6-9.争奪

「休息!」

 ヒル中尉が宣言した。

 日暮れまでに、追跡隊はジャックたちの足跡をさらに辿っていた。

 確認した休息跡はさらに2つ。目標との差は大きく縮んだ――その確信がヒル中尉にはある。

「中尉」ペイトン軍曹が中尉に声をかけた。「具申します」

「何か」

「目標との距離は至近と考えます。休息しつつ斥候を出し、距離によっては、未明に仕掛けるのが得策かと考えます」

「根拠は?」

「戦闘食のパックが埋めてありました――まだ余熱があります」

「よし、シャベス! 小休止後、マッケンジィを連れて索敵に出ろ。他は休息、目標は近いぞ!」

 ヒル中尉は赤ら顔の通信兵を手招きした。その背の衛星レーザ通信機に手を伸ばす。

「〝コレクタ〟へ、こちら〝チェイサ1〟。定時連絡1800。引き続き目標を追跡中。近く接触できるものと信ず。現在位置データを合わせて送信する。以上」


 ヒル中尉の報告はレーザに乗り、静止衛星軌道上の軍用通信衛星を介して、〝ラッセル・シティ〟郊外の〝ラッセル〟陸軍駐屯地――その中央指揮所へ飛んだ。

 中央指揮所の通信士が、傍らの少佐と目配せを交わす。

「〝チェイサ1〟、こちら〝コレクタ〟。了解した。任務を続行せよ。以上」

 少佐が振り返る。基地司令が壁面、〝ルイーダ〟川流域を映した地図を眺めながら頷いた。当番兵が運び入れたマグ・カップを受け取り、コーヒーをすする。

 その姿を横目に、情報担当士官がわずかに指を動かした。そのナヴィゲータが指の動きを読み取り、ヒル中尉の報告を暗号に変換した上で、別の回線へと送り出す。

 その場で気付いたものは、誰もいなかった。


〈座標、来ました!〉

 〝ルイーダ〟川流域、着陸待機しているVTOL機UV-88アルバトロス。その機体に付されたシリアル・ナンバは〝ラッセル〟陸軍駐屯地のものではない。

 そのコクピット、汎用ディスプレイに、〝ラッセル〟陸軍駐屯地からリークされた座標が映る。

〈よし、離陸準備!〉

 コクピットから貨物室へ通じるドア横、野戦装備の分隊長が指示を出した。貨物室に詰めていた分隊が機外へ駆け出し、アルバトロスのカムフラージュ・シートを外しにかかる。

〈戦闘準備! 連邦の眼の前から獲物をかっさらうぞ!〉




 銃声――。

 通信兵が左足をやられた。

〈敵襲ッ!〉〈北北西より銃撃!〉

 ヒル中尉以下、休息中の全員がライフルを構える。

〈シャベスとマッケンジィは!?〉

 伏せ撃ちの姿勢を取りつつ、ヒル中尉が問いを投げる。

〈まだです!〉

 ペイトン軍曹が答えた。その肩に命中弾。さらに銃声。また通信兵の足に命中。

〈くそったれ! 敵は狙撃兵2! 1時半方向、400メートル!〉銃火を視たヒル中尉が叫ぶ。〈ブラヴォ班応射! アルファ班前進用意!〉

 敵に向けて、分隊が連射を放った。弾幕の陰で、分隊の半分が敵の側面へ向けて前進する。

〈手榴弾ッ!〉

 前進中のアルファ班から声が上がる。次いで爆発。

〈弾幕どうした!〉

 ヒル中尉が声を張り上げる。その声に味方の銃声が重なった。

 分隊が前進する。

〈敵、後退しています!〉

 アルファ班から声。ヒル中尉の目にも敵の銃火が映った。先刻より位置は後退している。

〈アルファ班掩護! ブラヴォ班前進!〉

 前進したアルファ班が掩護役に転じた。その銃火に隠れて、今度はブラヴォ班が前に出る。ヒル中尉も腰を上げ、アルファ班を追う。


「生きてるか!?」

 ペイトン軍曹が、通信兵を助け起こす。

「はい」通信兵が半身を起こす。「軍曹殿こそ」

 分隊は負傷した2人を置いて前進している。

「よし、傷は浅……」

 そこで軍曹の声は途絶えた。そのまま横に倒れ伏す。

 背後にジャックの姿があった。

 その姿を目にした通信兵が、声を上げかける。が、声は出なかった。みぞおちにジャックの爪先を食らい、呻きともつかぬ声を上げて通信兵は悶絶した。

 ジャックは通信兵の背、衛星レーザ通信機のベルトに手をかけた。力を失った身体からベルトを外し、通信機を引き剥がす。


 背後で遠く、銃声が響いた。

 マリィは息を切らしながら振り返る。

「始まったな」

 前方、シンシアが呟いた。

「さあこっちだ。今は時間を稼がないとな」

 シンシアがマリィを手招きする。

「ジャックのヤツが連中から通信機をかっぱらってきたら、そん時こそあんたの出番だ。いいとこ見せてやんな」

 マリィがシンシアに向き直る。シンシアは頷きを返した。

 ジャックたちの持つ携帯端末では、回線を維持できる距離が極めて短い。だが、軍用の衛星レーザ通信機を介するなら話が違う――それがジャックの目論見だった。軍の回線を通じてネットワークに接続できさえすれば、目的は達せられる。

「今は歩くぜ」


〈深追いするな!〉

 前進する分隊に、ヒル中尉が警告する。

 敵は明らかに後退していた――彼我の差が縮まらない。

〈警戒しつつ後退!〉指示しつつ、ヒル中尉は振り返る。〈負傷者を……〉

 中尉の眼が通信兵を向き――そこで止まった。

 見覚えのない人影。

〈後方に敵ッ!〉

 ヒル中尉は声を上げた。振り返り、突撃銃を人影に向ける。

 そこへ背後から乱射。後退しているはずの敵が、今度は攻勢に出ていた。

〈くそ! ブラヴォ班、前方の敵を食い止めろ!〉ヒル中尉は指示を飛ばす。〈ニーソン、ホーカー、着いて来い! 後方の敵を追跡する!〉

 ヒル中尉が、ジャック目がけて飛び出した。2人の兵が後に続く。

 人影――ジャックは、分隊の側面へ駆け出した。その背中、装備の影に既視感。

〈通信機が!〉

 負傷兵を視界に収めたホーカー上等兵が、中尉に告げた。

〈通信機だ!?〉

 思わず、ヒル中尉は訊き返した。ジャックの背中、膨らんだかのような影に目を向ける。

〈くそ、ヤツの狙いはそっちか!〉

 ヒル中尉が膝をついた。ジャックの背に狙いをつけ、引き鉄を絞る。

 弾丸は木立に阻まれた。その向こうをジャックが駆け抜ける。

 舌打ち一つ、中尉は再び地面を蹴った。

 ジャックが振り返る――手榴弾が飛んできた。。

 たたらを踏んで中尉が止まる。兵2人は地面に身を投げ出した。

 爆発――。

 吹き上がる土くれに紛れてジャックが逃げる。

 その背へ、ヒル中尉がもう一度突撃銃を構え――引き鉄を絞った。


 衝撃が背を衝いた。

 ジャックは斜め前につんのめり、頭から転倒した。

 金属音が耳に障る。嫌な予感――。

 地面に這い、突撃銃を構える。構えながら、五体の感覚を確かめた――まだ無事。

 銃弾の来た方向へライフル弾を盲撃ち。それで相手を牽制し、手近な樹の陰へ踊り込む。

 着弾の痕がそれを追いかけ――樹の表皮に阻まれた。

 再び牽制の一撃をくれて、ジャックは肩のベルトを外してみる。

 通信機がやられていた。

 一縷の望みを託して、電源スイッチを入れてみる――反応しない。

〈くそ!〉

 ジャックは通信機――その残骸――を殴りつけた。

〈考えろ、くそ、考えろ――!〉

 まずは逃げなければならない。

 ジャックは通信機を投げ出した。残骸に銃撃が集中する。反対側へジャックは飛び出した。

 目前に敵――回り込まれていたのだと気付く。

 懐に飛び込んだ。銃を跳ねのけ、襟首を引っ掴むや足を払って馬乗りに。

「動くな!」

 銃口が2つ、ジャックを冷たく睨んでいた。

 至近に一人、離れて一人。ジャックを追いかけてきていた顔ぶれ。

 反射的に身体が動いた。組み敷いた相手と体を入れ替える。腕を後ろ手に取ると、上体を起こして盾にする。

 その脇を、銃弾が2発すり抜けた。威嚇――の声を聞く前に、至近の敵へと向けて銃口。

 と、〝盾〟が足を絡めに来た。ジャックは受け流す。が、射線が狂った。

 〝盾〟が勢いそのままに、全体重でのしかかる。バランスが狂う。

 ――隙を衝かれた。至近の敵が銃床を突き出す。首筋をしたたかに打たれて、ジャックは転倒した。〝盾〟が身体を引き剥がす。残りの2人が、今度こそジャックに銃口を突きつける。その背後からも、〝盾〟の銃口がジャックを睨んだ。

 ジャックはゆっくりと、両手を上げた。


〈〝キャス〟からバースト通信!〉〝ネイ〟がロジャーに告げた。〈ジャックが捕まったわ〉

〈くそったれ!〉ロジャーがスカーフェイスへ声を向けた。〈あのバカ、捕まりやがった!〉

〈蹴散らすぞ!〉弾幕を張りながら、スカーフェイスが腰の手榴弾に手を伸ばす。〈掩護しろ!〉

〈待てよ、手前まで捕まるつもりか!?〉

〈クリスタルはジャックのヤツが持ってる〉

 スカーフェイスが手榴弾を投げる。敵陣に警戒の声が上がった。

 爆発――。スカーフェイスが突入する。ロジャーは敵陣に向かって乱射をかけた。

〈どいつもこいつも世話焼かせやがって!〉ロジャーが喚く。〈そいつァ俺の役だ!〉

 と、首筋に冷たい感触――。

「動くな」

 ロジャーの指が止まった。


「あンのドジ!」

 シンシアが吐き捨てた。

「そんな……」

 マリィも同時に膝をつく。

 2人のナヴィゲータが示したのは、ジャック達3人からバースト通信で伝わった緊急コードとその意味――追っ手に捕まった、その事実。

「言い出しっぺがしくじってどうすんだよ!」

 暗い天を仰ぐこと数秒、シンシアはマリィの手を取った。

「行くぜ」

 マリィがシンシアの眼を見上げる。手を伸ばし――かけて、彼女は気付いた。視線がシンシアの背後へ飛ぶ。

「何?」

 気付いたシンシアが、マリィの視線を追う。その先――樹の陰から銃口が覗いていた。

「回り込まれた?」

 疑問を抱きながら、しかしシンシアは手を上げた。この状況で、選択肢は他にない。

「動くな」

 誰何さえせず、周囲から兵が姿を現す。そのいずれもが、銃口を2人に向けていた。

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