12-13.捕獲

 気密ハッチの周囲を巡って溶断跡、灼熱の色が最後の1ミリを灼き抜いた。

「下がってろ!」

 医務室から顔を出したセイガー少尉が、背後に声を投げつつヴァイザを閉じた。と同時に金属音、打ち抜かれたハッチが宙を飛ぶ。

 覗いた頭を狙って軟体衝撃弾。入れ替わりに軽い発射音、隔壁に跳ねる音――、

「伏せろ!」

 セイガー少尉が壁を蹴る、その瞬間を待たずに閃光と爆圧が炸裂した。視覚を漂白し、聴覚を蹂躙し、衝撃波で感覚を狂わせるだけ狂わせて、感覚と判断に空白の時間をねじ込む。

 こじ開けた隙を衝いてきたのはやはりタロス。装甲に覆われた腕で軟体衝撃弾を受け流し、スラスタを噴いて一気に踊り出る。

 止める間などあるはずもなかった。逃げ損ねたセイガー少尉の身体を薙ぎ払い、医務室のハッチから身を乗り出す。センサ・ユニットを巡らせて中を探る。すぐセンサが人影を判別した――ベッドの怪我人に覆いかぶさったまま動けない人間が3人。うち2人が女、そのうち1人の身体特徴が目標と――一致。

〈いました!〉その声がデータ・リンクを駆けた。〈目標発見!〉


 その報せはキースの耳にも突き刺さった。次いでデータ・リンクに位置情報――目標発見。

〈勝負あったな〉

 マニング中佐が揺るがぬ声で宣告した。キースはこれで手札を読まれたに等しい。

 〝フィッシャー〟までの距離に眼をやる――もう少し。

〈こちらから接舷してパリロー軍曹を解放する〉歯軋りの間を置いて、キースはそう告げた。〈少し待て〉

 接舷して懐に飛び込めば――残り少ない選択肢を活かすにはそれしかない。

〈それには及ばんよ〉マニング中佐の声には、この期に及んでなお隙がない。〈こちらから迎えを出す〉

〈いやに親切だな〉素直に皮肉が口を衝く。〈人質は預けっ放しか〉

〈ミス・ホワイトは丁重に扱って欲しかろう?〉

 万事休す、その一言が頭をよぎる。それでも頭を巡らせる。まだあきらめるわけにはいかない。

〈それに、〉マニング中佐はさらに重ねた。〈他の艇を撃たない理由もなくなった〉

 そこで、唐突にノイズが乗った。


 警告音――。

〈何か!?〉

 目標を一旦追い抜いて頭を押さえたフリゲート〝ダルトン〟の戦闘指揮所、艦長が問いの声を飛ばした。

〈……火器管制、目標をロスト!〉

 砲雷長の声に困惑、次いで焦燥。艦長が声を上げるまでに一拍以上の間が開いた。

〈……電子攻撃の可能性は!?〉

 問いに応じて電子戦長。

〈〝レイモンド〟からは報告――いや、応答なし!〉

〈抜かれたのか!?〉

 仮にも正規軍宇宙艦隊の電子戦艦の盾が――という言葉を艦長は呑み下す。その思考を待たずに電子戦長から追い討ちの報告。

〈データ・リンク切断!〉

〈どこからだ!?〉さすがに苛立ちが艦長の声を尖らせる。〈データ・リンクも乗り換えとるのに……〉

 言った後で思い至った可能性。現在使用しているデータ・リンクはL007、切り替えたログを覗けて、さらにL007へのアクセス・コードを持っているとしたら――、

 電子戦長と艦長の声が重なった。

〈〝シュタインベルク〟!〉


〈気付かれたか!〉

 ロジャーがあからさまに舌を打った。〝シュタインベルク〟の戦闘指揮所、電子戦用操作卓を占めたロジャーの眼前に展開して模式図、〝ダルトン〟からの逆侵入を防ぐ〝ネイ〟の防衛線。

〈仕込みがまだ終わってないっつってんでしょ!〉〝ネイ〟が忌々しげに告げた。〈キースが粘り切ってたらバレずに済んでたわよ!〉

 模式図上、データ・リンクへ伸ばした〝ネイ〟の手は〝ダルトン〟の火器管制中枢のみならず、通信および電子戦の各中枢にまで食い込んでいる。ただし揚陸艇〝ソルティ・ドッグ〟は手付かず、艦隊の電子戦艦〝レイモンド〟に至ってはちょっかいの一つさえかけるに及んでいない。

〈クラッシャかまされる前にリンク切断したけどそれで打ち止め! あと任せたからね!〉

〈『あと』?〉

 ロジャーが聞き咎める。〝ネイ〟が叩き返した。

〈来るわよ、揚陸ポッド!〉


〈〝ダルトン〟より発光信号!〉

 揚陸艇〝ソルティ・ドッグ〟の狭いブリッジ、航法士から切羽詰まった声が上がった。〝ダルトン〟のデータ・リンクがいきなり途絶えたのはここでも確認している。

〈何と言ってる!?〉

 艇長が促す。読み取りにしばし間、航法士がアルファベットの羅列から意味を汲み取る。

〈『……我……電子攻撃を被れり。……敵は……〝シュタインベルク〟と推察さる』!〉

〈司令部、こちら〝ソルティ・ドッグ〟!〉宇宙服の骨振動マイクに噛みつかんばかりに艇長。〈〝ダルトン〟より発光信号、指示を請う!〉

〈〝バーテンダ〟より〝ソルティ・ドッグ〟、こちらでも確認した〉データ・リンク越しに発光信号を確認していたと見えて、マニング中佐の反応は早い。〈〝アイス〟、〝バー・スプーン〟、〝ハイボール・グラス〟、〝ミキシング・グラス〟各班を〝シュタインベルク〟へ投入、これを制圧せよ。繰り返す、〝シュタインベルク〟を制圧せよ!〉


 警告音が途絶えた。

 キースは視線をコンソールに巡らせ――敵フリゲートからの火器管制アクティヴ・サーチが途切れた、そのことを眼に確かめる。

 すかさずスラスタ全開。揚陸ポッドが弾かれたように〝フィッシャー〟目がけて加速する。この隙がいつまで保つか判らない。

 〝フィッシャー〟までの距離が縮む。残り半分を切った。機体を反転。距離計の数字が、見る間に桁を減らしていく。感覚に任せて強引に逆噴射。背がシートに押し付けられる。操縦士が背後、シートの列へ転がった。後を追うようにタロスの転倒する金属音。

「何しやがる!」

 悲鳴と抗議の声に相手の無事を認めたら、それ以上は関知しない。構う余地もない。

 行き過ぎかけた、まさにその一点でポッドは踏み留まった。わずかに機体を戻すや、ぶつけるかのような勢いでキースは〝フィッシャー〟底部、〝ソルト・ポッド〟の背面へ付ける。

 床にドッキング、というより衝突の重い音。すがるようにドッキング・ポートの映像を確かめる。相手の背面ハッチはぎりぎり端だが、中に収まっていることはいた。

 この際出来は構わない。キースは即座にコンソールを蹴って背後、シートを薙ぎ倒して転倒したタロスへ向かう。

 仰向けのタロスに足先を押し込み、ベルトを締めると起動スイッチを入れる。システムの反応を確かめたら腕を突っ込んで固定、機体を起こす。やや不自由ながら機体は応じた。スラスタを噴いてドッキング・ポートへ。

 〝ソルト・ポッド〟側のハッチへ〝カロリーヌ〟を繋いで命じる。

〈開けろ〉

〈彼の無事も確かめずに?〉

〈声を聞いたろ。それとも戻ってひねり潰すか?〉

〈このセンサで確かめるまで動かないわよ。その程度は交渉の大前提でしょ?〉

 キースが折れた。データ・リンクに〝ソルト〟班の現在位置を確かめた――まだ最後のハッチを破ってはいない――ということもある。シートの列に分け入り、間にパリロー軍曹が転がっているのを――タロスの倒れた跡から数十センチのところで確認する。

〈これでいいな〉

〈駄目、ちゃんと助け起こして〉

 襟首を掴んでつまみ上げ、もがくパリロー軍曹をシートの上に放り出す。

〈これ以上は無理だな。本人が暴れてたんじゃ収まりようがない〉

〈待って、声を……〉

〈これ以上ごねると軍曹をくびり殺すぞ〉

 背を向けて再びハッチへ。ケーブルを繋いで〝カロリーヌ〟に命じる。〝ソルト〟が最後のハッチを破るまで、推定で10秒を切っている。

〈開けろ〉

 間が半秒ほど、音を立ててハッチのロックが外れた。

 ハッチを引き開ける――と、その向こうに敵の姿が現れた。


 視覚が白光で、聴覚が爆音で塗り潰された。平衡感覚が衝撃で吹き飛んだ。そしてマリィはパニックに陥った。セイガー少尉が伏せろと告げた記憶さえ頭から押し流された。

 声も出ず、抵抗する力も入らず、そもそも何に抵抗すべきかの見当さえつかない。

 喘ぐ。悲鳴を上げようにもままならない。空気を求め、それすらろくに果たせない。

 そこへ触覚。何者かが肩に触れていた。それどころか掴んでいた。目当ては自分――その認識だけが頭の中で先鋭化した。振り向こうとして果たせず、せり上がる恐怖が胸を締め上げる。

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