てた。「君が我々に協力してくれる――それが話の大前提だが」

「確かめるのが先よ!」マリィが噛み付く。「彼が、本当に生きているのを!!」

「喜んで」あっけないほどに大佐が認めた、その言葉にただし書き。「――君が協力してくれるなら」

 マリィが大きく息を一つ――そこに瘴気をさえはらまんばかりの低い声。「……何を企んでいるの?」

「〝企む〟とは人聞きの悪い」ヘンダーソン大佐は口の端に苦い笑み。「ただ君の協力が要る、それだけのことだ」

「何を引き換えにさせるつもりよ、この詐欺師!」マリィの声はあくまで荒い。

「死んでいないと言った」何気なく言葉を大佐が並べる。「つまりこういうことだ――我々以外の手で彼の命を永らえさせる方法はない」

 息を呑んだマリィが怒りに牙を剥く。「……卑怯、よ……!」

「何とでも」大佐の表情はマリィの視線を受け流してなお涼しい。「君のエリックを生かしているのは我々だ。我々の破滅を願うなら、彼の命も同じくこの世には残らない」

「勝手な都合で命を左右しておいて、協力も何もないもんだわ! そもそもあなた達の計画がなかったら、巻き込まれずに済んだ命でしょうに!!」

「そこで君に選択の権利がある」大佐の右手に3本目の指が立つ。「彼を我々とともに生かすか、それとも我々ともども滅ぼすかだ――二者択一、どちらを取るね?」

「権利ですって?」マリィが歯を軋らせる。「あなたが勝手に左右した命よ! 生かすのが筋に決まってるじゃない!!」

「筋、か」大佐の片頬、小さな笑みに皮肉の色。「そもそも筋が自ずと通るものなら、こんな騒ぎを起こさずとも〝テセウス〟は独立できているよ。筋を通すのは理屈ではなく力だ――筋の通らないことにね」

「あなたの言葉が信用できるとでも?」

「ならば彼は死ぬだけだ――それこそ今の今まで君が信じてきた、その通りにね」ヘンダーソン大佐の、その声が低まる。「しかし彼の命脈を絶つのは君のその答え――その事実だけは心に刻んでもらおうか」

 マリィに沈黙――返すべき論理が見出せない。そしてヘンダーソン大佐の操る論理、これが詐術なのは身に沁みて解っている。

「……卑怯者……!」

 怒りに震える声で言い得た科白はそれ一つ。マリィは唇を噛みしめた。たまらず左手、口元を覆う――添えて右手。慄える指で握りしめる、その事実。両の眼をきつく閉じ、わななき、それでも事実は動かない。

「……卑怯者……」繰り返す、その言葉。しかしそこに力はない。慄えと激情――そしてそれを見守る沈黙の帳。動かない――否、動けない。

 無為――記憶に刻まれたばかりの、大佐の言葉が胸を刺す。無為の向こうに控えるのはエリックの死。生きている、その言葉さえ詐術のうちと解っていながら、はねつけることがかなわない。エリックの死――それどころか彼の命が救える可能性。突き付けられて飛び乗りたくなる、その誘惑。一方にキースの存在、その想い。心を締め上げる、その背反。エリックとキース、いずれの支えが欠けても今のマリィ、その命はあり得ない。

 涙――。

「――確かめるのが、先よ……」嗚咽にわななく唇が、か細く言葉を紡ぎ出す。「……エリックが、生きているのを」

 それが罠だと解っていながら。恐らくは残酷な現実が待っていると知りながら。それでも喪われたはずの命、そこに救いをもたらせるなら――マリィは一縷の望みにすがった。

「いいだろう」ヘンダーソン大佐が、頬に乾いた笑みを刻んだ。

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