16-4.対峙

「狙いは何?」

 ヘルメットを外したマリィが硬い声を相手へ向けた。その視線が射る先――ケヴィン・ヘンダーソン大佐は戦闘用宇宙服のまま肩をすくめた。

「喜んでもらって構わんよ」ヘンダーソン大佐の口先に苦い笑み。「証人が1人、ここへ来る」

 短艇――〝リトナー〟に接舷してもなお変わらず、狭く息苦しいままのその空間。淀んで久しい沈黙をあえて破ったマリィの言は、逆に怪訝の色を呼んだ。「……証人?」

「君の活躍の賜物――とでもいうのが相応しいかね」見返す大佐の眼に濁りはない。「この場を見届けずには済まなくなった男だよ」

「いよいよ」マリィの声に棘。「魔女裁判の体裁を整えるということかしら?」

「まあ待ちたまえ」大佐の落ち着きがマリィの皮肉をはねつけた。「ここで話を進めてしまっては、証人を呼んだ意味がない」

 もっともな言葉ではある。発すべき毒を見失って、マリィもしばし沈黙に中へと落ちた。

「誰、ですか」マリィの傍ら、ハーマン上等兵が固唾を呑む、その気配。「大佐がここへ呼ぶほどの人間というのは」

「まあ、これは話してもいいだろう」一つ頷き、ヘンダーソン大佐は声をハーマン上等兵へ向けた。「スコット・ハリス中佐――君の上官ということになるな、ハーマン・カーシュナー上等兵」

「誰?」マリィがハーマン上等兵へ問いを向ける。

「……艦長です、〝オサナイ〟の」そこまで答えて、ハーマン上等兵の眉に疑念。「けど艦長が何のために?」

「言ったろう、ミス・ホワイトの活躍が呼んだと」ヘンダーソン大佐は眼をマリィへ投げた。「彼女のメッセージが触発した、その結果がこれだ。〝オサナイ〟そのものが私の言葉一つでは収まらなくなった、その証だな」

 天井に、艇殻を叩く硬い反響。ノックと呼ぶにはいささか乱暴なその打撃音――それが証人たるハリス中佐の来訪を告げる。

〈お父様、〉〝キャサリン〟がヘンダーソン大佐の聴覚に告げた。〈ハリス中佐、独りよ――確認したわ〉

「証人が着いたようだ」ヘンダーソン大佐がその身を流して天辺側の接舷ハッチ。その操作を受けて、内外の気圧差がないことを検知したハッチが重く開く。「よく来たな、ハリス中佐」

『ご了承をいただきまして、ありがとうございます』まずもって大佐へ敬礼一つ、スコット・ハリス中佐は宇宙服の中からそう告げた。振り返りざま、『あなたがミス・ホワイトですか。武勇は〝オサナイ〟中に轟いておりますよ』

「――お顔を、拝見しても?」遠慮がちなマリィの声。

『これは失礼』ハリス中佐は宇宙服のヘルメットを脱いだ。中から現れたのは角ばった、いかつい印象の堅い顔。「お初にお眼にかかる――スコット・ハリス中佐です」

「証人、というのは?」マリィが訝る視線を投げる。

「見届け人、とでも捉えてもらえれば結構」代わって答えを返したのはヘンダーソン大佐。「私が下手な手を使わないための見張り役だと思えばいい。少しは気が楽になったかね?」

「あなたの側の人間でしょうに」マリィが眉をひそめる。

「否定はせんが、」ヘンダーソン大佐はこめかみを軽く掻いた。「君の主張にも興味を持っている。ここは中立に近い人間と捉えてまず間違いないだろう」

「私は、」ハリス中佐がマリィへ向けて宣した。「第3艦隊をあなたの身と引き換えにした、その価値を確かめに来たつもりです」

「だとしたら、」マリーは小さく首を振った。「とんだ買いかぶりだわ」

「それを決めるのは君ではない」ヘンダーソン大佐の口ぶりこそ柔らかいが、そこに譲る気配はない。

「聞こえはいいけど、」マリーの声が小さく尖る。「早い話が道具の扱いというわけね、自分で自分のことも決められないなんて」

「もはや君一人の身体ではないということだ」突き付ける大佐の声に斟酌はない。「自分の命を盾にとった時点で、その覚悟はあったろう?」

「勝手なものね」マリィは眼を鋭く細めた。「そこまで追い込んだことは棚に上げて」

「面白いことを言う」大佐が肩をすくめた。「追い込まれるどころか、この惑星の独立劇を引っくり返してみせた当の本人が」

「殺されないために知恵を絞ったまでのことよ」返すマリィの声が低い。「それとも何、大人しく殺されるのが当然だとでも?」

「いや、むしろ尊敬に値すると思っているよ」ヘンダーソン大佐が片頬に苦笑を引っかけた。「ただ無為に流されるのでなく、その意志で流れに抗ったのだからな」

「その〝流れ〟、」マリィの言葉が棘を帯びる。「つまりこの殺し合い――発端を作ったのはどこの誰?」

「私一人の話ではないな、少なくとも」ヘンダーソン大佐が小首を傾げた。

「少なくとも、」大佐を射るマリィの眼に力。「この殺し合いを始めた一人に間違いはないわ」

「どうやら、」大佐は小さく首を振った。「誤解を解いておく必要があるようだな」

「誤解ですって?」マリィの声に敵意が乗った。「全てを思い取りに仕組んでおいて、それを都合よく片付けようっていうの?」

「では何もしなかったら、君は私に協力してくれたのかね?」

 思わぬ切り口から衝き込んで問い。マリィが硬い声で問い返す。

「……どういうこと?」

「無為とは――」ヘンダーソン大佐は小首を傾げてみせた。「実のところ、最も悪辣な選択だ。行動という責任を放棄し、それでいて権利という結果の果実を貪る――厚かましさを極めているとは思わないかね?」

「だからって何もしていない人を殺……!」

「何もしなかったら、」冷ややかに大佐が言葉を挟む。「生き延びられるのが当然かね? むしろその逆だ。正しい選択と行動なくして命はない――世界はそのように出来ている」

「だったらエリックは死んで当然だったとでも!?」

「〝テセウス〟独立劇のシナリオを探るに――」ヘンダーソン大佐が指を一本ひらめかせてみせる。「まず緒戦、〝惑星連邦〟軍が大敗を喫するところから始まる。ここで犠牲にされる〝捨て駒〟、その内訳を知ってなお同じことが言えるかな?」

「……どういうことよ?」マリィの声に戦慄が滲む。

「要点から言おう」ヘンダーソン大佐は指一本をマリィの眼前に据えた。「〝捨て駒〟の中には〝ブレイド〟中隊の名が挙がっている。つまり、君のエリックも連邦は死なせるつもりでいたのだよ」

「――ッ!」咄嗟にマリィが声を呑み下す。「……だからって……だからって、その手で殺していい道理なんかあるわけないわ!!」

「ではどうする?」

 挑むような問いがマリィにのしかかる。

「……告発すれば済むことよ!」マリィの語気が心の動揺を映して荒い。「〝テセウス解放戦線〟の内情を! それを全部ぶちまければ済むことじゃない!!」

 マリィの言葉、それを受けたヘンダーソン大佐の片頬――そこに歪んだ笑みが浮かぶ。

「そう考えた者が他にいなかったとでも?」

 大佐の声が低まる。その眼が細まる。それに射すくめられたマリィが言葉を失い――やがて絞り出した。

「……誰……?」

「ベン・サラディン――君が公表したデータを遺した、まさにその人物だよ」大佐の笑みが、皮肉を帯びて拡がった。「〝サラディン・ファイル〟を公表しようとした彼がどうなったか――その結末は君も聞いたことがあるだろう。彼は〝クラヴィッツ〟の深深度レア・メタル鉱脈の奥深くに生きながら埋まる羽目を見た――事実を知った〝ブレイド〟中隊員の一部とともに」

「……だからって……!」

 マリィの葛藤を見透かしたようにヘンダーソン大佐が指を振った。「消さなければ消される――生きるとはそういう綱渡りだということだよ。加わるか否か、そこに当人の意志が関わる余地はない」

「だからって、それが人を殺していい理由になるの!?」

「人殺しを看過するより、それを止める方が罪深いというわけかね?」

「無関係な人間を殺す言い訳にはならないって言ってるのよ!」

「殺されようとしているのが無辜の民だと知っていても?」ヘンダーソン大佐は噛んで含めるように問いを重ねる。「それなら軍人が死ぬ、その方がまだ倫理に適う。私の言うことに間違いがあるかね?」

「よっぽどまともな道があるわ」挑むように言い放ってマリィ。「元凶の方をどうにかすることよ」

「理想主義だな」余裕を見せて大佐が微笑む。「それが通るほど世の中は甘くできていない」

「あきらめてしまえば楽でしょうね」

「理想を胸に抱いたベン・サラディンの末路、こいつを知ってなお言う科白かね?」ヘンダーソン大佐の反問、その裏に圧して事実の重み。「元凶には元凶たる力がある。それに抗うなら、それなりの策を講じるのが当然というものだろう。犠牲を払う覚悟も必要だ」

「犠牲を好き勝手に選ぶ権利なんて、」マリィの声が震えて低い。「あなたにはないって言ってるのよ」

「――ではこう訊こう」ヘンダーソン大佐が肩を一つすくめて、「君は犠牲を出さなかったとでも?」

「どういうこと?」眉をひそめたマリィの口からこぼれて反問。

「君が意識もせぬうちに殺された人間がいる――そういうことだ」

「誰のことを言ってるの!?」マリィの口に上ったのは、むしろ詰問。

「君の身柄を巡って争った兵士達だ。彼らの中に犠牲の一人も出なかったと思っているのかね?」

「それこそ言いがかりだわ」マリィの言葉に憤り。「私をトロフィに仕立て上げたのはあなたでしょうに」

「トロフィとは言いようだな」ヘンダーソン大佐は苦笑しつつも否定はしない。「君の言葉さえ手に入れれば、この惑星――どころかこの星系が動くのは確かだ。それこそ数多の命運が決まる――文字通りにね」

「それこそ詭弁だわ」マリィがここぞと叩き付ける、事実。「私は何も知らないもの」

 が、ヘンダーソン大佐には動じた気配もない――どころか冷たい笑みさえ覗かせる。

「今の君が知っていること、それが総てだと――」心の隙間を覗き込むような、大佐の眼。「本当にそう言い切れるかね?」

「公の場でなら、薬でも何でも使ってもらって構わないわ」昂然と、マリィは胸を張ってみせる。「何でもやってみることね」

 冷たい、間。マリィの心中に不安を煽るだけ煽った上で、ヘンダーソン大佐が余裕の声を投げかける。

「ならば〝キャサリン〟、彼女の解いた暗号を前にしてもそう答えてみるがいい」

「今度は洗脳でもするつもり?」

「とんでもない、彼女は〝サラディン・ファイル〟を解読した功労者だ。いや――」大佐が言葉をすり替える。「解読しつつある、と言った方がいいだろう」

 マリィが思わず手を伸ばす――その懐、データ・クリスタル。〝サラディン・ファイル〟、そのオリジナルが〝キャサリン〟の手にかかったなら。

「なら、」マリィの声がかすれて乾く。「私は要らないじゃない。体のいい人形に過ぎないってとこかしら?」

「それは過小評価というものだな」ヘンダーソン大佐の笑みが冷気を増す。「〝サラディン・ファイル〟の真実は、君の言葉を通してこそ最大の効果を発揮する」

「余計な価値を」マリィが吐き捨てた。「勝手に付けて回られる方が迷惑よ」

「君からすれば」ヘンダーソン大佐の頬に苦い笑み。「他人にとっての価値に過ぎまい?」

「生殺与奪を握っておいて言う科白?」マリィは眉を鋭く踊らせた。「決まるのは〝私達の〟命の価値よ。他人に左右される道理はないわ」

「なかなかどうして頑固なものだ」ヘンダーソン大佐が傍ら、ハリス少佐へ目線を投げる。「一事が万事この調子でな」

「密室に閉じ込めておいて言う科白がそれ?」マリィの科白に容赦はない。「あれだけヒステリックに隔離したのは、それじゃただの演出ってわけ?」

「いいや、」肩をすくめてヘンダーソン大佐。「厳密な隔離を要したのは間違いない」

「私から都合の悪い証言が出たら、」マリィが眼を細める。「さぞ困るんでしょうね」

「正しく現状を認識しない状態で、という前提でなら答えは〝イエス〟だ」ヘンダーソン大佐が初めて砕けた口調を見せた。「君の言葉、その影響力は計り知れん。ここにハリス中佐のいる理由がまさにその結果だ」

「正しいも何もないもんだわ」即座に断じてマリィ。「何なら私を解放してネットにでも繋いでみたらいかが? でっち上げの〝真実〟とやらを片っ端から否定してご覧に入れるわ」

「いずれにしても、」腕を組む大佐の表情に隙はない。「〝サラディン・ファイル〟の総てが明らかになったわけではない。そうだな、〝キャサリン〟?」

『そうよ』〝キャサリン〟の声が短艇内のスピーカから立ち上がる。『あれだけのカオス、そうすぐに分析し切れるもんじゃないわ』

「それこそでっち上げだわ」マリィが断じる。「後からいくらでも〝新事実〟とやらが付け足せるごまかしよ」

「君はそう言うが、」ヘンダーソン大佐が軽く指を振る。「では、他に分析のできる者がいるとでも?」

「……!」マリィが言葉に詰まった。データ・クリスタルのカオス、その深層に意味を見出すことができた者は〝キャサリン〟をおいて未だない。「……でも、私が言うことをきかなかったらどうするのかしら?」

 〝キャサリン〟以外に解析が不可能であるならば、その結果の真偽を判ずることもまた不可能。それは即ち、マリィ以外の口から語られた〝新事実〟に付される信憑性、それが極めて限られることを意味する。

「量子刻印が全てを裏打ちしてくれる」そう言いつつも大佐はマリィから眼を離さない。「ただし、君の協力が得られんでは余計な犠牲が増えるだけだ」

「あなたの片棒を担ぐ気はないわ」

「そんなことはない」小さく頷く大佐の言葉には確信の響き。「その確信があるからこそ、こうして証人も用意した」

「どういう根拠があるのかしらね?」強がってみせる言葉とは裏腹に、マリィは冷たい汗を腋に感じた。

「話を聞くだに、君はエリック・ヘイワード――彼の死にこだわっているようだが」ヘンダーソン大佐は片頬を緩めてみせた。「彼が死んでいないと言ったら、君は果たしてどうするね?」

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