11-4.希望

「いいのよ、アンナ」言いつつマリィがアンナの肩へ手を置いた。「ありがとう」

「いいとか悪いとかの問題じゃないってのに……」アンナは唇を噛み、しかし諦めたようにかぶりを振った。「まあ確かにあんた達2人の問題なんだけど。とにかく言うだけは言ったからね」

 アンナはマリィへ向き直り、その肩へと手をかける。

「これが最後のチャンスよ。悪いこと言わないから止めなさい」

 言い残して、アンナは壁を軽く蹴った。壁を流れるグリップを掴み、離れていく。

「ごめんなさいね」切り出し方を迷っているように、マリィは眼を伏せた。「彼女――気にかけてくれているのよ、私達のこと」

「それは解る」腕組みしつつ、キースは頷いた。「本気で心配してる。君のことを」

「キースの考えは?」

「君を連れて逃げるって話か?」マリィの頷きを確かめて、キースが断じる。「無理だ」

「あきらめる可能性は、ない?」

「ない。時間が経てば経つほど、大佐は間違いなく足場を固める。大義名分がかかってるからな、どこまで逃げても追ってくるさ」

「私が、いなかったら?」呟くように、マリィが疑問を差し挟む。

「混乱の残ってる今のうちに……何だって?」

 聞き咎めたキースが言葉尻をぶった切ってマリィへ視線を突き立てた。

「私が消えたら、キース達は無事に逃げられるんじゃないの?」

「……」怒りを通り越して凄味がキースの眼に宿る。「本気で言ってるのか?」

「考えたわ。私さえ生きていなかったら……」

「その時は、」キースがマリィの言葉を遮る。「俺も死ぬ時だ」

「キース!」

「俺のことを考えてくれるんなら、」キースはマリィの両肩を掴んだ。「俺が君のことをどう思ってるのかも考えてくれ」

「だって、このままじゃみんな死んじゃうわ!」

「引き際なんてな!」マリィの叫びを圧してキース。「とっくの昔に超えちまってるんだよ! シンシアも、ヒューイも、ロジャーも、〝ハンマ〟中隊の連中も!」

 マリィの震えが掌越しにキースへ伝わる。二度三度と言葉を投げつけかけて、キースはうつむいた。

「それに君が消えたところで、大佐は君の幻を立てるだけだ。なら――」キースが再び顔を上げる。マリィの深緑色の瞳を、キースの焦茶色の眼が射抜いた。「――ならいっそ、俺達の希望の光になってくれ」

 意表を衝かれたマリィが眉を躍らせる。

「……どういうこと?」

「こういうことだ」キースは考えを巡らせながら言葉を紡ぐ。「――ヘンダーソン大佐のやり口は汚い。〝ハンマ〟中隊の連中も、君の姿を見て肚をくくった」

 言いつつキースの眼が確信の色を増していく。「――同じことが、他でも起こってると思わないか?」

 否定できなかった。ただし、それがマリィの中でキースの言葉に繋がらない。

「……私に、そんな力なんてないわ」

 言ってから気付く。キースはマリィを〝テセウス〟独立のシンボルに祭り上げようとしているのだ、と。

「マリィに必要なのは力じゃない」勇気づけるようにキースの声。「真実を暴いた事実と、そこから繋がるイメージだ。力は俺達に任せてくれ、何とかする」

 ことの大きさに耐えかねて、マリィは力なく首を振った。

「……務まりっこないじゃない……」

「君はまだ自分の価値を理解してない、ただそれだけだ」キースがマリィの細い両肩を握りしめる。「あの〝放送〟を見れば解る。君は自然体でいい。あとは事実が味方してくれる」

 キースはマリィの細い体を抱きすくめた。

「見届けてくれ。これが俺の誠意だ。エリックに示さなきゃならない、俺の覚悟だ」

「……救けて……」すがるようなマリィの声。

「みんなで救かるんだ。だから、一緒に来てくれ」

「……みんなで……?」

「そう、」キースは、両の腕に力を込めた。「みんな一緒だ」


「ヒューイ・ランバートは!?」

 救難艇に乗り込むなり、シンシアが問いを飛ばした。

 B-5埠頭に繋留されている救難艇〝フィッシャー〟。A-9埠頭の作業員詰所から直に身体を運んできたシンシアは、埠頭入口で警衛に示された案内に応じて救難艇に乗り込み、居住区――第2病室へ。

 上下合わせて8床のベッドに、空きはなかった。その中の一つに横たわるヒューイ。傍らには地上で見た医師の姿。その顔がふと振り返った。シンシアと眼が合う。頷きかけた医師に、シンシアは身体を流していった。

「容態は……?」

 医師は頷くでもなく答えた。

「やることはやった」

「じゃ……」

「あとは本人次第だな。ここまで運んできただけでも相応に消耗しとるはずだが……」

 シンシアには返す言葉がなかった。いずれ地上に残したところで、治療が続けられる見込みはないに等しい。さらには、この宇宙港でさえ事情が変わるわけでもない。シンシアが唇を噛む、その様を医師は眺めて言葉を継いだ。

「ま、ここ2、3日が辛抱のしどころだろう。随分と頑丈な患者だよ」

 それを最大限の励ましと受け止めて、シンシアは医師に頭を下げた。

「……ありがとう、ございます」

「私はできることをしただけさ」聞くからに不器用な言葉が、医師から返ってきた。「結果は神の思し召し次第だ。あとは祈ってくれ――彼のために」

 医師の手が、シンシアの肩を優しく叩いた。神にすがりたくなる時――シンシアは苦い想いを胸の裡に封じる。神という者がいるとして、その残酷さを見せ付けられてきた、その上でも。

 背後に気配を感じて、シンシアは振り向いた。眼に入ったのはアンナの姿。シンシアの様子を窺いながら、きっかけを掴みかけていた風で身を漂わせてくる。

「すごい勢いだったわね」

 かけられた言葉に、シンシアは小さく頷いた。「まあ、ね」

「ドクタは――」他に言葉を探したがかなわず、アンナは気休めにしかならないと知りつつ科白を紡いだ。「手を尽くして下さったわ」

 シンシアの肩にアンナが手を置く。眼前の医師が、表情を定めかねた顔で小さく頷いた。

 今は、運を天に任せて待つしかない――どう足掻いても変わらない、その事実。シンシアは肩、アンナの手に自らの手を重ねた。




「なあ、」ドアを閉じるなり、シンシアが口を開いた。「怪我人をここに残すって手はないのか?」

「その選択肢はないな」

 オオシマ中尉が部屋の奥、一言のもとに斬って捨てた。傍らのギャラガー軍曹に合図をくれる。その背後、艦の外観図がディスプレイ一杯に現れた。

 宇宙港の一角、上級船員用会議室の一つ。その中にキースらを呼び集めたオオシマ中尉が、ディスプレイの艦に親指を向ける。

「理由はこいつだ。強襲揚陸艦〝イーストウッド〟」

 宇宙港のような有人拠点に始まり宇宙船、果てはスペース・コロニィに至るまで、陸戦隊を送り込んで制圧する強襲揚陸艦。対人戦闘のエキスパートたる陸戦隊を歩兵1個大隊、加えて装甲兵員輸送車を1個中隊、機動戦車さえ1個分隊を腹に収め、それを送り込むための揚陸艇を大小30隻ほども擁する、地上戦力の母艦たる存在。宇宙軍第3艦隊に所属するのが〝イーストウッド〟、これにかかれば宇宙港など、制宙権を持たない現状では風前の灯ほども保つはずがない。

「そいつを陥とすってのは?」

 シンシアがなお食い下がる。

「たったの半個中隊でか? そっちに割いてる時間がない」できないとまでは言わずに一蹴してから、オオシマ中尉は付け加えた。「怪我人の容態を心配したいのは解らんでもないが、こちらも事情は同じだ。ここに残して人質に取られるより、軌道上に退避させる方がよほど安全だな――悪いのか?」

 最後に訊かれたのがヒューイの容態のことだと気付くまでに、一拍の間。シンシアは呟くように答えた。

「……良くは、ないらしい」

「何なら付き添っていてもいい」静かに、オオシマ中尉。「どうする?」

「いや、済まねェ」頭を一振り、シンシアは誘惑を断ち切った。「続けてくれ」

 一つ頷いて、オオシマ中尉は話を切り替えた。

「1時間後に発進する。我々はミサイル艇5隻と救難艇に分乗して宇宙港を離れる」

 切り替わってディスプレイの表示、今度は宇宙港〝クライトン〟から〝サイモン〟へと伸びる軌道が描かれる。

「救難艇に追い付かれる心配は?」

 キースが心配を口にした。

「考えがある……」

「失礼、」オオシマ中尉が続けかけたところへ、ギャラガー軍曹が割って入った。「管制室からです――敵が動き出しました。その〝イーストウッド〟が」

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