14-17.陥穽

〈突入!〉

 オオシマ中尉の声がデータ・リンクを駆ける。強襲揚陸艦〝イーストウッド〟、舷側エアロックのハッチを〝ハンマ〟中隊が立て続けに灼き抜いた――そこへ榴弾。

 炸裂。飛び散ったのは肉片――ならぬ白煙。

 一拍の間を置き、側壁を灼き抜いて本命が突入。榴弾を放ったその元へ、見舞い返して閃光衝撃榴弾。怯んだ隙を衝いて怒涛もかくやと押し迫る。

 応射の銃口を見つけた側から軟体衝撃弾を浴びせかける。次々と敵を黙らせた〝スレッジ・ハンマ〟はその先、さらなる伏兵から銃撃を受けた。気絶した敵兵の身体を盾に担ぎ上げ、スコルプコ少尉が壁を蹴る。

『どけェッ!』

 オープンの無線回線に一喝。気圧された敵兵の只中へ踊り込んで拳銃弾の一撃を見舞うや、蹴りを突き入れ、首をへし折り、見る間に3人を黙らせる。背後からの一撃には死体を盾に取り、見舞い返して拳銃弾。

 たまらず敵兵が回転居住区へ壁を蹴る。死体を盾に担いだスコルプコ少尉が追い討ち、〝スレッジ・ハンマ〟が後背を固めつつ後を追う。さらに続いて〝クロー・ハンマ〟、こちらは途中で別れて重心部――ブリッジへ。

『今だ!』オープン回線を貫いたマニング中佐の、その声。それが〝ハンマ〟中隊の心胆を寒からしめた――罠、その可能性。

 そして暗転――。

 警告灯の赤と音がその場を満たす――減圧警報。〝イーストウッド〟艦内の全ハッチが一斉に閉ざされた。


『スラスタ開け! 針路025-003!』〝イーストウッド〟のオープン回線を艦長の声が駆け抜ける。『ぶつけろ! 目標〝レイモンド〟、機関全開!』


 姿勢制御の噴射炎は〝イェンセン〟からも観測された。強襲揚陸艦が向かわんとしている先は傍目にも判る――電子戦艦〝レイモンド〟。

〈くそ!〉オオシマ中尉が苦く臍を噛む。〈ヤツらの狙いはカミカゼか!〉


〈〝イーストウッド〟に噴射炎!〉電子戦艦〝レイモンド〟艦橋、観測ドームからの報せがデータ・リンクを通して飛び込んだ。〈転針中! 艦首をこちらへ向けています!〉

 システム解析のため外部とのデータ・リンクを絶っていたのが、この際は災いした――とは言え、いずれにしろ観測系までデータ・リンク修復の手は回っていない。艦長席、ブリッジス大尉は悔いる時間も惜しんで命令を下した。

〈回避機動! 下舷、左舷スラスタ全開! 機関全開!!〉

 衝撃が突き上げた。艦体の悲鳴がフレーム伝いに内部を揺るがす。


 逃げ切れなかった〝レイモンド〟下舷の第二飛行甲板に、〝イーストウッド〟上舷が盛大な火花を散らして接触する。構造物を薙ぎ倒し、格納庫をすり潰し、骨格をひしゃげさせて両の艦体が擦れ合う。

 〝レイモンド〟は身をよじるようなローリングに陥った。


 突発的に生じて回転。遠心力が乗組員たちをあるいは床へ叩き付け、あるいは内壁で打ち据える。

〈カウンタ当てろ!〉艦長席にしがみついたブリッジス大尉が指示を飛ばす。〈目測でいい!!〉


 電子戦艦〝レイモンド〟にカウンタの噴射炎――。

 しかし突き進む〝イーストウッド〟がそれを許さない。データ・リンクの復旧も不十分な艦体では姿勢制御もままならず、惨状は時間とともに拡がり続けた。倒れ込んで来た〝レイモンド〟左舷舷側に深く爪痕を刻み、巡ってきた上舷側の飛行甲板をさえ押しひしぐ。

 ここへ至り、遂には〝イーストウッド〟上舷側の骨格が破断した。複雑骨折もかくやというほどに飛び出した構造材が無数の槍となって〝レイモンド〟の飛行甲板に牙を立て、食い込み、突き破る。

 〝レイモンド〟もそのままでは収まらず、〝イーストウッド〟の上面装甲を巻き込むかのようにローリングを続け――、遂には構造材をまとめてねじ切った。

 〝イーストウッド〟の艦体がすっぽ抜けたように突き抜ける。


 艦橋に警告音が嵐と吹き荒れる。

〈みな無事か!?〉

 ブリッジス大尉は混沌そのままの惨状となった艦橋で叫んだ。

 声をもって応える者、手を振る者――に混じって動かない影がいくつかある。

〈救護班を!〉

 言ってから気付く――艦橋だけでもこの有り様、全艦では負傷者がどれほどの数に上るか見当もつかない。そこで思い至る――キース・ヘインズ、その現状。

 頭を一振り、ブリッジス大尉は優先事項を頭に浮かべる。まずは現状把握、そして艦の姿勢の安定化。負傷者の救護は並行して進めるとして、艦体が保てないことには話にならない。

〈各部署、状況報せ!〉

 応えない部署が複数、中でも観測ドームの大半が沈黙していたのは痛い。データ・リンクの復旧していない現状で、これでは眼を奪われたに等しい。

 さらに飛行甲板は壊滅的、高出力アンテナもわずか2本を残してへし折れた。装甲に至っては丸裸も同然、追い討つかのように姿勢制御スラスタも過半が機能していない――詰まるところ、〝レイモンド〟には戦闘艦どころか宇宙船としての機能さえももはやない。

 沈んでいない――ただそれだけという、それは状況。決断に躊躇の余地はなかった。

〈総員退艦用意!〉

 ブリッジス大尉の宣言に艦橋がざわめく。圧して大尉が言を継ぐ。

〈これよりこの宙域は戦場になる。自力で退避もままならんではただの足手まといにしかならん! 総員〝オーベルト〟に移乗、この艦は捕虜ごと敵にくれてやれ! せめても盾としての役には立つ!!〉

〈ちょっと待ってください!〉オペレータの声がその指示を遮った。〈減圧警報が……!!〉


「退艦?」

 〝レイモンド〟航宙管制中枢で、閉じた隔壁に叩き付けられていたキースが眉を踊らせた。

〈何よ、まだやっと掃除に本腰が入ったとこよ〉

 〝キャス〟のぼやきに床から身体を浮かせてロジャーが応える。

「さっきのは尋常じゃなかったからな」艦内のデータ・リンクで判る範囲から察するだけでも、敵艦の行動は読み取れる。「特攻と来たぜ……よく避けたな」

「大した気前だ」頭を一振り、キースが呆れ気味に独りごちる。「たかが俺達を始末するのに2隻を乗員丸ごとか」

「艦隊丸ごと乗っ取ろうってヤツが言う科白かよ」ロジャーの声に明るく皮肉。

「違いない」苦笑一つを頬に引っかけてキースが高速言語を〝キャス〟に振り向ける。〈〝キャス〟、通信管制を解除。オオシマ中尉に連絡は取れるか?〉

〈ちょっと待って――いいわ〉

〈オオシマ中尉へ、こちらヘインズ〉

〈無事だったか。こっちは味方を救助しなきゃならん、手短にしろ〉

〈救助、ってことは〝ハンマ〟中隊は……〉

〈〝イーストウッド〟で罠に嵌まった。下手すりゃお前達と心中してたとこだ〉

〈罠?〉

〈引きずり込まれて減圧警報をかまされた。気密ハッチが残らず閉鎖されてる〉

〈救出の目処は?〉

〈幸い短艇は死んでない。自力で這い出しては来れるだろうが拾うのが手間だ〉続けてオオシマ中尉から重い結論。〈そういうわけで時間が持って行かれた〉

〈こっちもだ、連邦兵は退艦の準備に入ってる〉

〈だろうな、こちらから見ても使い物になるとは思えん〉

 結論は単純にして明快――手持ち時間は限りなくゼロに近い。使い物になるのは旗艦たる〝オーベルト〟ただ一艦。それもデータ・リンクとシステムの整備が終わらなければただの木偶の坊に過ぎない。つまり、このままでは無防備なまま敵戦闘機群を迎えることになる。

〈とにかく一刻も早く〝オーベルト〟に乗り込め〉オオシマ中尉の論理は単純明快、やれる内にやれる事を成す――一言で表せばこれに尽きる。

〈了解した〉応えてキースは思わず左手首の腕時計、プレシジョンAM-35へと眼を落とす。

「くそ……」キースが思わず噛んで苦虫。敵戦闘機群との接触予想時刻まで、1時間半を切っていた。

「この調子じゃ」ロジャーが引っくり返った管制中枢を見渡して、「減圧警報が発報してるな」

〈その通りよ〉ロジャーの一言を受けて〝ネイ〟。〈つまり気密ハッチは全閉鎖。逃げ出すにもちょっと面倒だわね〉

「ハッチごとにいちいち警報を解除して出ろってか」後を引き取ってロジャーがぼやく。「こいつァ手間だな」

 減圧警報に伴い気密ハッチを全閉する安全機構はその性質上、設計の段階からデータ・リンクと切り離されている。ゆえにシステムの側から容易に警報を解除することはできない。

〈〝レイモンド〟へ緊急! こちらオオシマ中尉!〉その時、データ・リンクに緊張が走った。〈〝イーストウッド〟舷側に噴射炎、転針中! 連中、もう一撃かますつもりだ!!〉

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