第7章 断絶

7-1.虜囚

『〝ユニヴァーサル・ニュース・ネットワーク〟のコリン・マクガハンです。資源統制を巡る動きをお伝えします。惑星〝ヘレネ〟より、マイケル・ロックフォードが……』

『こちらは惑星〝ミダス〟、星都〝グラハム・シティ〟です。資源統制に対する連日の抗議デモは、日ごとに勢いを増しています。これに対し、当局は警戒をさらに強め……』

『惑星〝テセウス〟のゲリラ組織〝テセウス解放戦線〟がジャーナリストを拘束した問題で、政府は〝テセウス解放戦線〟側の姿勢に対し……』




「姓名と所属は?」

 レナード・ヒル中尉が問いを投げた。

「尋問なら、もっとまともな姿勢で願いたいもんだな」

 うつ伏せで地面に転がされたジャックが、仏頂面で返した。

 両手首は後ろ手に拘束、武器はおろか端末も何もかも取り上げられ、普通なら抵抗など思いもよらない。

「いいだろう」

 ヒル中尉は、不機嫌の一語を額縁にでも入れんばかりの勢いで顔に描いていた。それでも、ジャックら3人の体を起こし、地面に座らせる。その中からジャックを引っ立て、独り樹の陰へ連れ込んだ。

 中尉が繰り返して訊いた。

「姓名と所属は?」

「姓名はジャック・マーフィ、所属はない」

「所属が、ない!?」

 ヒル中尉の剣幕が、ジャックの答えを拒絶する。仕方なし、という体で、ジャックは言葉を足した。

「賞金稼ぎだ」

「賞金稼ぎィ?」ヒル中尉が眉をひそめる。「〝テセウス解放戦線〟じゃないのか?」

「逃げ出してきたのさ、そのゲリラから」

「〝ジャーナリスト〟はどうした!?」

 ジャックはただ、肩をすくめた。

「あんたこそどこの誰だ?」肩の部隊章へ眼をやりつつ、「本当に連邦軍なのか?」

「なぜそんなことを訊く?」

「連中、連邦軍と見分けがつかないって聞いたぜ」

「どっちにしても質問は同じだ」肩の部隊章を示しつつ、ヒル中尉は繰り返した。「〝ジャーナリスト〟はどうした?」

「どうして俺達が連れていると?」

「輸送機のゲリラどもから聞き出した。とぼけても無駄だ」ヒル中尉は腕を組む。「第一、訊いてるのはこっちの方だぞ」

「別行動だ」ジャックはヒル中尉を見返した。「あんた達が尾けてきてると判ったんでね、別れた。あとの動きはこっちにも判らん」

「で、通信機を盗ろうって気になったのか、あ!?」

 青筋がヒル中尉のこめかみに浮いた。

「あれは、あんたたちの後続を何とかしようって肚さ」

「で、俺達には勝てるつもりでいたわけだ。なめられたもんだな!」

 ヒル中尉の爪先が、ジャックのみぞおちへ食い込んだ。ジャックが身体を折り、痛みにのたうつ。

「とぼけるのもほどほどにしとけ」ヒル中尉が鋭い眼を注ぎながら腰をかがめる。「で、〝ジャーナリスト〟をどうしたって?」

 ヒル中尉はジャックの胸ぐらを掴んで引き起こした。引き起こされるジャックの視界、ヒル中尉の向こう側にニーソン兵長――その足元にはジャックの所持品が並ぶ。銃に端末、輸送機から持ち出した野営キット一式、さらに携帯端末とデータ・クリスタル。

 ニーソン兵長の手がクリスタルへ伸びる――注視しかけて、ジャックは眼をヒル中尉へ向け直す。

「……言ったろ、別行動だ」ジャックが荒い息の合間から言葉を紡ぐ。「俺達から、連絡がなきゃ、殺すことになってる」

 再び爪先。ニーソン兵長の眼がジャックへ向いた。

「だったら最初っから脅しとけばいいようなもんだ。痛い目を見る前にな!」

 ジャックが嘔吐した。いまいましげな視線がその背中に刺さる。

「……解ったよ」観念したように、横たわったジャックが声を上げた。「認める」

「何をだ?」

 ニーソン兵長の眼が、手元へ落ちた。クリスタルを読み取り機にかけようとしている。それを視界の端に捉えながら、ジャックは口を開いた。

「〝ジャーナリスト〟とは別れた。あとは知らん――これでいいだろう」

「馬鹿にしやがって!」

 さらに爪先。ジャックが転がる。今度はニーソン兵長も顧みない。クリスタルが読み取り機に呑まれていく。

「……馬鹿に……するも何も……、」ジャックは荒い息の中で笑ってみせた。「あんたたちが……ゲリラじゃない……証拠は……あるのか?」

 今度はニーソン兵長は眼も向けなかった。網膜へ投影される画像に集中する、その表情――。

「貴様、いい加減に――!」

 ヒル中尉が拳に力を込める。

「聞いたぜ……〝ハミルトン・シティ〟じゃ……連邦軍が……仲間割れして……撃ち合ったって……な」ジャックが声を一段落とす。「あんたたちの……身内に……ゲリラが……いないって……証拠が……あるのか?」

 ヒル中尉が拳を振りかぶり――動かない。


「姓名と所属は?」

 両手を樹につき、両脚を開いたマリィの背後から、銃を構えた兵士が訊いた。その間にも、もう一人がマリィの所持品という所持品を改めていく。携帯食料、水筒、携帯端末、身分証――。

「マリィ・ホワイト。〝コスモポリタン・ニュース・ダイジェスト〟〝記者〟」

 声に緊張の色を交えて、マリィが答える。

 シンシアなら着目したはずの相手の肩に、惑星連邦の部隊章はない――彼女ら二人を捕えたのは、〝テセウス解放戦線〟の一団だったことになる。

「身分を証明する物は?」

 マリィの記者証が、背後の兵へ示された。

「……では、生体認証を」

 マリィが右の掌を樹から放し、傍らの兵へ差し出した。相手――ゲリラは、携帯端末のセンサでマリィの静脈紋を読み取る。

「……確かに」

 相手の声が色めき立つ。

「失礼。我々は〝テセウス解放戦線〟の者です。あなたを救助に参りました」背後の兵が銃を下ろした。マリィへ記者証を返してよこす。「これから安全なところへお連れします。しばらくご辛抱を」

 傍らの兵が、マリィの所持品をまとめて返し始める。

「あの、彼女は?」

 所持品を受け取りながら、声をかける。背を向けかけていた兵が足を止めた。

「……あなたを拉致しようとしたヤツですよ?」

「少なくとも、丁寧に接してくれました。その――」マリィは肩をすくめた。「敵とか利用されてるとか、そんな感じじゃなかったんです」

 実際、捕まった際には戦闘になってはいない――正確には、その余地がなかったということだが。

「彼女は捕虜として扱います。正当に」

 傍らの兵へ頷きかけ、改めて向けられたその背中へ――マリィが投げて問い。

「彼女と話すことは?」

「時間がありません。失礼」立ち止まったのも束の間、兵は背を向けたまま立ち去った。

 傍らの兵が、彼女を見張るように佇んでいる。

「(〝アレックス〟、)」マリィは、懐に返された携帯端末に囁き声を拾わせる。「(聞こえてる?)」

『はいマリィ、』〝アレックス〟は骨振動スピーカから、マリィだけに聞き取れるように応じてくる。

「(ジャック達に報せて。〝捕まった〟って)」

『彼らも追っ手に捕まっていますよ』

「(でもこっちのことは知らないわ。報せたら、何か行動を起こすはずよ)」

 うまく行けば相応の混乱を誘うことができるかも――淡い期待を抱きながら、「(〝アレックス〟、やって)」


〈無線通信に感あり!〉

 ニーソン兵長が声を上げた。ほぼ同時、〝アマンダ〟が報告をヒル中尉の聴覚へ乗せる。

〈無線通信を確認しました。発信源は方位010、バースト通信です!〉

 ジャックの胸ぐらを掴んだまま、ヒル中尉はニーソン兵長と顔を合わせた。やや間をおいて、〝アマンダ〟の高速言語が続く。

〈文面、〝賢者がリンゴを手に取った〟!〉

〈戦闘配置!〉号令を発して、ヒル中尉は手を放す。立ち上がりつつ、〈ペイトンとクレメンスはここに残って捕虜を監視! フォーメイションB、これより追撃戦に入る!〉


 傍ら、マリィへ向いた兵の顔色が変わった。

「――何をやったんです?」

 去りかけた兵が踵を返し、これも眼の色を変えてマリィを問い詰める。

「え……?」マリィは狼狽の色を演じてみせる。「あの……どういう……?」

「通信です!」兵がマリィの懐へ手を伸ばし、携帯端末を取り上げる。「何を送ったんです!?」

「……解りません……一体……」この混乱を長引かせることができたら――そう考えながら、マリィは答えた。「私が、何を?」

〈分隊長!〉声を上げながら、兵がマリィの端末へケーブルを繋いだ。マリィから眼を離さず、〈発信源確認。〝目標〟からです!〉

〈戦闘配置!〉木々の向こうから、号令が返ってくる。〈後方警戒! 合流地点へ移動する!〉

「これはお預かりします」厳しい表情で、兵はマリィの端末をかざした。有無を言わせず言を継ぐ。「移動します。こちらへ」

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